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16 06, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【41】SRC ザプレシチ 

By | 2018-06-17T00:40:05+00:00 6月 16th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

遂に開幕したロシアでの蹴球の祭典。それは日本人にとっては、睡眠不足との闘いのキックオフを意味する。ハットトリックを記録したポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドの超人ぶりには、ナチョ・フェルナンデス、イスコ、セルヒオ・ラモス、ルーカスとチャンピオンズリーグ三連覇を達成した同僚達も、脱帽せざる得ない。 本日、自身3度目となるワールドカップの初戦に挑むのは、「10番」ルカ・モドリッチ。 ◆◆◆◆◆◆ 第41景は、ノゴメトニ・クルブ・インテル・ザプレシチの本拠地SRC ザプレシチ。 ザグレブの北西、スロベニアとの国境側に位置する同市のスタジアムまでは路線バスを利用できる。これまでディナモ・ザグレブから多くの選手が貸し出されており、両クラブの親密な関係が伺える。 ◆◆◆◆◆◆ モドリッチが加わったのは2004年の夏。現在もクロアチア代表最終ラインの防波堤、ヴェドラン・コルルカ、当時U20代表の左サイドバック、フルボイェ・カレも同時に移籍している。三人はカレの運転する車で毎日ザプレシチへ練習に通った仲。 ◆◆◆◆◆◆ カバー写真は「KAZU 僕を育てた55通の手紙」を手にしたあすみさん。今回も残念ながらワールドカップメンバーから漏れてしまったがカズ節は健在。 1998年フランス大会の初落選後、クロアチアへの移籍がキング・カズのサッカー人生においてターニングポイントになった。しかし数字だけ見ると2月のデビュー戦からシーズン終了まで12試合出場・ノーゴール。契約も途中で切られ、お世辞にも活躍したとは言い難い。 カズより2年早く、ザプレシチからザグレブへの移籍を果たしたのが同じくJ2でプレーする現湘南のミキッチ。当時18歳ながらUEFAチャンピオンズリーグにも出場している。 ◆◆◆◆◆◆ 外国人優先の方針でポジションこそ奪われたものの、オズワルド・アルディレスが監督に就任すると、カズを始めベテラン外国人は一掃された。ザグレブは、後にボスニア・ヘルツェゴビナ代表に選ばれるウィンガー、マリオ・ジュリッチ(1976年生まれ)をザプレシチから獲得すると、187cmの長身センターフォワード、Mate Dragicevic(1979年生まれ)もレンタル先のザプレシチから呼び戻している。2004年にカイザースラウテルンに移籍するまで、多くのタイトルをザグレブで獲得したミキッチがドイツに発つと同時に、前述の若手トリオがザグレブからザプレシチへ貸し出される。 ◆◆◆◆◆◆ このシーズンはクラブ史上最高成績の2位でフィニッシュ。リザーブチーム程度に考えていたはずが、突然優勝を争うライバルへと変貌したザプレシチ。慌てたザグレブは冬にモドリッチとカレを呼び戻すのだが、彼らがもしもそのままこのチームでプレーしていれば国内制覇の栄光を手にしていた可能性は極めて高い。 コルルカも戻ったディナモ・ザグレブに2007年にはマンジュキッチ(現ユヴェントス)も加わり短い期間ではあるが三人と共にプレーしている。 コルルカは2007年にマンチェスター・シティ、トッテナムと英国を渡り歩き、ドイツを経て2012年からロコモティブ・モスクワに。チャンピオンズリーグ・ファイナリストの相棒ロヴレン(リヴァプール)と比較すると見劣りするが、それでも覇者アトレティコの前に屈したUEFAヨーロッパリーグベスト16の今季は、開催国のファンに存在感を充分示している 筆者がスタジアムを訪問したのは昨年12月8日19節 HNKチバリア戦。金曜のナイトゲームの観衆は120人程度。フロアには元祖キングのお写真も。

5 06, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【40】EWII パーク / オーゼンセ

By | 2018-06-06T13:42:25+00:00 6月 5th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム|0 Comments

