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17 04, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【30】アヴィヴァ・スタジアム / ダブリン

By | 2018-04-18T22:00:36+00:00 4月 17th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

冒頭から行き成りカミングアウト。実はあまり黒ビールが好きではなかった。もちろんアルコール飲料である以上あれば飲むが、通常のビールを避けて黒をオーダーすることはない。 それでも本場のアイリッシュ・パブで飲んだギネスは、口から自然に「美味い」の言葉が零れ落ちるほど美味い。ケルト音楽を奏でるうえで必須の楽器がハーブとパグパイプ。 ◆◆◆◆◆ 成美さんの目の前、ラベルに刷られているのもハーブを用いた紋章。とにかくアイルランドといえば『ダニーボーイ』である。このアイルランド民謡はアメージング・グレイスと並ぶ癒し系マイフェイバリットソング=着メロとかに設定する曲。ダニーボーイと聞いて?がつく方でもこのケルテックウォーマンの動画を見聞きすれば「ああ、これか」と納得。 第30景はアイルランド、ダブリンのアヴィヴァスタジアム。所有者は同国のラグビー協会とフットボール協会。サッカー専用ではなく多目的スタジアムに分類される。 訪問したのは昨年6月11日 FIFAワールドカップ・ロシア大会欧州予選、アイルランド代表対オーストリア代表。この日手渡されたビブスはクライフNo.14。若い方にはわからなくても、オジサン達世代ならば共感を覚える憧憬の番号。珍しく緊張して撮影意欲に満ち溢れていたのはこの時だけ。 ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ 試合は1-1のドロー。「♯18 欧州予選の陰にもうひとりのハリー」で試合の内容にふれているのでスルー。それでも一枚Upしたい写真がコチラ。題名は「アヴィヴァでアラバ」・・・ ◆◆◆◆◆ プレスルームのガラスケース内に展示された記念品がこのスタジアムで催された数々の歴史を語る。プレートには2011年9月2日の刻印。三色国旗から赤を除いたホワイト&ブルーのユニフォーム。白を基調としたデザインをスロバキア代表はホームで用いる。チェコとの分離後初の出場となた2010年のワールドカップ・南アフリカ大会ではイタリアを破る金星=初白星でベスト16に。2012年のユーロ、2014年ブラジル大会は予選で涙を飲んだが、2016年ユーロ・フランス大会ではロシアを破りイングランドと引き分けてベスト16。2018年ロシア大会の切符は逃したが、10年間でメジャー大会二度のベスト16は人口万人の東欧小国において称賛に値する。 ◆◆◆◆◆ 写真のマッチデープログラムは昨年12月1日HETリガ16節のスラヴィアプラハ対バニーク・オストラヴァ戦。今季大量補強の目玉は、ゼニトから移籍金なしで獲得した元ポルトガル代表ダニーと、フェネルバフチェのスロバキア代表ミロスラフ・ストフ17番。4-2-3-1の右サイドに定着。ブルサシュポルで細貝萌の同僚だった彼は28歳にして既に代表キャップ数55。2011年9月2日のユーロ予選アイルランド戦にもフルタイム出場している。一方左サイドのドゥサン・スヴェントは負傷でベンチにも姿はない。 ◆◆◆◆◆ 過去に一度だけスロバキア代表の試合を観戦したのは、アイルランド戦から約半年後のロッテルダム。ユーロ開催直前、オランダ代表の調整試合にはストフとドゥサン・スヴェントが出場していた。スラヴィアに在籍していた2006年にA代表デビュー。アイルランド戦は欠場したが、ユーロ・フランス大会、ロシア大会予選まで主力で活躍していた。昨季ケルンからスラヴィアに7年ぶりの復帰を果たしたスヴェント。 ◆◆◆◆◆ デ・カイプで見かけた女子高生も今では素敵なVROUWに成長しているはず。

13 04, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【29】スタディオ・ピエル・ルイジ・ペンツォ / ヴェネツィア

By | 2018-04-15T18:38:44+00:00 4月 13th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

