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Yoshitaka Yokozawa

About Yoshitaka Yokozawa

1964年生 / 東京都在住 NPO・NGOの経験を活かしてサッカルチャー・チャアマンをしてます。 本業は国際交流コンサルタント。文化催事の企画運営や講演など欧州と国内をころげまわってます。 サッカルチャーコラム連載では欧州蹴球文化探訪(全41回) 同ベルギーの光と闇(全27回)※最終話そのうちUPします。 長靴の国で観た異邦人たち(全21話) サッカルチャー・ホームタウン秘書室(2017年~ 同 日本人が知らないアーセナル 全8回含)他。 サッカルチャーやっててよかったのはバルセロナで故ヨハン・クライフに逢えたこと。世界各国の”秘書たち”とビールを飲むのもささやかな楽しみ。
6 09, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【54】オリンピアコ・スタディオ ・スピロス・ルイス / アテネ

By | 2018-10-28T16:53:26+00:00 9月 6th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

台風に続き地震と列島に襲いかかる自然の猛威。日本以上に地震に悩まされる人々が思い浮かぶのはエーゲ海。 世界の国旗を並べても、真っ白な建物とエーゲ海の青さと直結するギリシャ旗は一際目を惹く。 ◆◆◆◆◆◆ 古代ギリシャ人の服装は、男女ともに一枚布を体に巻きつけていたが、神官が黄色を好んだ話を美術館で聞いた覚えがある。かつてアテネでは女神アルテミスを崇める祭りでは、黄色の衣を纏った少女達が踊ったと伝えられる。 原宿にもオープンしたWorld Breakfast Alldayは8月~9月のメニューがギリシャの朝食なのであづ紗さんと訪問。 同国のカスタードパイ「ガラトピタ」も表面(上部)は鮮やかなキツネ色、断面もほのかに黄みを帯びて食欲をそそられる。 ギリシャの首都アテネのフットボールクラブといえばオリンピアコスとパナシナイコス。 おそらくこの2強は日本でも良く知られているが、現在一番熱いのは三番目のクラブAKEアテネ。第54景はパナシナイコスとAKEアテネが本拠地として使用するオリンピアコ・スタディオ ・スピロス・ルイス。 ◆◆◆◆◆◆ 2017年12月7日 ウィーンのエルンスト・ヘッペル。 ウィーンから西に110キロ離れたヴィーゼルブルグ。マッチデー・プログラムとこの街の地ビール、ヴィーゼルブルガーの瓶。 ◆◆◆◆◆◆ 2018-19シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ(CL)プレーオフが終了。6クラブが加わりグループステージに臨む32クラブが決定した。 注目は2006-07以来のグループステージ進出を決めたAEKアテネ。12年前は、1ポイント差でUEFA杯にまわったが、11月21日のホーム、オリンピアコでは首位ミランを1-0で破っている。 ◆◆◆◆◆◆ ミランとの相性の良さは昨季も証明しており、初戦のリエカ戦を2-1で勝利すると、ミランとの2試合を含む残り全試合をドローで、ステージを突破した。その初戦の結果を報じるクロアチアの紙面と同国の麦酒銘柄カルロヴァチコ。 ◆◆◆◆◆◆

30 08, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【53】ラインエネルギーシュタディオン / ケルン

By | 2018-08-30T22:53:52+00:00 8月 30th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