普段サッカーに興味を示さない人達からもお声がかかり、展望など自論を述べる機会が増えてきた。注目すべき選手を聞かれたら「クリスチャン・エリクセン」の名前を挙げることにしている。 デンマーク代表は2012年のユーロ以来、久しぶりのメジャーの舞台。 あすみさんが持っている二冊のプログラム。表紙は共にエリクセン。昨冬ウェンブリーでのチャンピオンズリーグ・グループステージ。トッテナムにとっては消火試合となりエリクセンはベンチにも入らず。手前のもう一冊は2010年3月29日のエールディビジ、アヤックスがフローニンヘンと対戦した際のプログラム。年明け(1月17日)にトップデビューしたばかりなので、おそらく人生初の表紙と思われる。 トッテナム移籍後の活躍については、今更説明の必要もないほど、各媒体が取り上げているので、ここではアヤックス時代について回想したい。 2008年10月当時OBに在籍していた彼が、アヤックスと£850,000(100万ユーロ)契約した当時からこの少年の抜きんでた才能は地元のフットボールファンの間で話題になっていた。 第40景はエリクセンを輩出したオ-ゼンセ・ボルドクラブの本拠地EWII パーク。 ◆◆◆◆◆ コペンハーゲン、オーフスに次ぐデンマーク第三の都市。スタジアムに着くと入場ゲートからカールスバーグのロゴが目に飛び込んでくる。フィンランドのMicro Maticから北欧を代表するビールブランドにユニフォームのロゴが変ったのは2001年。地元のアイスホッケーチーム、ブルドックスの胸にも現在同社のロゴが記されている。 ◆◆◆◆◆ 国内リーグでは2008年から3シーズン連続2位で、UEFAコンペティションにも出場。09-10シーズンは予選敗退、10-11シーズンもグループステージで敗退。2011-12シーズンは予選三回戦でギリシャの古豪パナシナイコスを破り、プレイ・オフに進出。 ヴィジャ・レアルとの初戦。大方の予想を覆し1-0の勝利。このスタジアムの歴史に残る快挙となったがアウェイでは0-3と大敗を喫す。 もっともこのクラブは、94-95シーズンのUEFAカップではレアル・マドリーから大金星を挙げている。今でもこの試合が記憶の片隅に残るのは理由は、ユヴェントス、バルセロナで欧州を制し禁断の移籍を果たしたデンマークの至宝ミカエル・ラウドルップと、母国クラブとの対戦が実現したから。下の動画はサンチャゴ・ベルナベルでの映像(10分) 神戸に移籍後、同胞モアティン・オルセン監督率いるアヤックスでキャリアを締め括った。 クリスチャン・エリクセンは風光明媚な港町メデルファードの出身。アヤックスの理念では、少年期は家族との生活が健全な成長を促すとして、基本的にはアムステルダム近郊までにスカウトの圏内を制限している。エリクセンの場合、国境を挟んではいるが実家とアムステルダムが近く、言語の障害も少ない。何よりその将来性において、スカンジナビアを担当していたジョン・スティン・オルセンは、触手を伸ばさずにはいられなかったのだろう。  エリクセンは、アムステルダムから東のエイ湖を挟んだアルメール地区のホスト・ファミリーと暮らしていたが、現在ポーランド人ゴールキーパーのMateusz Gorskiとダニーロ・ペレイラがお世話になっている。 16歳のエリクセンはRobin Pronkがトレーナーを務めるB1(U17)でスタートするが、一つ上のA1の試合に出場するように。↓2010年にB1チームの試合をトゥ―ムコーストで眺めるエリクセンの姿をファインダー越しに収めた。右隣にはスカンジナビア出身の先輩、ラスムス・リンドグレン。

27 05, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【38】セルハーストパーク / ロンドン

By | 2018-05-27T19:53:53+00:00 5月 27th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム|0 Comments