欧州広しといえど、この街に似た情景は何処にも見当たらない。ストックホルムを『北欧のヴェネツィア』と称しても本家とは明らかに風情が異なる。 勿論メーラレン湖とバルト海を繋ぐガムラスタンの旧市街に見るべき価値はある。しかし150を越える運河に掛けられた橋の数は400を上回る。細い路地とこの橋が網の目のように張り巡らされ、まさに迷路。水面の美しい「輝き」と景観の異端ぶりは筆舌に尽くし難く、実際に自分の眼と脚で体感するのをお薦めする。 映画祭、現代アートと建築のビエンナーレが催される為、度々訪問はしている。サハラ砂漠方面からの乾燥した高気圧が雨量を減らすが、前述の運河の影響で夏はかなり蒸し暑い。移動手段も限られる為、自ずと歩かざるを得ない。 ◆◆◆◆◆ 成美さんが握っている小瓶はイタリアで最も愛飲されているモレッティ。同国内各都市にてグラスに注がれた中で、一番美味いと感じたのは間違いなくこの水上都市。 ◆◆◆◆◆ ↑↓に掲載している写真は過去に一度だけ、冬の訪問となった2009年・・・・ごろの撮影。写真の管理が雑で曖昧。間違って消去したデータは数知れず。 ◆◆◆◆◆ そのヴェネツィアにもフットボールクラブはある。聖マルコを表す有翼の獅子はこの都市の象徴。デザインは変わっても胸元から飛び去ることはない。 ◆◆◆◆◆ お猿の親子が着ているのは2005-2009年SSCヴェネツィア・モデル。土産に買って来た途端、クラブは破産。FBCウニオーネ・ヴェネツィアとして2009-10シーズン、セリエD(4部)からの再スタートを切った。 ◆◆◆◆◆ 日本人では現在ジュビロ磐田の監督を務める名波浩氏が1999年に移籍して一シーズンプレーをしている。 本島は、左向きの魚の形をしており、ビエンナーレ会場となるジャルディーニは尾びれの後方=東南部。その尾びれの先っぽサンテーレナに1913年造営されたピエル・ルイジ・ペンツォはジェノアのマラッシに続き2番目に古い。 ◆◆◆◆◆ この上空からの写真は東側、つまりリド島側の海上からのアングル。映画祭で有名なリド島は、空港もあれば路線バスも会場まで運行しているのだから使わない手はない。 ◆◆◆◆◆ この写真は一昨年の夏、高校生になった息子との二人旅。フィレンツェから北に移動するバス車中。道路はドーロあたり、間もなくヴェネツィアに到着。 ◆◆◆◆◆

10 04, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【28】スタッド・ドミニク・デュヴォシェル / クレテイユ

By | 2018-04-10T08:06:06+00:00 4月 10th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム|0 Comments