ドイツと云えばビール。ビールと云えばドイツ。16連邦州の中で最大の人口数を誇るのがノルトライン=ヴェストファーレン州。州都デュッセルドルフ以外にも、ケルン、ドルトムント、デュイスブルグと大都市が犇く。 あづ紗さんが手にした小瓶はケーニッヒ・ピルスナー。王を意味するその名のまんま、ラベルには王冠のデザイン。デュイスブルグの醸造所に始まり、現在は各国に輸入されているので日本でも比較的手に入り易い。 同じ州でもピルスナー(ラガーに含まれる)のデュイスブルグから南に70キロ程移動すれば、ケルシュが味わえる。「蹴る酒」と変換ミスをすれば、フットボール通が好みそうなこのビールの製法はケルン地方ならでは。上面発酵の酵母を使用して下面発酵並み(10℃以下)に低温で熟成させているので、ピルスナーとエールの良い所どりの麦酒が出来上がる。 ◆◆◆◆◆◆ 中央駅前にそびえる荘厳なゴシック様式の大聖堂を前にして、シュタンゲと呼ばれる200mlの円柱グラスでケルシュを味わえる幸せ。最近では日本にもケルシュブランドのガッフェルが購入できるらしい。 ◆◆◆◆◆◆ ケルンの名所ホーエンツォレルン橋。この写真が今回掲載した中ではイチ押し激レアなのだが、撮影時当時は想像だにしていない。 53景は1FCケルンの本拠地、こちらも日本のフットボールファンの間でお馴染みのラインエネルギーシュタディオン。 日本中が放心状態となった2014年ブラジル大会。グループ最下位、惨敗の中で見出した数少ない光明が、当時24歳の大迫勇也が露わにした悔しさだった。年齢的にピークを迎える次回ロシア大会、ロンドン五輪世代の香川真司と大迫の肩には国民の期待が圧し掛かった。 1860ミュンヘンで独二部デビューしてから半年で迎えたブラジル大会。終了後は念願の一部ケルンへと移籍して四年間を過ごした。二部で燻っていたケルンを昇格させたのは、前回に続き登場いただくペーター・シュテーガー。 ◆◆◆◆◆◆ オーストリア国内を制覇したシュテーガーは、国境を北に越えた2013-14シーズン。小国の一部から大国の二部へ。ラインエネルギーシュタディオンは5万人のキャパシティ。ドルトムント就任時、センセーションと報道された程ではなくとも、クラブの規模と格=伝統を考えれば栄転に違いない。 ◆◆◆◆◆◆ 実はこのシーズン開幕ダッシュに失敗している。三節までドローが続き、漸く四節SVザントハウゼン戦で待ちに待った初白星。5節引き分けでこの時点での順位は10位。 ウィンターブレーク開けの20節、パーターボーン戦でユニバーシアード日本代表の長澤和輝が途中出場デビュー。27節は初スタメン翌28節では当時1860ミュンヘンに所属していた大迫との日本人対決も実現している。 19勝4敗11分、2節を残しての優勝と、ドイツでも就任一年目から確り結果を出した。ラインエネルギーシュタディオン集客数は年間合計78万人を超え、一試合平均でも46000人を記録している。 ◆◆◆◆◆◆ 筆者がケルンを初めて訪問したのは2009年。駅前から大聖堂の裏側には博物館が密集している。ローマ帝国時代に植民地として築かれたこの都市では至る所でローマ時代の痕跡に気づかされるが、聖堂に隣接しているのはローマ・ゲルマン博物館。考古学好きにはお薦め。 ◆◆◆◆◆◆ ケルン工芸美術館は「ピカソからウィーホールまで」と題してマックス・エルンスト/ロイ・リヒテンシュタイン/ニキ・デ・サン・ファール※【三景】参照他計40人のアーティスト、150の彫刻、装(宝)飾品を展示。 ◆◆◆◆◆◆ ヴァルラフ・リヒャルツ美術館では、「月」をテーマにエドワール・マネの 1869年作ブーローニュ港の月光(オルセー美術館所蔵)や1969年アポロ11号宇宙飛行士、月面着陸の写真を見た記憶が蘇るかと思いきや、まったく思い出せないから脳の老化は否めない。 ケルンでこの写真を撮影したのは6月25日。目を覚ますとTVはマイケル・ジャクソンン急死のニュース一色、世界中で追悼セレモニーが催されたので、これだけは忘れようがない。 ◆◆◆◆◆◆ 前回も述べたとおり、シュテーガーのチームづくりは選手ありきで、戦術的に目を見張るものはない。奪われるリスクを制限し、ミスを最小限に抑えようと考えるタイプ。頑強な守備陣形で構えて、落ち着いて組み立てるスタイルを貫きケルンを欧州戦線にまで引き上げた。これはドルトムントの前任者ピーター・ボスが高めのラインで前からハイプレスをかけるスタイルと対照的。 