前回に続きあすみさんに眼鏡をかけてもらったが意味はない。単なる嗜好。但し首からぶら下げてもらったチケットに意味はある。 2002年日韓大会、日本VSロシア戦。こちらも自腹で入手できる代物ではなく頂き物。前回述べた通り妙な強運は昔から。 この日韓大会、開幕戦でメジャー連覇のフランスを破り、ベスト8まで進出したセネガルは、初出場とあって前評判はけして高くなかった。 そのセネガルにとって16年ぶり、2度目の出場を果たした今回も過少評価されている気がする。 ◆◆◆◆◆◆ 5月16日「パルク・オリンピック・リヨン」でUEFAヨーロッパリーグ(EL)は幕を閉じた。 リュディ・ガルシアが指揮するオリンピック・マルセイユの躍進を支えたのは、4年間プレーしたヴォルフスブルグから今季加入した元ブラジル代表ルイス・グスタヴォ。 リュディ・ガルシアは、2008年から13年までの5年間指導したLOSCリールにおいて、当時のフランスでは異端とされる攻撃サッカーを志向した。2010-11はリーグ・カップ国内二冠を達成。現セネガル代表の1トップレギュラー候補筆頭ムサ・ソウが得点王に輝いたシーズンである。 ガルシアの後任にはルネ・ジラール。無印モンペリエを2012-13シーズン国内王者へと導いた手腕が買われての招聘。13-14シーズンは3位を確保。チャンピオンズリーグ出場権を獲得したがポルトと当たったのは不運。EL行きの引導を渡された。、 奇跡のグループステージ突破に挑んだEL最終節。結果は0-3でヴォルフスブルグに完敗。このコラム連載の第一景「スタッド・ピエール・モロワ」で取り上げた試合である。 下の写真、緑の円陣にグスタヴォ、手前の背番号5はセネガル代表のイドリサ・グイェ。そしてフレームから切れてしまったが、もう一人セネガル代表の左サイドバックパプ・スアレがピッチに立っていた。 ◆◆◆◆◆◆ グイェとスアレは共に2008年に母国からリールのBチームに加わり2010年トップに昇格。フランス生まれのムサ・ソウが移籍して来たのも同年。このセネガル・トリオは、まさにガルシアチルドレンである。ソウはフェネルバフチェに2012年移籍した。 同年のロンドン五輪代表には、グイェとスアレ共に招集されている。サディオ・マネにクヤテとこの世代にはタレントが揃い、ブラジル大会には間に合わなくても、キャリアのピークを迎えるであろうロシア大会に向けセネガル国民の期待が高まったのは至極当然。グイェとスアレは2015年までリールでプレーした後、ドーバー海峡を渡る。アストン・ヴィラFCにグイェ、スアレはクリスタルパレスの赤青縦縞ウェアが良く似合っていた。 第38景はロンドン南部、クリスタルパレスの本拠地。セルハーストパーク。イーストロンドン線にクリスタルパレス駅はあるが、最寄はノーウッド・ジャンクション駅。 ◆◆◆◆◆◆ プレス席には椅子と小さなテーブルが並べられ小学校を思い出す。 スアレがプレミア初見参の2015-16シーズン、開幕戦はアウェーでのノウィッチ戦。スタメンでアシストも決めて勝利に貢献する順調な滑り出し。二節アーセナルにこそ敗れるものの三節では早くもグイェとの旧友対決を制しセルハーストパークでの記念すべき初白星を飾る。更に四節では絶不調の前年覇者The Bluesをスタンフォードブリッジで叩いた。9節まで全試合フル出場、10~11節に一休みした後、12節の復帰戦。相手はクロップのリヴァプール。アンフィールドで勝ち点3を奪い、クリスタルパレスは序盤のプレミアを大いに盛り上げた。この試合では途中出場したリール時代の同僚オリギ(ベルギー代表)とも顔を合わせている。

23 05, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【37】サンチャゴ・ベルナベウ / マドリッド

By | 2018-05-27T19:44:03+00:00 5月 23rd, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム|0 Comments