写真のクロード・モネ作品は国立新美術館の告知看板。計10章にて構成される中の四章『パリ近郊、セーヌ河畔の豊かな自然を舞台に繰り広げられる作品の数々』とあるが、そもそもパリ近郊とは何処までが近郊なのか? 先日、このサイトの運営会社Orfool副社長である新井氏から教育関連の記事をリライトできるかと依頼があり、任せなさいとばかり短時間で仕上げたが、基の原稿があまりにも浅く、面白くなくかったので、もう一歩踏み込んだらクライアントは「新規記事みたいですね」と感想を漏らし当然のごとくボツった。はなからリライトの域を越えているのは重々承知。自分は不向きなのかもしれない。 教育関連の話題ならば ♯26 日本人が知らないアーセナル その七 グローバリズム にてアーセナルの取り組みのひとつ、ギャップイヤープログラムにふれている。 〈知識偏重の日本の教育では高校卒業から大学入学までに社会勉強をするギャップイヤーを重視していません。最近ようやく国内最高峰の東京大学が休学を推奨するようになったぐらいですから。〉 ◆◆◆◆◆◆ 前回(27景)で週刊モーニングのジャイアントキリングを取り上げたがドラゴン桜2の連載が始まったのでこちらも楽しみ。 日本の東大、ロンドンならケンブリッジ、パリはソルボンヌと名門の代名詞となっているが、実際にソルボンヌ大学は存在せず5区パンテオン広場にあるのはパリ第一大学(政治・経済・法律・哲学)。東京ディズニーランドが都内になく東京近郊DLなのと同様に、パリにないパリ大学も。フランス代表の国際試合が行われるサンドニ市には、芸術のパリ第8、地理・社会の第10は宮殿で御馴染みヴェルサイユ、そしてパリ南東部の郊外、パリメトロ8号線のクレテイユ=ユニヴェルシテクレテイユ駅近くにある第12大学も医科・法律・経済の各学部を有する。8号線の始発及び終点駅は2011年10月開通したポワント・デュ・ラック駅。改札を出ればすぐに運動公園があり、公園内のスタッド・ドミニク・デュヴォーシュルはUSクレテイユ・リュシタノスの本拠地である。 プレス席はガラスで仕切られており、リュックを降ろしてまずワンショット。ガラスにおぼろげに写っている東洋人の姿はけして心霊現象ではないのでご安心召され。 ◆◆◆◆◆◆ 2015-16シーズに二部から降格して昨季からは全国選手権。そして現在位と四部降格の危機的状況にあるUSクレテイユ。訪問した昨年4月7日USブローニュ戦のマッチデープログラムは、何故か白色だが本来のチームカラーはこちらのブルー。 ◆◆◆◆◆◆ 2014年に制作されたフランスのドキュメンタリー映画「Les Héritiers(後継者たち)は「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」の邦題で2016年夏に日本国内でも公開された。 貧困層が暮らすクレテイユのレオン・ブルム高校。様々な人種が集まりトラブルが絶えなかった生徒達が、アウシュビッツ強制収容所での生活を経験した生存者との出会いをきっかけに変わっていく。出演したアハメッド・ドゥラメAhmed Draméが自身の体験を映画化すべく脚本を手掛けた。 その名前を目にして聞いたことのある名前だと思ったが、9年前にマドリッドで見たプレーヤーはモハメッド・ディアメMohamed Diamé。2013年のブラジル大会予選当時セネガル代表の主将を務めていたデフェンシブハーフ。彼はクレテイユで生まれ、中学年代をクレールフォンテーヌ国立センターで過ごした。現在はニューカッスルユナイテッド所属。ロシア大会、セネガル代表招集は確実視されるが、日本代表の前に立ちはだかるのか。 この写真は393号線のバス乗り場。観光客で沸き返るパリ中心部とのギャップは大きく、確かにパリではない。既にヴァラロントン市は目と鼻の距離。こ流れで白人しか写ってなければ話にならない。腰を降ろしたおやっさんが、イイ味を出してくれて感謝。 ◆◆◆◆◆◆ マリ代表のサミー・トラオレは、この街で生まれこのクラブでデビューし既に引退している。2009-10シーズンのUEFAカップ、決勝トーナメント(ベスト32)1回戦。ヴォルフスブルグは右サイドハーフに長谷部、後半には大久保がピッチに投入されたがPSGのゴールを割れず0-2で終了のホイッスル。ホームの第二戦は長谷部の先制ゴールで1点差に詰め寄り後半頭から2枚変えで大久保投入。しかし采配は実らず逆に3点を奪われ敗退。PSGはベスト16でブラガを破るがベスト8にて終着。当時PSGのセンターバック13番を背負っていたのがトラオレだった。 ◆◆◆◆◆◆

7 04, 2018

文武両道でJリーガーも輩出! 國學院久我山高校サッカー部の魅力

By | 2018-04-14T13:19:44+00:00 4月 7th, 2018|Categories: コラム, その他コラム|0 Comments

第94回全国高校サッカー選手権決勝
・「文武両道」ながら、プロサッカー選手も多数輩出
・強豪校ながら「練習環境」に恵まれているわけではない
・中学年代からの育成と狭いグラウンドでの練習が生む効果
・高校サッカー部ながら「AOKI」とスポンサー契約!

6 04, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【27】ディーン・コート/ボーンマス

By | 2018-04-10T07:21:03+00:00 4月 6th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

