十一月の再戦を敵地で勝利するとその裏では消化試合とはいえ首位フランスがフィンランドに順当勝ち。ウクライナ代表は翌年六月敵地でのスコットランドとのプレーオフ準決勝へと駒を進める。ロシア軍の侵攻を挟んでいるから1-3で勝利した試合を報じるレキップ表紙に些か胸が熱くなる。この日サンドニでのデンマーク戦を取材するためパリに着いたばかり。それでも最後の最後、プレーオフ決勝で勝利の女神はウェールズに微笑む。ウクライナ国民は涙を飲むことに。
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最初の写真三人の男性が笑顔でフレームに収まっている。右端の金髪の男性、中央スキンヘッドの男性はいかにもスラブ系。しかし左の男性ふさふさと黒い顎鬚がのびているから「ユダヤ系かな」と心の中で呟きシャッターを切った。
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コロモイスキーとゼレンスキ- ユダヤの旧友間に生じた亀裂
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下写真のシェフチェンコ氏。昨年からは協会の会長職についており、この写真は監督時(’18年)に撮影したもの。“ウクライナの矢”を初めて見た場所はワルシャワの国立競技場。2015年5月27日ELでFCドニプロ·ドニプロペトロフスクが決勝に進出。母国のクラブの応援に来場したのだがドニプロのマフラーを首にかけたオーナーもスタジアムに顔をみせていた。高齢で白色になっているもののフサフサの髭と眼鏡はいかにもユダヤ人。合金鉄、石油製品、金融、マスメディアなど幅広い分野での事業で知られるプリヴァト·グループの創立者はオリガルヒのイーホル·コロモイスキー: Gregory Kolomoisky【1963年2月13日生】。この三か月前までは州知事も務めていた大富豪。かつて盟友はゼレンスキー大統領の出世作『国民のしもべ』を放映したのもプリヴァト·グループのTV局だったが現在は決裂。2023年9月から公判前勾留され政府を強烈に批判している。
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但しこのワルシャワのスタジアムで見掛けた時は名前も経歴も知らなかった。前(’14)年アメリカが関与したマイダン革命以降紛争は継続中。ドネツィク州マリウポリのシロキネ地区で、アゾフ隊=ウクライナ軍と親ロシア派分離主義勢力が交戦しているのも知ってはいたが、このアゾフ隊は革命後にFCメタリスト·ハルキウのウルトラス《Sect 82》のメンバーを中心に結成された自警団と聞いて驚かされる。国家警備隊で戦闘訓練を受けたアゾフ隊に資金を提供していたのがコロモイスキーだったと知るのも’22年の侵攻後だった。
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屋根の上のヴァイオリン弾きでポグロムを知った方も多いはず。1772年のポーランド分裂以降、多くのユダヤ人が移住。第二次大戦前のウクライナの都市人口の約1/3を占めるほど膨れ上がった。1821年既に南部オデッサではユダヤ人迫害の火の手が上がっている。そして1941年のリヴィウ·ポグロム。生々しい映像が残されているが、ナチスドイツがウクライナへと侵攻する前からウクライナ人がユダヤ人を嫌っていたのは事実。十七世紀に五十万人のユダヤ人が大量殺害された悍ましい歴史。当時多くのユダヤ人がポグロムを逃れて米国へ。ゼレンスキーは国内メディアへの統制を日増しに強めている。一方、権力を維持したいがゆえに停戦を拒んでいると報じるウクライナ国内のメディア。ロシア人とウクライナ人の殺しあいを長引かせるユダヤ人の構図は我々には理解し難い。プーチンの愚行を肯定する気は微塵もないがセレンスキーを英雄視する気にもなれない。
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