第37景はスペイン・マドリッドのサンチャゴ・ベルナベウ。 前回訪問したのは2009年のクラシコ。グアルディオラのバルサはもはや完成品。白い巨人が進撃されてベルナベウで屈辱の大敗。スコアは2-6 ※マルカ紙面写真はコチラに掲載した。 顔から血の気が失せ落胆して家路につくマドリディスタ達。子供が🔞の観てはいけないものを観てしまったような後ろめたさを感じた。 初めて生レアルを観たのは2005年の来日時。あすみさんが持っているのは味の素スタジアムでのプログラム。 ↓入場チケットと、プラハからマドリッドへの航空券、そしてCR7が表紙のエル・バロン。欧州間の空路移動は九割ライアンエアの超格安=早割りを購入する。 ◆◆◆◆◆◆ 昨季決勝の再現。3月26日に発売され8分で完売したとマルカが報じたプラチナ・チケット。UEFAチャンピンズリーグ(CL)は、準決勝を迎えた。 ちなみに事前のフォト申請に丁寧なお断りの文面が届いた。プレス席だけでなくフォトグラファーに人数枠が設けられている為、こんな大一番は地元の大手や国際的有名企業が独占するので弱小メディアの東洋人が入る隙間など微塵もない。 昨年ロンドン訪問時のアーセナルVSマンチェスター・ユナイテッド(MU)観戦と比べても今回のミッションは各段に難易度が高い。 プラハでの仕事が4月9日に一区切り。4月10日はどの都市に移動すべきか、ライアンエア・サイトの価格(値上がり)を気にしながら日程決定のリミットを1月末に定める。訪問都市をマドリッドにしたのは、アトレティコがヨーロッパリーグ(EL)へと戦場を移したので、何れか一試合は見れるだろうという皮算用。 ◆◆◆◆◆◆ アトレティコは、過去の実績が証明するようにELでもモチベーションを下げることなくタイトルとあれば貪欲に狙う気質。マドリッド在住の知人にお願いしてチケット調達のを準備だけはしておく。 それにしてもCL、ELともにマドリッドのクラブが決勝進出は出来過ぎ。実際レアルがPSGを、アトレティコがコペンハーゲン、L.モスクワを下すと予想するのは子供でも容易い。 ◆◆◆◆◆◆ 問題は4月10日・11日のCL、または12日のEL・2ndレグにマドリッドでの試合が組まれるかどうか。レギュレーションは不明ながら、UEFAは余程のことがない限り、同じ都市で同じ週に試合を組まないだろうと予測した。問題はもうひとつ。10日のマドリッド到着時間20:00。これでは空港からスタジアムに直行しても、腰を下ろした途端に、試合終了のホイッスルを聞く羽目になりかねない。何が何でもサンチャゴ・ベルナベウでの11日開催となるよう夜空と缶ビールの星に祈る。 結果、ELは1stレグがマドリッド、CLは2nd・・・・それも11日開催が3月の抽選会で発表された。金運はからっきしだが、この類の『運』、ひきの強さは滅法強く、読みには些か自信がある。その昔豪州のカジノで筆者に賭けて儲けた人達がいた記憶も。結局プレッシャーに耐えられなくなり自らテーブルを降りたら、えらい見幕でがなられた。 ◆◆◆◆◆◆ 当日撮影エントランスが開いたので、係員女性にお願いしたら嫣然一笑、扉を閉められた。「入れてくれたら日本に招待して寿司奢る」 と言ったつもりがまったく通じていない様子。寿司よりすき焼きだったか。冷静に考えれば語学力不足以前の問題の気もする。 翌日のマルカ紙一面は、CR7の裸体は小さめ、でかでかとルーカス・バスケスが倒される瞬間。 ◆◆◆◆◆◆ 試合終了後、スタジアム駐車場出口でカメラを構える一団。警官は強面で一般客を「あっち行け」と追い払っているが、「お前はこっちだ。中に入れ」と頼みもしないのに促される。時計の針は23:00をまわっており正直眠いのだが、折角なので誰が運転してるかも判らぬままシャッターを切ったら・・・ルーカスだった。 ◆◆◆◆◆◆ 先週(第36景)でユヴェントスを破りセリエAを盛り上げるナポリを取り上げた。今季はグループステージ敗退。国内リーグ一本に絞らざるを得なかった本年に比べ昨年はベスト16でレアルと対戦。 2017年2月15日サンチャゴ・ベルナベウでの2ndレグ、イタリアの一番槍としてスペイン勢四連覇を阻止にかかる。この試合クリバリとジエリンスキはスタメン、7分の途中出場ながらミリクもピッチに立っている。 それから三ヵ月、2017年5月9日ユヴェントス・スタジアムでのCL準決勝 モナコ攻守の柱は、ファルカオとジリク。しかし2-1で無念の敗退。アレッグリは後半9分と早い時間からクアドラードをピッチに送り出した。 そのモナコも今季は、ラツィオからケイタが移籍した為、ナポリ同様H組3か国の代表が揃った。 H組では、セビージャの1トップ、コロンビア代表のムリエル。サンプドリア時代に観て以来のお気に入りのストライカーもマンチェスター・ユナイテッドを下してベスト8進出の2試合にスタメンで出場している。 ◆◆◆◆◆◆ 2018年5月2日サンチャゴ・ベルナベウ。 微妙な判定に泣かされ、バイエルンはベスト4で敗退。キエフの頂上決戦。三連覇を狙うレアルに挑むH組最後のチャンピオンズ・リーガーは、セネガル代表のサディオ・マネ一人に。そしてベンゼマに代わり、来季ベルナベウのエースとしてレヴァンドフスキを迎えるのが既定路線。 ◆◆◆◆◆◆ 上の写真2枚は試合前、熱情を抑えらず、火を灯された発煙筒に激昂するマドリディスタ達。真っ赤な写真はこの日撮影した中でのベストショット。撮りたかった被写体は、発煙筒を掲げ、コールを大合唱する男性達ではなく、それをスマフォで撮影する男性達でもなく、彼らを恐れもせず、気にする素振りさえみせず、スマフォ操作に没頭するニット帽を被った右端の女性である。彼女にとっては毎度お馴染みの日常風景なのかもしれない。 ◆◆◆◆◆◆ 前回から名前を挙げたのは、英西独伊仏のリーグを代表するクラブのチャンピオンズリーガー達。日本代表に対して「警戒している。でも負ける気はしない」と対戦各国記者がコメントするのも頷ける。グループステージを唯一経験した香川真司が負傷明けで代表入りを危ぶまれているのだから。 確かに間もなく発表される各国代表23人個々の実績を単純に比較したら日本が最も劣るのは否めない。しかしその差は、絶望する程のものでもなく後はコンディショニングと運。確かに1996年のアトランタ五輪、ブルジルから奇跡の勝利を手繰り寄せた西野晃監督が強運の持ち主であることは認めるが、些か時間が経ち過ぎてはいまいか。【三十七景了】           文/撮影:横澤悦孝 モデル:平久保安純