撮影の二週間前、成美さんに昼食のリクエストを尋ねたところ、肉食系女子が集まっていたらしく「美味しいお肉が食べたいです」と返信。そこで予約したお肉は黒毛和牛。 ビールとフィッシュ&チップスがあれば充分の自分が言っても説得力に欠けるが、料理の不味い国なる悪評は一昔前。そしてローストビーフだけは本場でしか味わえない伝統料理なので旅行の際には是非召し上がれ。 フットボールの母国、首都ロンドンには驚くべき数のクラブチームが存在する。 数日間の滞在で出来る限り多くの試合を観戦するならば、ロンドンに留まるべき。されどロンドン以外の都市にも足を伸ばしてみたくなり、近場のスタジアムを調べてみた。吉田の所属するサウサンプトンも良いが、もう少し南に下れば、田園風景の美しいドーセット州の中でも最大の集落ボーンマスがある。 ◆◆◆◆◆◆ 気候は年間を通して穏やかでビクトリア様式の建築物が街並みを彩る。観光地だけあって街の経済は金融サービスとレジャー産業に委ねられる。年金所得者が老後の生活を謳歌する姿を目にする一方、大学生、特に留学生が多く中心部は若者の活気で溢れる。世界遺産に登録される12キロの海岸線は年間500万人が訪れるビーチリゾート。この街で暮らす異邦人が、多国籍の飲食店を開業しており、中華やインドなどアジア系から中東系、新鮮な魚貝類を活かしたイタリア料理店も。 ◆◆◆◆◆◆ AFCボーンマスは、1997年から財政難に苦しみ2008年400万ポンドの負債を抱え一度は破産したクラブ。現監督のエディ・ハウも街頭で富裕層のリゾート客に募金を呼びかけている。四部からの再スタート。2011年にロシア人実業家 マキシム・デミンの出資を契機に、再建されたクラブは2014-15シーズンのチャンピオンシップ(2部)を制し創設125年目、初のプレミアリーグ昇格を果たす。 第二十七景はアソシエイション・フットボール・クラブ・ボーンマスの本拠地ディーン・コート。 ◆◆◆◆◆◆ 赤煉瓦を積み重ねたボーンマスの駅舎。向かいにコーチステーションの2階には24時間営業のスーパーマーケットASDA。マクドナルドがあるので安易に朝食をすませる。スタジアムのあるキングスパークまでは徒歩で充分な距離。収容人員12000人弱とあって毎試合満員のスタジアム、スタンドを撮影していても胸が躍るこの日のストーク戦は1-1のドロー。 ◆◆◆◆◆◆ 2017-18シーズン、ボーンマスは歴史的金星を挙げる。1月14日第23節、アーセン・ヴェンゲル監督が本来率いているはずが、前々節よりペナルティで不在のアーセナル。アレクシス・サンチェス、メスト・エジルと飛車角抜きでカップ戦からの疲労も色濃い。休養充分のボーンマスイレブンはホームで躍動。2-1で勝利。 自信にあふれるチェリーズ(ボーンマスの愛称)は31日、第25節スタンフォード・ブリッジに乗り込み、前年覇者に0-3で完勝。アントニオ・コンテを窮地に追い込む。エディ・ハウが仕込んだポゼッションサッカーでチャンピオンシップ優勝、プレミア昇格を決めた2014-15年シーズン。 ◆◆◆◆◆◆ プレミアを制したのは、ジョゼ・モウリーニョのチェルシー。年間売上32万ポンドのチェルシーに対しボーンマスは5,1万ポンド。貧富の差を英国メディアが大きく取り上げていた。上の写真ベンチシートから立ち上がり戦況を見つめるハウ監督。そのシートにはBMWのロゴ。 ◆◆◆◆◆◆ 一年前の試合は、日曜の午後(昼)開催。プレス控室のホスピタリティメニューは・・・肉! 日曜日にサンデーローストを食べるのは英国の習慣。ただロンドンならいざ知らず、この小さなスタジアムでお肉が振舞われるとは、さすがプレミア。ユニフォームの胸ロゴと電光ボードにも Mansion.com。2003年にジブラルタルで個人投資家が設立したオンライン・カジノのカンパニーは2006年トッテナムのスポンサーに加わり話題に。2015年プレミア昇格を機にボーンマス、現在はクリスタルパレスのシャツでもロゴを目にする。 ◆◆◆◆◆◆

27 03, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【25】 フォイト・アレーナ / ハイデンハイム

By | 2018-04-10T07:54:53+00:00 3月 27th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム|0 Comments