一方オーストリアでは二年目のロジャー・シュミット率いるレッドブル・ザルツブルグが猛威を振るった。独特のハイプレッシング戦術は、ラングニックとグロース直伝。彼らのコンセプトからすれば、自陣深い位置でリトリートからバックパスを選択する方が遥にリスキーな行為となる。 そして2014-15シーズン、ケルンの昇格とレバークーゼンからの招聘、ピッチ上でペーター・シュテーガーとロジャー・シュミットは1年半ぶりに再会。ピッチサイドで対峙する両者への注目度は格段に上がっていた。 ◆◆◆◆◆◆ ドイツ・ブンデスリーガ13節 2014年11月29日 試合の映像で見覚えのある横顔はケルンに加入したドゥサン・スベント。かつてシュミットが左サイドバックを任せたスロバキア代表は本来サイドハーフ。中盤にを厚みを持たせ、守備はリトリートで凌ぐシュテーガーの意図が読み取れる配置。終わってみればレバークーゼンが65%とボール支配率で圧倒する。後半逆転されると最終ラインを削り前線に大迫を投入したシュテーガー、更にセンターバックを一枚下げ、前に人数を割いてしまえば、手薄となった所を突かれてダメ押し弾を喰らうのは当然。終了間際にも2失点。シュート数はレバークーゼンの15に対しケルンは僅か3本。この時点で3位をキープするレバークーゼンに格の違いを見せつけられる羽目に。一躍時代の寵児と持て囃されたシュミット。 ◆◆◆◆◆◆ 2015年4月25日 観衆は 4万5千600 人。 ホームで雪辱を狙うシュテーガーは4-4-2を採用しアンソニー・ウジャと大迫のツートップで雪辱を誓う。前半は0-0で折り返し。均衡が破れたのは後半15分。ユリアン・ブラントのゴールで先制したのはレバークーゼン。しかしアクシデント発生。キリアコス・パパドプーロスの負傷で3枚目のカードをきる大誤算。逆に我慢し続けたシュテーガーが、一気にゲームの流れを手繰り寄せにかかる。67分左サイドを入れ替えると、主将ブレチュコを下げて3トップ、更にマティアス・レーマンを長澤に代えて中盤の活性化を図る采配が実を結ぶ。83分途中出場のフィネが同点ゴール。その後スコアは動かず結末はドロー。それでもポゼッションで55%と上回り、シュート数を比べてもレバークーゼン5に対しケルンは倍の10本。このゲームでケルンが得た手応えと自信はけして小さくはない。 あづ沙さんが持つストラップはUEFAヨーロッパリーグ(EL)E取材時にプレスチケットと一緒に渡された品。 ◆◆◆◆◆◆ 昨季ブンデスリーガでは低迷、降格したケルンではあるがELでは大迫がベラルーシ王者から2ゴールを奪い、アーセナル戦もフル出場し勝利に貢献。ロシアでの大迫は、四年前とは比較にならない程自信に溢れ、披露したプレーからは余裕すら感じられた。スタイルの異なる国のビッククラブに国際試合で勝利した経験はやはり大きい。香川同様、ケルンで大迫を指導したサムライブルー陰の功労者は、故郷ウィーンからロシアでの雄姿に眼鏡の下で目を細めていたのだろうか。笑福亭笑瓶似のウィナーを招聘するクラブはこの夏まだ現れていない。 ◆◆◆◆◆◆ さて、2022年カタール大会。前回の大迫同様、悔しさを糧に成長が期待されるのはサポートメンバーとしてロシアを経験したリオ五輪世代の浅野拓磨。井手口陽介はリーズからの要請で同行できなかった。 2014年の南アフリカ大会時には予備登録する程、ザッケローニはU19代表(当時)南野拓巳の才能を買っていた。アウェーゴール差で、レッドスターの前に涙を飲んだが、EL=マドリッドへの道が残されている。 四大会連続のアジア予選敗退で世界に届かなかった世代。12年組では久保裕也、遠藤航、植田直通、14年組は関根貴大、奥川雅也、そして南野、井手口が既に欧州を戦場に選び、更に東京五輪組で切磋琢磨する堂安律に冨安健洋。 ◆◆◆◆◆◆ カタール大会の主軸を担うであろうリオ五輪世代が、アジア予選に挑む収穫の時は2021年。 何処の国のリーグ、何処の都市のクラブでプレーするのか以上に、伸ばしてくれる指導者と巡り会えるのかが将来を左右する。フットボールに限らす人との出逢いで人生が変わるのは洋の東西を問わず。 最後に2009年から9年の歳月を経た現在のホーエンツォレルン橋。ケルン出身のバンドHöhnerが2009年に発表した(曲の)プロモーションビデオの影響で大ブーム。実り過ぎて少々気持ち悪い。【五十三景了】 文/撮影:横澤悦孝 モデル:森川あづ紗