18 05, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【36】ユヴェントス・スタジアム / トリノ

By | 2018-05-17T20:41:12+00:00 5月 18th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム|0 Comments

日本代表もW杯の予備登録メンバー35人を発表、FIFAワールドカップ・ロシア大会が目前に迫り、欧州のシーズンもクライマックス。このぐだぐだコラム連載も、時流に乗って徐々にそっちよりへ移行する。 ◆◆◆◆◆ 第三十六景は、イタリア唯一の民間大型蹴球場として知られるユヴェントス・スタジアム。 トリノの街については 第14景でFCトリノの本拠地 スタディオ・オリンピコ・ディ・トリノで取り上げているので省略。案内表示の東洋博物館と生牛肉を目当てに度々訪問している。 ◆◆◆◆◆ 但しユヴェントス・スタジアムに足を運んだ事はあっても、実は試合を観戦したことがない。構造物への興味だけで、写真を撮ったら数分で敷地内から立ち去るケースも然程珍しくない。 ところが気づけば3シーズン連続でアレッグリが指揮するイタリア王者をスタンドから見下ろしていた。 ◆◆◆◆◆ まずは2014-15コパ・イタリア決勝。会場は毎年変わらぬ首都ローマのオリンピコ。対戦相手のACミランには本田圭祐の名前がスタメンに。この試合がタイトル獲得に向け、唯一最大のチャンスであったが夢は潰えた。 ◆◆◆◆◆ 続く2015-16シーズンはUEFAチャンピオンズリーグ(CL)グループステージ。会場はオリンピック・リヨンの本拠地、今シーズンのヨーロッパリーグファイナルの場でもあるパルク・デ・オリンピック。退場者を出しながらもホームチームを破るのだから憎らしいほど強い。 そして先月はサンチャゴ・ベルナベウでCLクォーター・ファイナル。こちらは次回第37景で取り上げる。 ◆◆◆◆◆ そんな訳でスケジュールを組むと其処に何故か貴婦人が入ってくる。自然と贔屓になるかと思えば、これがまったく為らない。むしろアンチ。 おそらく1996年、アヤックスの連覇をPK戦なるおよそフットボールとは掛離れた手(足?)法で阻止された怒りの炎は、この退化した脳みそが忘れても、肝臓の辺りでいまだに燻っているのかもしれない。 ◆◆◆◆◆ 2015年のCLファイナル、あすみさんが持っているのはレキップなのでTV観戦したのはパリ市街だったか。カバー写真は2017年のCLファイナル、こちらはチャイナデイリー、ブダペストでTV観戦した後、翌日北京に移動した際機内で手に取ったのが同紙。スペインがビッグイヤーを独占し過ぎるのもどうかと、この2試合だけはユーヴェに肩入れしていたはず。

9 05, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【34】スタッド・ドゥ・ラ・メノ/ ストラスブール

By | 2018-05-10T11:25:17+00:00 5月 9th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