第25景はフォイト・アレーナ、ドイツ最南に位置するバーデン=ヴュルテンベルク州のハイデンハイム・アンデア・ブレンツにある蹴球場。 今回はぷらひゃく史上最大、写真画像がカバーの成美さんも含め17枚掲載の大作となってしまった。二年前の訪問時、ここには二度と来ることはないだろうと思いシャッターをきる回数が増えた。下の写真は同市の駅前風景。 ◆◆◆◆◆◆ 撮影用小道具で使いたいから熊の縫い包かグッズを持っていないかと事前に問い合わせたところ、成美さんから「キャラクターでも大丈夫ですか?」の返信。 縫い包みのモデルになっているキャラクターは著作権に該当、但し大量生産のキャラクター使用商品は所有者が権利を有するので掲載OK。結局会社の部長さん(?)からお借りしたテディベアがこちら。 因みに彼女が当初予定していたキャラクターはリラックマ。一方筆者が想像していたキャラクターは、熊本県営業部長兼しあわせ部長のくまモン。普通の人はまずディズニーのプ~が思い浮かぶらしい。 ◆◆◆◆◆◆ 成美さんと撮影後のランチタイム。デザートのフランボワーズがテーブルに運ばれた際、ほぼ同時に食べ終ってる事に気づく。「この娘食べるスピード早いな」と意味なく感心する。食べるのが早くなったのは社会人になり時間に追われる生活が続きたからなのだが、今、思えば子供の頃から、せっかちだった。 森のくまさんが好きでよく口ずさんでいたが♪ある~日、森の中、くまさんに出ああた。 スタコラさっさっさのさ~×2♬ 「歌詞が違うよ。花咲く森の道 くまさんに出会ぁただよ」と指摘されるのだが、悠長なことは言っていられない。相手は熊なのだから出会った瞬間に走り出さなくてどうすると今でも思っている。 ◆◆◆◆◆◆ 第13景 コンメルツバンク・アレーナ、同銀行がネーミングライツを獲得したのは2005年からで、それ以前はヴァルト=森シュタディオンと呼ばれていた。確かに森に囲まれた立地となっているがフランクフルトもドレスデンのグルックスガス・シュタディオンなども所詮、大都市の中に市民の憩いの場として樹木が残されているに過ぎず甘い。プ~の好物ハチミツほど甘い。 それに比べこのフォイト・アレーナは、甘くない。バーデン=ヴュルテンベルク州は黒い森で知られるとおり、森の多い州。このスタジアムは野生動物公園を含む自然保護区に隣接している。行きのバス内を撮影。 ◆◆◆◆◆◆ この先にスタジアムがあるのか不安になり声を掛けるが、運転手は心配するなと言っている様子。 そしてバス停の写真も背景は樹海? 結局帰りはバスが運行しておらず徒歩で森の中、獣道をショートカットしようとしたら危うく遭難しかかった。洒落にならない。 ◆◆◆◆◆◆ 同乗者にファン・サポーターらしき人は皆無。バス停を降りてもそれらしき気配がない。そでも暫し歩くと目的の建造物が見えてきたではないか。 ◆◆◆◆◆◆ もう一便バスを遅らせればマフラーを巻いた人々が路線バスを利用していただろうか。大半の方は自家用車を利用していると思われる。

24 03, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【24】クリスタル・アレナ / ヘンク

By | 2018-03-24T11:04:00+00:00 3月 24th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

キャッチ画像、成美さんが手にしているサタンレッドの小瓶。ブリュッセル北西部のメルシュテム。この街で1887年創業したのがブリュワリー・ド・ブロック。銘柄はカスター、デンデルモンデ、そしてこのサタンと、いずれもアルコール度数は高めの8%。オレンジビールを加えたストロングエールの悪魔ラベルは黒、金、赤の三種類。味も当然異なるが、日本の売り場で目にするのは圧倒的に赤い悪魔。 フットボール・ベルギー代表の1906年のオランダ戦の勝利以来悪魔と称される。ユニフォームの基調色に赤を用いるクラブチームは多い。オランダのエール・ディビジに至っては三強とAZ、トゥヴェンテ、他色のクラブが皿を掲げるのを見たことがないし、プレミアもマンチェスターユナイテッドとリヴァプール、またアーセナルやサウサプトンやストークと、赤白組み合わせが目立つ。 ◆◆◆◆◆ それに比べて代表チーム。赤いユニフォームがFIFAワールドカップを獲得したのは2010年のスペインが初めて。92年欧州覇者デンマークやオーストリア、スイス、ポーランド、南米ならばチリ、パラグアイと、赤は中堅国のカラーだった。 黙示録の世界で赤い竜はサタンの化身。悪魔はやはり赤がしっくりくる。 ◆◆◆◆◆ 第二十四景はRKCヘンクの本拠地 クリスタルパレス。 ベルギー一部リーグの冠スポンサージュピラー社がベルギー国内ビールシェアNo1。シェア2番手は、ヘンクのあるリンブルグ州のビールメーカー、アルケン・マース。1928年ベルギー初のピルスナーを醸造し、現在はアルケン市以外にも、Opwijk、Kobbegem二に工場を構える。ラインナップは、クリスタル、アフリゲム、モールスビット。 2008年にはUEFAチャンピオンズリーグ冠でおなじみハイネケン(オランダ)グループに吸収されたことで、本社は東側国境に近いメッヘレン市へ移転した。2007年6月1日よりスタジアムのスポンサーになると場内で販売されるビールもジュピラーからアルコール5%のピルスナー、クリスタルに。 2014年FIFAワールドカップ・ブラジル大会を控えた公開練習を見学した。四チームに分かれてゲーム形式は迫力満点。 ◆◆◆◆◆ 漫画家永井豪氏画業50周年を記念し様々な企画が予定されている2018年。《DEVILMAN crybaby》もそのひとつ。サタンと聞いて氏の代表作『デビルマン』に登場する飛鳥了を頭に浮かべるクリエイターも多いはず。 筆者も少年時代、衝撃を受けた古典的名著。それに比べ「パンツをはいた悪魔」と揶揄されるTVアニメだが、実は個人的に高く評価している。ちなみに成美さんのtwitterアイコン写真はパンツを頭に被っている。 四十年前、子供向けの特撮やアニメでは、地球・世界平和を守る為、ヒーローが悪と戦う設定に違和感を抱く少年だった。国連やEUの組織から要請されたわけでもない主人公が無償で“正義感”のみをモチベーションに孤独な闘いを続けるのは、不自然、現実的でないと今でも感じる。フィクションなのだから現実的でなくて当然なのだが「こんなの建て前だ」と斜に構えていたのだから可愛くない。 ◆◆◆◆◆ しかしこのアニメ版デビルマンは、人類滅亡を企む悪魔の先鋒が女子高生に「恋」をして彼女と彼女の大切な人や周囲を守るため、極めて利己的な動機でデーモンと闘う。活字にするとコミカルで少々ロマンティックだが動機としては、寧ろ説得力があり、幼獣ゲルゲと不動明の会話も笑える。 「ニューヨークやパリで人類がデーモンに惨殺されたところで関係ないし興味もねえ!」・・・・そんな『本音』が垣間見えるキャラにリアリティを感じていたのだ。原作は10時15分世界の各都市の空がデーモンに覆われ、ソビエト連邦首相が寄生されるグローバルな展開なので対比も興趣深い。 ◆◆◆◆◆