24 08, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【52】レッドブルアリーナ/ ザルツブルグ

By | 2018-08-24T03:34:44+00:00 8月 24th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

2018-19シーズンが開幕。ボルシア・ドルトムントはルシアン・ファブレ監督のもと始動。香川真司にはベシクタシュからの熱烈なラブコールも報じられるが如何せん今季UEFAチャンピオンズリーグ(CL)の出場権は逃している。 昨季CL出場回数で内田篤人の日本人最多記録を更新した香川。渡欧初シーズンとなる10-11シーズンにはヨーロッパリーグ(EL)のグループステージ全て出場。15-16シーズンには、ベスト16でリヴァプールに敗れるまで8試合に出場。本戦だけでもUEFAコンペティションに8年連続、出場総計は46、負傷欠場さえなければ大台の50に到達していたはず。 ◆◆◆◆◆◆ 本日ベシクタシュはELのプレーオフ、パルチザン・ベオグラード戦に臨む。48景で取り上げた目下絶好調のライアン・バベルと香川の競演も実現すれば興味深いが、やはりCLで躍動する日本人の姿を見たい。バベルはホッフェンハイム在籍時の2011年8月に香川と初対戦。しかしその4カ月前にシュツットガルト戦で岡崎慎司とピッチで顔をあわせている。 上の画像はバベルが表紙のアヤックスマガジン(2006年)。画像箱をひっくり返したら元祖”SHINJI”とも対戦しており吃驚した。 バベルは前年17歳でトップデビュー。クライファート二世と称された注目を2005年4月のデ・カイプの映像。15分のダイジェストは少々長いが、クラシケルならではの好勝負。 昨季のドルトムントは最終節、ホッフェンハイムに敗れ4位でフィニッシュ。目標のCL出場こそ辛うじて達成したものの既定路線により退団したペーター・シュテーガー前監督。 ペーター・ボシュの後を引き継ぎ就任当初の12月半ばから2月にかけて国内リーグでは無敗。ところがレッドブル・ザルツブルグに敗れ欧州戦線から脱落すると、シーズン前に交渉していたルシアン・ファブレの名前が各紙面を賑わした。 ◆◆◆◆◆◆ 3月15日のレッドブル・アリーナ、ドルトムントの指揮官ペーター・シュテーガーが、母国で激しいブーイングを浴びる姿が目に浮かんだ。溜飲を下げたのはザルツブルグのサポーター達。スコアレスながら初戦の貯金でザルツブルグがベスト8に進出。手腕を買われたザルツブルグのマルコ・ローゼの名前が、ファブレと共にドルトムントの次期監督候補として浮上する。 写真は、あづ沙さんが手にしているのはレッドブルの製品。前置きが長くなったが、第52景はザルツブルグにあるレッドブル・アリーナ。 レッドブル・アリーナは、もうひとつある。米国東部ニュージャージー州のハリソン市にあるのはニューヨーク・レッドブルの本拠地。このスタジアムが完成するまでは、NFLでお馴染みジャイアンツ・スタジアムを使用しており、2009年に訪問した記憶と写真。 ◆◆◆◆◆◆ 1994年のFIFAワールドカップ米国大会、準決勝のブルガリア戦。ロベルト・バッジョが2ゴールを決めた会場は、人工芝の上に天然芝を敷き詰められた特別仕様。 ◆◆◆◆◆◆ 欧州に馴れた人であれば、このレベルでチケット代24USドルを高いと感じるはず。NFLで使用するヤードラインがそのまんま残されており、後付けで黄色いサッカー用のラインが加えられた見慣れないフィールドは結構視難い。 ◆◆◆◆◆◆

18 08, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【51】スコント・スタディオン / リガ

By | 2018-08-19T12:21:27+00:00 8月 18th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

9カ月かけて前半戦終了、ほぼ目標の週一連載は達成できた。足跡を振り返り国別の割合ではこんな感じ。 ■フランス①リール⑮パリ㉘クレテイユ㉞ストラスブール■オーストリア②ウィーナーノシュタット■ドイツ③デュイスブルク⑩シュツットガルト⑬フランクフルト㉕ハイデンハイム■イタリア④ピサ⑪ヴェローナ⑭トリノ㉙ヴェネツィア㊱トリノ■ハンガリー⑤ブダペスト㊷ブダペスト■スロバキア⑥トルナヴァ■ベルギー⑦コルトレイク⑭ヘンク㉝オーステンデ㊻ブルッヘ■イングランド⑧ロンドン㉗ボーンマス㉛ロンドン㉜ロンドン㊳ロンドン■オランダ⑨ブレダ㊼ロッテルダム■フィンランド⑫ヘルシンキ■ポルトガル⑯リスボン㉟ブラガ㊹ポルト㊿ギマランイス■チェコ⑰ブルノ㉑プラハ■クロアチア⑱ザグレブ㊶ザプレシチ■スロベニア⑲マリボル■ポーランド⑳ワルシャワ㊴キェルツェ■トルコ㉑イスタンブール㊽イスタンブール■デンマーク㉓コペンハーゲン㊵オーゼンセ■スコットランド㉖エディンバラ■アイルランド㉚ダブリン■スペイン㊲マドリッド㊸ヘタフェ㊺ジローナ㊾バルセロナ ◆◆◆◆◆◆ きっちり20か国で四大リーグ、ベルギー、ポルトガルがほぼ均等に振り分けた。一方、東欧方面、特に旧ソ連邦からの独立国が無いのは戴けない。筆者が生まれて初めて乗ったっ航空機はイリユーシン機。降り立った都市はモスクワだった。アエロフロートの代理店に勤務していたので選択肢はなかった。 ◆◆◆◆◆◆ そこで第51景はソ連から91年に独立したラトビアの首都リガにあるスコント・スタディオン。 サンクトペテルブルグからポーランドまでバルト三国を通過するのは少々長旅。ならばと同三国最大の都市、リガで一息つくことにした。 中心とは反対の駅南側に何やら見覚えのあるような構造物。Kulturpalast(文化宮殿)と称される高層建築。モスクワのセブンシスターズを模倣したスターリン様式にソ連時代の名残を感じる。翌々日ワルシャワで同様式の文化科学宮殿も目にしたが、重厚感ではリガが優る。 第一次大戦までロシア領に属し、当時はモスクワ、サンクトペテルブルグに次ぐ第三の都市として繁栄した都市は見所も多い。 ◆◆◆◆◆◆ ユネスコの世界遺産にも登録されている歴史地区の街並みはバルトの真珠・宝石などと形容され、同市区の象徴とされるのが、ゴシック、ロマネスク、バロックと三期の建築様式から成る聖ペテロ教会の尖塔。 ◆◆◆◆◆◆ 1918-20年、ラトビア独立戦争の戦没者慰霊と平和への願いが込められた自由の慰霊碑。公園内の芸術アカデミー、国立美術館を横目に約1.5キロ北東へ、徒歩で進むとスタジアムは見えてくる。 ◆◆◆◆◆◆ 上写真のスコント FCから現在のクラブ名リガ FCの文字が浮き上がるよう、ベンチシートは色分けされている。プレスカンファレンスルームには青白縦縞のウェア姿の写真。しかし今回の主役は旧社会主義国の青白縦縞でも別のクラブ。