ナイトゲーム撮影時に防寒着を欠かせなかったポルトガル、一方汗ばむ陽気の東欧から帰国すれば、日本は青葉繁れる好季節。 そしてワールドカップモードに突入。前回椎名林檎の「NIPPON」が物議を醸したNHKのテーマ曲を今回は誰が担うのか。芸術とは創作者と鑑賞者、即ち送り手と受け手、パサーとレシーバーの関係で成り立つ。猫に小判の価値はわからず、飛べない豚はただの豚である。 ◆◆◆◆◆◆ カバー写真のモデルさんも大山成美さんから三代目にバトンタッチ。今回招聘した平久保安純(あすみ)さんは、この春早稲田大学社会科学部を卒業した新社会人。学生時代はソフトテニスの日本代表として活躍した輝かしい経歴の持ち主。数々の国際大会を経験する中で、普通の女の子が味わえないものを口にしたり、貴重な体験をしている彼女の逸話は、今後徐々に紹介する。まずは撮影の緊張を解すために、シャルドネを口に含んでもらった。 ◆◆◆◆◆◆ フランスの中東部に位置するブルゴーニュ地域、絡み合う運河の隙間に点在する古城を眺め、シャルドネ以外にも本家本元のピノノワール、シャブリ、ボジョレーを味わおうと世界のワイン通が集う。その東、ドイツ国境沿いまではアルザス・シャンパーニュ。字面を眺めるだけで舌の上で風味がはじけるから不思議。 ◆◆◆◆◆◆ 地域圏の首府ストラスブールの街並みは、ラテンとゲルマン双方の文化が漂いフランスの中でも異彩を放つ。 シュツットガルトからパリへ移動する際の途中下車。一度だけ立ち寄り、スタジアムも遠巻きにして眺めたが撮影はしていない。 そこで今回はもう一人強力な助っ人を招聘した。早稲田大学からの交換留学生としてこの街で暮らす細井辰真さん。先月プラハ滞在時、偶然同室になった日本人は、可也のフットボール通。彼がメスを訪問した際、撮影した川島選手、フレデリック・アンツ監督とのツーショットがこちら↓ ◆◆◆◆◆◆ 第三十四景はRSストラスブールの本拠地スタッド・ドゥ・ラ・メノ。 2010-11シーズンに財政難で5部にまで沈んだ名門が今季遂に1部に復帰。 ◆◆◆◆◆◆ リーグアン第7節 9月24日の対ナント。3万人キャパの同スタジアムに23,408人の観客。 10月25日のASサンテティエンヌとのリーグカップ戦は平日(水曜)開催ながら18,317人を動員している。当面の目標、一部残留はクリアできるであろう今シーズン。 ◆◆◆◆◆◆ ところでフランスのリーグで初めてプレーした日本人は廣山望(2003年モンペリエに所属)だが、東洋人ならば1998年の徐正源(ソ・ジョンウォン)。彼が在籍したのは、このRSストラスブールだった。 あすみさんを撮影するにあたり、プレーの映像を視聴すると、画面には韓国代表とのラリーの応酬。半年間に及ぶ強化合宿を設けて国際大会に臨むらしいプロ集団の韓国は女子選手でも屈強な体躯を誇る。それに比べて早稲田の女子大生プレーヤーはしなやかではあるが、その肢体はあまりにも儚げ。 プロリーグを発足した韓国に対してアマチュアの日本A代表がまるで歯が立たなかった80年代の日韓サッカー情勢が脳裏に蘇る。

3 05, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【33】ヴァースライズアレナ/オーステンデ

By | 2018-05-14T16:52:32+00:00 5月 3rd, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

今回でカバー写真の大山成美さんは任期満了。「え・・・?あたしおしまい?」の吹き出しが似合いそうな写真を最後に残しておいた。 ビールの小瓶を持った写真が妙に多くなっている。これはご本人のキャラの影響も少なくはない。 第23景コペンハーゲンといえばカールズバーグ。1988年からスポンサー契約を結んだUEFA主催欧州選手権とリヴァプールの胸ロゴは今でも記憶に残る。ベニテスの奇跡と感動(2005年)をクロップは、キエフで再現できるであろうか。 ◆◆◆◆◆ そして1994年からUEFAチャンピオンズリーグの公式スポンサー、ハイネケン。現在世界でも最も多くの国で飲まれている。第24景で紹介したとおり、ヘンクで販売されているクリスタルも同グループの製品。 第33景はKVオーステンデの本拠地、ヴァースライズアレナ。当日の入場券(立ち見)と列車チケット、マッチデープログラムにジュピラーの瓶、4点セットで撮影・掲載したのがコチラ ◆◆◆◆◆ 都市名は「東の端」だが、ベルギー最北端オーステンデは、ブリュッセルから列車で15分。港の帆船には18世紀貿易港として栄えた歴史の名残り。市内中心部を散策、聖堂以外に目をひくモノは特に見当たらないが、街中でも潮の香が微かに漂う。水平線の彼方は英国ブリテン島。 王室御用達のリゾート地はどんなものかと砂浜を西に向かったが、歩き疲れて結局トラムを二区間利用した。 ◆◆◆◆◆ これはもう黄金色の液体で喉を潤すしかない。スタジアム内でカップに注いでもらいグビグビ喉を鳴らし、ぷは~と息を吐く。そこで初めてカップの文字がMAESであることに気づく。 言いわけになるが、基本、取材・撮影=お仕事でスタジアムに出入りしているため、毎回ビールを飲んでいるわけではない。ベルギーのスタジアムでビールを飲んだのは過去に・・・数回。・・・たぶん。そのすべてがリーグの冠ジュピラーだった。スタジアムの外を含めてもMAESを飲んだのはこの時が初めてだったので、ファインダーに収めてみた。 ◆◆◆◆◆ フットボールファンが勝手にハイネケンこそ世界一と思い込むのも頷ける。但し世界シェアの3位カールズバーグ、2位のハイネケンを圧倒するのは14世紀にブリュッセルの東、ルーヴェンのアルトワ醸造所から発展したインターブリュー。正確な名称はアンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABインベブ)社。 ◆◆◆◆◆ かつてインターブリューの二枚看板は日本でも手軽に入手できる小麦=白ビール醸造のヒューガルデンと、現地でやたら広告が目に入る修道院=Abbey ビールの代名詞レフ。 それが2000年、同社は初めてイギリス海峡を越え、ホイットブレッドを買収、更にバスをカールズバーグとの競合の末23億ポンドで傘下に収める事に成功する。