21 03, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【23】パルケンスタディオン/コペンハーゲン

By | 2018-03-21T21:19:53+00:00 3月 21st, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

コペンハーゲン北部郊外のデュアハウスバッケンは1746年に誕生した世界最古の遊園地。 アンデルセンにも愛されたチボリ公園が造営されたのは1843年。公園付属の遊戯施設よりもこちらが最古と主張する輩も。いずれにしても世界最古がコパンハーゲンにあることに変わりはない。中央駅の東側、目の前がチボリ公園。他には何もないので列車発の時刻まで、時間をつぶせるのは西側のパブ、「Jernbanecafeen」7の文字が微かに判るグラス。後ろに並んだ瓶のラベルにも同様のオリジナルデザイン。右端は看板娘のHeleneさん。 ◆◆◆◆◆◆ スカンジナビア航空機が並ぶコペンハーゲン空港。入国しデンマーククローネをATMで引き出し、駅に停車中の列車に飛び乗る。発車して席に着く間もなくオーレンスリンクから海原を眺め・・・「あ、またやった」。 世界各国の国際ハブ空港の駅は大半が市内から乗車して終点にある。ところがデンマークの首都コペンハーゲンは、シェラン島の最南東部に位置し、空港が更に東なので、オーレンス海峡が目と鼻の先。海峡を越えてしまえばスウェーデン第三の都市マルメがある為、空港からはコペンハーゲン市内に向かう旅客とマルメの向かう旅客の数、列車の込み具合がさほど変わらないので、行き先とホームを間違えると「国境」を越えてしまう。車掌に事情を説明し、20分程度スウェーデンに滞在した後、コペン市内へと引き返す羽目になる. ◆◆◆◆◆◆ ようやく中央駅にたどり着く。自転車用車両がいかにもデンマークらしい。英語のFreeはデンマーク語でFri。列車に限らずネット環境は良好で助かる。 ◆◆◆◆◆◆ 第二十三景はコペンハーゲンにあるテリア・パルケン。 FCコペンハーゲンは1992年創立のクラブ。これまでUEFAチャンピオンズリーグの本戦(GS)出場したクラブの中で最も若い。しかしその源流を遡るとは1876年創立されたボルドクラブに行き着く。当時からの伝統を引き継ぐ名門。 国際サッカー連盟(FIFA)は、世界最古のクラブチームとして「シェフィールドFC」を認めているが、1863年FAが発足し世界最古のトーナメントFAカップ開幕は1871年。ドイツ各都市の総合スポーツクラブにフットボール部門が普及するのは1880年代。トリノやジェノアにイタリア初のクラブが1890年代、地理的には、英国から最短のオランダでさえ、ハーレム創立は1879年だから欧州の中でも、屈指の早さ。 1903年創設のボルドクルッベンと合併したのが1992年7月1日である。この年欧州選手権でユーゴスラビア紛争を理由に繰り上げ参加したデンマーク代表が奇跡の優勝を遂げた。デニッシュ・ダイナマイトはイングランド、フランスを抑えてベスト4進出。強豪英仏との対戦はいずれも限りなくホームに近い前述のマルメだった。 ◆◆◆◆◆◆ 広大なフェレド公園にスタジアムは隣接している。英語のパークは、ドイツ語やオランダ語と同じく北欧でも「パルケン」と発音される。少年から大人までボールを蹴る姿が、訪問の度に目に入る。 アクセスはバスを利用すればスタジアムの目の前に止まるが、中央駅から約1キロ強国立美術館に(写真上下)。一仕事終えて、橋を渡り公園を突き抜ける徒歩ルート。直線距離ならば1.5キロ程度か。 ◆◆◆◆◆◆ 1990年着工、1992年に竣工したパルケンスタジアム。 旧国立競技場の敷地内に投資会社Baltica Finansによって再建後1998年にFCコペンハーゲンに売却されている。開閉式の屋根を装備しているが、収容人員は38000人。