12 08, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【50】エスタディオ・D. アフォンソ・エンリケス / ギマランイス

By | 2018-08-13T03:21:40+00:00 8月 12th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

百景の旅も折り返し。猛暑が続く中、あすみさんは涼しげなノースリーブ。今回のテーマカラーである黒。第50景はポルトガル北部、ギマランイスのエスタディオ・D. アフォンソ・エンリケス。

4 08, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【49】ミニ・エスタディオ / バルセロナ

By | 2018-08-16T11:23:30+00:00 8月 4th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

2018年4月19日エールディビジ32節アレナにVVVフェンロを迎えての試合。前節首位PSVとの直接対決は完敗。宿敵に眼前での戴冠を許す屈辱にまみれたアヤックス。それでもこの消化試合に注目する理由があった。ダフィ・クラーセンの移籍により、2017-18シーズンは、二列目のポジションにファン・デ・ベークが入っている。 対するフェンロ、最終ラインの前にダミアン・ファン・ブリュッヘンを配し興味深いマッチアップが実現した。 ◆◆◆◆◆◆ バルサのウェア着衣のあすみさん。第49景をカンプノウにすると、懐かしい記憶が溢れはするのだが、凡庸な気もして躊躇う。だったら一層のこと隣のエスタディオ・ミニにしてしまえ。2メートル右隣で何を話しているのかまったく理解できない在りし日のヨハン・クライフ解説に耳を傾けながら観戦した2014年のUEFAユースリーグは唯一無二、かけがえのない体験となった。 ◆◆◆◆◆◆ 一番のりはヴィム・ヨンク。その後クライフ、ファンデル・サール、アーロン・ヴィンター、マルク・オーフェルマルス、ロナウド・デ・ブールとアヤックスの伝説が続々着席。やや離れてプジョルが腰を降ろし、試合後はクライフやデ・ブールとの旧交を温めていた。 ◆◆◆◆◆◆ クライフが帰還したアヤックスがから改革に着手したのは2012年。ヴィム・ヨンクと彼のスタッフ達は、アカデミーとクラブ全体を改革しようと努めたが、2015年12月経営陣と対立しクラブを去った。 この試合の感想も含め 2015年10月には「現在ヴィム・ヨンクがアカデミーマネージャーを務めるアヤックスは、昨年のチームを見る限り、「個」の強さを重視するクライフ流が早くも結果として表れている。」と書いていたのも、すっかり忘れていた。 http://soccerlture.com/digest_rewrite_eight/ ◆◆◆◆◆◆ ジュニア年代育成のメゾットは、2013-14シーズン終了後、オランダ全土の指導者に紹介されている。ユニークなのは、人口芝のピッチ以外、例えば石畳や屋内など異なるフィールドで、不規則な動きのボールを扱わせ、コントロール技術を向上させる手法。クライフの発想は南米のストリートサッカーと通ずる。 1995年のトヨタカップ。スコアレスドローの素因として、国立競技場の芝の状態を糞味噌にこきおろしてくれたのがルイス・ファン・ハール。クライフが知ったら、「芝のせいしている時点で技術の低さを晒している」と一刀両断されたに違いない。 ◆◆◆◆◆◆ スキルボックスによりテクニックやコンディションなど細部に渡る選手の情報をデジタル化し分析・共有した効果なのか、持って生まれた才能なのかは定かでないが、この日、エスタディオ・ミニのピッチに登場した面々は、個の強さで、バルサの同世代を凌駕していた。 ◆◆◆◆◆◆ 筆頭は昨年A代表デビューを果たした前述のファン・デ・ベークと第一景で取り上げた アブドゥラク・ヌウリ。彼も悲劇に見舞われなければ数年後はベルギー代表エデン・アザールと比較されるプレーヤーになっていたはず。この日11番をつけたヴァーツラフ・チェルニーも2015年のヨーロッパリーグ、セルティック戦、ロスタイムの決勝ゴールで脚光を浴びた。