27 04, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【32】ウェンブリー・スタジアム / ロンドン

By | 2018-05-01T19:45:03+00:00 4月 27th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

第32景は聖地ウェンブリー。言わずと知れた世界最大の屋根付蹴球場である。旧年は酉年。仇敵アーセナルの順位を上回りスパーズのファン・サポーターは、22年間溜まりに溜まった溜飲を下げた。17-18シーズンも好調、プレミアではロンドン勢最上位の四位をキープ、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)も最終節を迎える前にグループステージを余裕でクリアしたのだから大満足で年を越せたはず。 年明けユヴェントスの前に涙を飲んだが今大会屈指の名勝負。それにしてもこの後、ローマVSバルサ、ユヴェントスVSレアルと名勝負の連鎖には驚きを隠せず。 ◆◆◆◆◆◆ 成美さんが持っているフラッグ。実はプリントされているトッテナムのエンブレムが雄鶏だと最近まで知らなかった。きっとロンドンには磐田でジュビロ君のモデルになった三光鳥のような野鳥が生息していたんだろうと勝手に決めつけていたのである。果たして・・・これがニワトリに見える読者・ユーザーがどれほどいるものか。 ◆◆◆◆◆◆ 消火試合になってしまったとはいえ、この旗を振ったサポーターで大賑わい。ガラス張りの壁面におなじみのシンボルロゴが投影されるのを見ると感無量。 実はこのニューウェンブリーが完成した際、重ねた歴史と伝統が威厳を醸すツインタワーが取り壊されたと聞いて愕然とした。実際ロンドンでもツインタワーを別の場所に移せないかと、議論されたとか。旧ウェンブリーの着工は1922年だが、このツインタワーは1889年の大英博覧会のために建造されている。辛うじて旧ウェンブリーの面影を残すのが1966年世界を制した代表チームの主将ボビー・ムーアの銅像とあって、記念撮影に興じるファンも多い。 ◆◆◆◆◆◆ 筆者だけでなく多くの日本人ファンがウェンブリーの存在を身近に捕らえたのはJリーグ開幕を控えた1992年。欧州王者は年末に来日することが慣わしだった当時、クライフ率いるバルセロナが欧州を初めて制覇した会場として、脳裏に刻まれたから。 また1995年には日本代表がイングランド代表と対戦したアンブロカップ。一度は同点に追いつかれ本気モードのスリーライオンズ。頭に包帯を巻いた中山雅史の雄姿も回想すれば郷愁を感じる。 ◆◆◆◆◆◆ それが、近代的で無国籍なデザインになってしまったのは誠に残念。それもそのはずデザイン・設計を担当したのは、米国カンサスシティに本社を構えるポピュラス。 1983年HOKのスポーツ専門の設計・建築部門が設けられ英国のロンドンと豪州のブリスベンを拠点に国外へも進出。これまで野球のメジャーリーグやNFLで使用される多くのスタジアムを手掛けた。サッカー場ならば現在、世界にふたつある日産スタジアムの、もうひとつのほう、2017年のCONCACAFゴールドカップの公式戦が行われたテネシー州ナッシュビルの日産スタジアムは同社デザイン。またアーセナルのエミレーツに、ウエストハムの五輪スタジアムと、ロンドンの巨大蹴球場は漏れなくポピュラスの作品。 ◆◆◆◆◆◆◆ さてウェンブリーに来た以上、まずはコレを撮影しなくてどうすると、レンズを向けたのはコレ。ツインタワーに代わる象徴、それは41個のリングが、まるで天に架かる虹を連想させるアーチ。これこそ大揉めの新国立競技場デザイン騒動のおかげで、建築にまったく興味のない方まで知ることになった「キールアーチ」。ここまで巨大な建物でこの構造が可能なのかと素人でも疑問に思うが、アーチが屋根を上から支えており、唯のモニュメントではないと聞かされれば納得してしまう。 実は、当初新国立競技場のコンペで故サハのデザインに次ぐ評価を受けたがオリジナリティに欠けるという理由で涙を飲んだ豪州のコックス建築設計事務所の案。フィールドを上げ底にすることで、陸上トラックを仮設できる多種目対応型だったが、これはウェンブリーのパクリ・・・もとい同様のアイディア。個人的にはこちらのデザインに一票を投じたかったのだが。 ◆◆◆◆◆◆◆ 冒頭でニワトリにふれたが、今回のキャッチ画像も何枚か成美さんを撮影した中から見事な「アヒルぐち」を採用した。先代のななせさんといい、今時の若い娘さんはこちらがリクエストしなくても上手にアヒルぐちの表情をつくる。