16 03, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【22】ヴォーダフォン・アリーナ /  イスタンブール

By | 2018-03-18T11:53:33+00:00 3月 16th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

激しい潮流に阻まれた両大陸を互いに超えて、繰り返された衝突がいつしか独自の景観と文化を築いたイスタンブール。欧州とアジアの境界線と称されるボスポラス海峡に大きな二本の橋が架かり、地下にもトンネルが開通している。 新市街の北東郊外ベシクタシュ地区。海峡沿いの埋め立て地に造営されたドルマバフチェ宮殿も、欧風の外観から一歩中に足を踏み入れると、イスラムの世界に包まれ、現在は迎賓館と博物館に活用されていた。 ◆◆◆◆◆◆ 成美さんが開いている昨年の地元紙「SABAH」には週末ベシクタシュとフェネルバフチェのダービーに関する記事。本拠地は黒鷲の巣窟と敵サポーターが恐れたイニョニュ・スタジアム。 しかしスタンド最上段から眺める宮殿と海峡の風景は、欧州・・・いや世界でも屈指の美しさ。 このスタジアムからの景観も含め、稲本潤一やさおりん、長友祐都までが移籍したガラタサライ、ジーコが指揮したフェネルバフチェよりもベシュクタシュに肩入れしている。 ◆◆◆◆◆◆ 2013年に取り壊されたイニョニュは変わり新たな歴史を刻むヴォ―ダフォン・アリーナが第二十二景。但し完成した2016年の12月には試合終了後にスタジアムの外で自動車爆弾が爆発。ほぼ同時にマチカ公園で男が自爆するあたり、この国らしくキナ臭さが充満しつつある。 ◆◆◆◆◆◆ この十年間を振り返ると一年だけ渡欧していない年がある。2011年・・・3月に宮城県で撮影したのがこの写真。11日当日は小学校まで息子を迎えに行き、嫁(当時)の実家に預けて浦安から千葉市駅前まで、今度は元嫁を迎えに車を運転した。 約5時間かけて到着。帰りは疲れて途中ファミレスで休憩し朝方生還。「こんだけ時間かければ成田から欧州の何処でも着くね」と苦笑した。同年10月トルコ東部でも大地震が起きているが、イスタンブールが大きな被害を受けたのは1999年のイズミット地震。海土の地面に建物を築いた都市の脆さと危うさを露呈した。 ◆◆◆◆◆◆ イニョニュ時代から、黒白縦縞のウェアでピッチを駆け抜けたポルトガル人フットボーラーの印象が強い。現在も活躍するリカルド・クアレスマが2010年に加入すると、翌年にはマヌエル・フェルナンデス、 ウーゴ・アルメイダ、シモン・サブローザが続く。シモンは1シーズンでチームを去ったが、ウーゴとフェルナンデスは、2014年までイスタンブールに留まりサポーターの支持を得た。クアレスマは先日のバイエルン戦にもスタメンフル出場。名門を渡り歩いた34歳のベテランは健在。 ◆◆◆◆◆◆ 今季のUEFAチャンピオンズリーグ(CL)のグループステージを首位で突破、決勝ラウンド進出はクラブ史上初の快挙。これまで欧州の舞台の実績ではライバル2クラブ(ガラタサライ、フェネルバフチェ)に比べ著しく劣っているだけに黒鷲たちの鼻息は荒い。レアルから獲得したペペの功績も大きく、言うまでもなくポルトガル代表。 2017年7月25日 アテネ五輪スタジアムでのCL予選は三回戦に突入。AEKアテネの相手は、かつて本田圭祐が所属したことで日本国内での知名度を一気に高めたCSKAモスクワ。前半終了間際、アラン・ジャゴエフのゴールでCSKAが先制。後半10分にスウェーデン代表ポントゥス・ヴェアンブロームのゴールで突き放す。 ここでスペイン人監督が動く。ヒメネスは4-1-2-3のワンボランチを下げ、前線の枚数を増やした。ピッチに投入された背番号9は元ポルトガル代表、ウーゴ・アルメイダだった。しかしこの采配は奏功せず、敗退したアテネはヨーロッパリーグ(EL)へと舞台を移す。同週、デンマークのブレンビーを破ったクロアチアのハイデュク・スプリトは4回戦でエヴァ―トンに敗退。 季節は夏から冬へと変わり、トルコ代表FWシェンク・トスンをエヴァートンへと売却したベシクタシュが、代役として白羽の矢を立てたのがヴァグネル・ラヴ。CSKA時代には本田と共にプレーしていた元ブラジル代表は、バイエルン戦でもゴールを決め一矢を報いた。