30 07, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【48】レジェップ・タイイップ・エルドアン・シュタディアム / イスタンブール

By | 2018-07-30T10:46:36+00:00 7月 30th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

カバー写真であすみさんが握っているコースターにはサンチャゴ・ベルナベウが描かれている。スペインを代表するビールブランドはMahouと書いてマホウではなくマオウと発音する。UEFAチャンピオンズリーグ連覇を達成したジネディーヌ・ジダンの現役時代、その美技は度々「魔法」と形容された。 そのジズーが電撃退任、ロペデキが引き受けるまで、後任人事の憶測が飛び交い、候補者の中に、かつて銀河系の一員としてジダンと共にプレーしたグティの名前もあった。フベニールA(U19)を指導し複数のリーガクラブからオファーが届くなど、指導者としても評価の高いグティ。 自宅の書棚に積まれた内外蹴球雑誌の中で、一番気に入っている表紙が、こちらの写真。2011年2月2日発行のフットボリスタ№198の「顔」がグティだった。 ◆◆◆◆◆◆ お気に入りの理由は、まず①英西独伊仏いわゆる5大リーグ以外、トルコのベシクタシュのプレーヤーを選んでいる。②特集タイトルとコピーのセンスが光る。「貢献」という人生の締め括り方。斜陽に浮かぶシルエット。ベテランたちは何を残し、何処へ向かう?は秀抜。③このタイトルと好青年の面影を残した無精ひげ面でウインクする写真が絶妙にハマっている。 特集内容では、元レアルのグティ、ガラタサライでプレーするハリー・キューウェル(元リヴァプール)の近況が渡邊将之氏のテキストで紹介されている。 ちなみに、あすみさんも現役時代ソフトテニスマガジンの表紙に登場している。女子高生には事前に知らされておらず、発売当日書店の店頭で自身の表紙に腰を抜かしたとかしないとか。 ◆◆◆◆◆◆ 第49景はイスタンブールにあるレジェップ・タイイップ・エルドアン・シュタディアム(RTES)。 市内を散策してこのスタジアムに遭遇したのは2009年。急斜面に建てられたスタジアムを見下ろし、何処のクラブが活用しているのかさえ知らぬまま、「世界で最も見晴らしの良いスタジアム」の絶景に感動した。 ◆◆◆◆◆◆ 空と海の青さ、更にブルーモスクの青、極めつけはエフェス: Efesビールパッケージの青。イスタンブールは青い都市に違いないが、ガラタサライ、フェネルバフチェ、ベシュクタシュと強豪3クラブのウェアに青色が見当たらない。 ◆◆◆◆◆◆ 犬も歩けばモスクにあたるのがこの都。 中でも石の外装と磁器タイルの内装がコントラストを描くスルタン アフメットは別格。通称”ブルーモスク”を想起させる白地に青を差し色として用いたウェアはカシンパシャSK。2005年はTFF3部(4部相当)から2007-08年シュペル・リガにまで急上昇。しかし前年降格しこのシーズンは復帰するエレベーター状態。 ◆◆◆◆◆◆ 2005年にトルコ政府青少年スポーツ賞が新設したスタジアムのスタンドは片面のみ。それが急速に力をつけ昇格を繰り返すものだから、2010年には反対側にも青と黄が目に鮮やかなシートが増設され現在の姿に。眺めを堪能する意味では、以前のほうが各段に良く残念に思うのは所詮異邦人だから。地元民には日常目にする別段珍しくもない光景なのだろう。

25 07, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【47】デ・カイプ / フェイエノールト・ロッテルダム

By | 2018-08-07T22:00:58+00:00 7月 25th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