24 04, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【31】オリンピックスタジアム / ロンドン

By | 2018-05-09T22:33:39+00:00 4月 24th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム|0 Comments

ロンドン北東部エセックス州のスタンステッド空港に間もなく着陸。機窓から眺めは果てしなく続く田園風景。成美さんが持っているチケットは空港駅~ストラドフォード駅のスタンステッドエクスプレス。そして宿泊最寄のセブンシスターズまでのメトロ。エリザベス・クリーン・オリンピック・パ-クが目的地ならば、ヒースローよりもこちらが断然便利。 ◆◆◆◆◆ 第31景は現在ウエストハム・ユナイテッドの本拠地。6万人収容のオリンピックスタジアム。2012年五輪開催時、サッカー競技はすべてウェンブリーで行われ、このスタジアムでは開閉会式と陸上競技種目が行われた。 ◆◆◆◆◆ スタジアムに隣接しているのはかの有名なロンドンマラソンのコミュニティ・トラック。競合相手のトットナムは、トラックを撤去しフットボール専用球技場にする提案に対し、多目的活用を掲げ陸上トラックを残したのがウェストハムの勝因。 最大の特徴である上部に組まれた白いパイプは廃棄材のガス管を再利用しており、それはロンドン五輪プロジェクトの象徴。 ◆◆◆◆◆ チケットとグッズのストアは別棟を設けており、スペースは申し分ない。 ◆◆◆◆◆ メトロの駅は何処を利用しても距離的に大差はなく、帰りは駅を利用した。いずれにしても駅までは殺風景。スタンフォードブリッジやエミレーツとはロケーションが異なる。 ストラッドフォード駅前の巨大ショッピングモールだけ別空間なのはウェンブリー周辺も似たようなものだったがスケールが違う。 ◆◆◆◆◆ オマーンとの大陸間プレーオフを制したセネガル代表は五輪初出場。しかし結果は南米の強豪ウルグアイを下してのベスト8進出。 2012年8月4日メキシコに延長戦のの末敗れるも、その後日本もブラジルも90分以内で決着がついている。金メダリストを最も苦しめたのがセネガルだった。 大会終了後ウエストハムの本拠地に、ウェンブリーで輝いた褐色のプレーヤーがやってきた。既に大会前、ウィガンを離れ在籍していたのはオーバーエイジ枠で出場したモハメド・ディアメ。クレテイユ出身の彼は父親の故郷を代表に選んだ。2シーズンを経て2014年ハルシティへ。入れ替わるようにベルギーからシェイフ・クヤテ。 ◆◆◆◆◆ 2013-14シーズンにアンデルレヒトが国内三連覇を達成。複数のポジションをこなしMVP級の活躍を見せていた彼が移籍した途端三位に転落。クヤテ同様ベルギーで脚光を浴び現在ナポリでプレーするクリバリ。この二人を突破するゴールマウスへの道のりは嶮しく遠い。 ◆◆◆◆◆

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