13 03, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【21】エデン・アリーナ / プラハ

By | 2018-03-14T21:21:01+00:00 3月 13th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム|0 Comments

成美さんの手前にピルスナー・ウルケルの空瓶。念の為付け加えると彼女が飲み干したわけではない。 アンハイザー・ブッシュ・インベブから約8700億円で東欧事業をアサヒビールが買収。今年から国内店頭で目に触れる機会も増える。 1842年からの伝統的製法を受け継ぎチェコはもちろん東欧代表も過言ではない。「コクのある苦み」の惹句は、この銘柄にこそ相応しい。 昨年6月 ブダペストから北京へ移動する機内でハンガリーユース代表と乗り合わせた。⇒コチラ 機内で中国紙には手をふれず、チャイナデイリーのアルファベットに軽く目を通す。海外投資後の債務が増加するリスクを危険視した中国銀行業監督管理委員会は、翌月、国有各行に対して不動産開発グループ万達の海外買収案に対して融資を禁じている。 これでチャイニーズマネーの欧州クラブ爆買いも休止となるのか。 池井戸潤氏の小説のような世界が現実に中国でも起こっているのかもしれないが、金額の0が多すぎて頭がついていかない。レギレーションが厳格なドイツを除く三大メジャーにチャイニーズマネーが流入した。皮切りは2015年、前述の万達。アトレティコ・マドリードの株式2割を約562億ウォンで取得した。同年7月、中国系のLEDメーカーであるLEDUSがリーグアンのソショーを買収したが、こちらはとんでもないことになっている。同社の仏子会社が倒産し、来季の予算の確保が難しくなり、三部降格処分もあり得る状況。UAE資本のマンチェスターシティに割り込み株式13%取得の為、日本円にして460億円を費やしたかと思うと、インテルの株式70%を約351億円で蘇寧グループが買い占めた。そして昨年980億円でミランを買収。サウサンプトンの8割もガオ・チーシェン氏が海外ファンドを介して手に入れている。 ◆◆◆◆◆ さて、少々首を傾げてしまいそうなクラブがひとつ。HETリーガの強豪スラヴィア・プラハ。触手を伸ばしたのはCEFCなるエネルギー企業。 ◆◆◆◆◆ 第21景は、このスラヴィア・プラハの本拠地エデン・アリーナ。 2005年に旧スタジアムを取り壊し2008年に完成、間もなく10周年を迎えるが、収容21000人と大き過ぎず小さ過ぎず。 ◆◆◆◆◆ ところでこのクラブ、実は外国資本は初めてではない。以前英スポーツ&エンターテイメント企業ENICが参入しているが、スタジアムの建て替えには関与せず糠喜びとなった。⇒ ◆◆◆◆◆ 建設当初は新スタジアムがカンフル剤となって国内二連覇も、建設費の借金を返済できず負のスパイラルに陥る。そこへ渡りに中国から舟。エネルギーが注入された。 ◆◆◆◆◆ スタジアム正面には、クラブ創設125周年を祝いこの巨大タペストリー。再びUEFAチャンピオンズリーグ(CL)本選を目指す今期、シーズン前から現地紙面はスラヴィアの話題で賑わう。 ブンデスのブレーメンにジリ・パブレンカを売却。ヤン・ラシュトゥーフカを獲得。前景のワルシャワ国立競技場。ドニプロの第2キーパーはベンチで苦汁のEL決勝を経験している。 この試合で同点ゴールを決めたルスラン・ロタン、元ポルトガル代表ダニーの移籍についても先週ふれた。

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