ロシア大会終了後、欧州各国代表チームは既にユーロ2020に向けて舵を切っている。中でも屈辱の予選敗退、辛酸を嫌という程舐めたイタリア、オランダ両国代表は、ここからの巻き返しに鼻息が荒い。第一回となる『UEFAネーションズリーグ』は9月に開幕するが、オランダ代表の入ったグループ1には世界王者フランスと、前王者ながら韓国に足を引っ張られベスト16にさえ届かなかったドイツが同居する。最注目のグループであることは言うまでもない。 ◆◆◆◆◆ カバー写真は昨年まで現役日本代表の華麗(?)なスウィング。何を振っているのかは後ほど述べる。 第47景はオレンジ軍団の準ホーム、ロッテルダム・フェイノールト地区にある通称デ・カイプ。前回46景で取り上げたブルッヘのヤン・ブライデルスタディオン同様、ユーロ2000で使用された。この大会でも優勝国フランスと開催国であるオランダが同居、チェコ、デンマークが加わり、ワールドカップに続きメジャー連覇を狙うフランスは、デンマーク、チェコをヤン・ブライデルで下している。一方オランダがデンマークに3勝利(3-0)したのがデ・カイプだった。準々決勝はヤン・ブライデルでのフランス対スペイン、デ・カイプではオランダがユーゴスラビアに6-1と圧勝した。 そして本命オランダは、PK戦でアズーリの前に散りオランダ国民は呆然。、仏伊ファイナルは延長戦で決着がつき、名勝負の舞台としてまたひとつデ・カイプの名が欧州蹴球史に刻まれた。 ◆◆◆◆◆ 本年のジュピラー・プロ・リーグ3月3日29節のスタッツを眺めていたら、ふと気づいたのだが、クラブ・ブルージュKVのセンターラインは、最後尾にケネス・フェルメール、3バックの中央にステファノ・デンズヴィル、中盤には現オランダ代表のフォルマ―にヨルディ・クラーシと主要ポジションをオランダ人が占めている。 ◆◆◆◆◆ フェルメールとデンズヴィルの名前に、少々懐かしい記憶が蘇る。あすみさんが不思議そうに眺めているのは、・・・張り扇。とりあえずフォアハンド。液晶を覗くとラケットとを握っていた時とは何かが違うお間抜けな写真になった。「バックハンドもやりましょうか」と本人から申し出てくれたのでシャッターを切った。まあ、これはこれで、いい写真のような気もする。楽しそうだし。 ◆◆◆◆◆ 張り倒すための扇子なので略してハリセン。オランダだけでなく、フランスやポルトガルでもフットボール観戦時に使用される。優勝杯写真左に印刷された年度は2014年。KNVBベーカー・FINALEを表している。 ◆◆◆◆◆ フェルメールはフェイエノールトからのレンタル終了で今季からオランダに戻る。入れ替わるように、昨シーズンAZアルクマールに貸し出されていたリカルド・ファン・レインが復帰する予定だが、エールディビジで出場機会に恵まれず、ベンチから戦況を見つめる時間が長過ぎた。 ◆◆◆◆◆ かつてこの記念誌の表紙を飾った頃放ったオランイェでの輝きは失われており、正直レギュラー確保も厳しい。 ◆◆◆◆◆ それでも4月8日フェイエノールトが待ち構えるデ・カイプでのKNVBベーカー・決勝戦ではスタメンに名を連ねた。後半12分ロビン・ファン・ペルシーに追加点を奪われた直後に交代。僅か1分とはいえ、3月イングランド戦で代表デビューを果たし大砲バウト・ウェクホルストもこの日は不発。最終スコアは0-3。AZにとって2012-13シーズン以来5年ぶりの栄冠への道のりは、後一歩の所で途絶えた。

21 07, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【46】ヤン・ブレイデル スタディオン / ブルッヘ

By | 2018-07-21T18:00:31+00:00 7月 21st, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

ロシア閉幕から僅か一週間。熱気冷めやらぬ欧州で新シーズンが開幕。ベルギーでは明日22日スーパーカップでクラブ・ブルージュとスタンダール・リエージュがブルッヘで激突する。 ◆◆◆◆◆ 2016年12月18日横浜国際総合競技場、クラブワールドカップ決勝でのレアル・マドリード戦。 それまで欧州を旅していて、現地のファン、サポーターに、最も名前が知れ渡っているJクラブは、「ウラワ・レッズ」だと勝手に認定していた。想像するにあの応援スタイルが動画などで注目されているのだろうと。 しかしこの日から、白い巨人を苦しめた「鹿島アントラーズ」が世界で最も知名度の高いJクラブになったに違いない。実際「KASHIMA」について聞かれることがしばしば。 ◆◆◆◆◆ あすみさんが、ONE PIECE好きと聞いたので、トニー・トニー・チョッパーの描かれた土産巾着袋を用意した。ギネス世界記録に認定され、欧州でも絶大な人気を誇る。こちらが日本人だと気づくと「私はルフィの妹なの」とアピールしてくるパリジェンヌに、「自分はエースの兄だからお前は妹なのか」と取り敢えず驚いてハグ。互いに大笑いした。日本ではセクハラだと喚かれるエピソードである。 ◆◆◆◆◆ 鹿島アントラーズから日本代表DF植田直通がセークル・ブルージュKSVへ完全移籍。レアル戦出場のメンバーから柴崎岳に続いて、二人目の海外移籍。昌子源にも【34景】ストラスブール等、情報が飛び交う。 ◆◆◆◆◆ 第46景はセークル・ブルージュとクラブ・ブルージュが共同で本拠地として使用するヤン・ブレイデル・スタディオン。昨年11月14日ベルギー代表と日本代表がこのスタジアムで親善試合を行っているが、半年後決勝トーナメントで再び顔を遭わせるなどとは、予想だにしていなかった。 鹿島からベルギークラブへの移籍は2002年鈴木隆行以来。思えば臙脂色のユニフォームから欧州へと羽搏くパイオニアだった。同年開催された日韓大会でもベルギー代表はトルシェ・ジャパンと対戦。当時は今ほど両国代表に差はなかった。 ◆◆◆◆◆ 現在ベルギーでプレーするのはブリュッセルの森岡亮太(アンデルレヒト)、久保裕也(ゲント)、冨安健洋、関根貴大(シントトロイデン)、豊川雄太(オイペン)。かつてリールセとスタンダール・リエージュに川島永嗣、その後永井謙佑、2013年には小野裕二と、日本人三人が同時に同クラブに所属し話題となった。リールセや森岡の前所属先であるヴェーフェーレンは、同国最大の都市アントワープから目と鼻の先。 ◆◆◆◆◆ 人口では六番目ながらブルージュ=橋と運河の狭間から北方ルネサンス文化が開花した古都の街並みは、最も訪問をお薦めする美しさ。この街のクラブと日本人プレーヤーはこれまで縁がなかった。 ◆◆◆◆◆

16 07, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【45】エスタディオ・モンティリビ / ジローナ

By | 2018-07-16T06:53:26+00:00 7月 16th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

フランス二度目の優勝で閉幕。FIFAワールドカップ・ロシア大会は、クロアチア、ベルギーの躍進、日本代表の大健闘も含め、史上最高と絶賛されたブラジル大会を凌ぐ好ゲームが続いた。 ◆◆◆◆◆ あすみさんが今回手にしているのは日本でも購入できるトラス社のゼロ・ダークチョコレート。同社はカタルーニャ地方のジローナに位置し、フランスの国境から60km、バルセロナ港から120kmの距離。売り上げの35%以上が国際市場であるのも頷ける。 1890年創立なので、スペイン最古のチョコレート・メーカーの1つ。本場ベルギーの企業との技術提携により向上した品質で、今日世界各国で愛食されている。 ◆◆◆◆◆ 第45景はジローナFCの本拠地エスタディオ・モンティリビ。訪問したのは指宿洋史(現ジェフユナイテッド市原・千葉)在籍時なので、9年前。当時はライアンエアがバルセロナのエル・プラット空港に乗り入れしておらず、ジローナのコスタ・ブラバ空港に着陸。リムジンバスは、バルセロナとジローナ駅に運行していた。 ◆◆◆◆◆ ジローナFCはクラブ創立以来初の二部昇格で沸き返っていた。そして昨季クラブ創立87年目にして悲願の1部昇格を果たしている。開幕戦でアトレティコとドロー、10節ではレアルからまさかの逆転大金星。マドリッドのビッグクラブ相手にカタルーニャの弱小軍団が起こしたドラマは歴史を知るものにとって痛快極まりない。 ◆◆◆◆◆ 今回、ロシア大会には、ジローナFCから3選手がエントリーしている。日本のサッカーファンに認知されたのは、コロンビア代表の左サイドバック、ホアン・モヒカ。原口元気とのマッチアップ。原口に押し込まれたモヒカは、攻守両面で精彩を欠いた。第二戦ではベンチかと思いきや、ペケルマンの期待に応えポーランドを圧倒、セネガル戦も粘り強い守備で無失点に貢献した。イングランド戦でも後半41分のクロスで見せ場をつくり終わってみれば全四試合フル出場。昨年までの代表キャップ数2から8まで伸ばしレギュラーの座をを確保している。 ◆◆◆◆◆ ゴールキーパーのモロッコ代表、ボナは出番なし。 ジローナFCの大黒柱は、クリスティアン・ストゥア―ニ。↑ 画像クリックで youtube《Girona FC vs Atlético de Madrid》動画

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