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ようこそパレスチナ、新しい時代に向けて

 AFCアジアカップ2015オーストラリア大会で、パレスチナが日本と戦った。初対戦になるが、それもそのはず、パレスチナは1989年にFIFAおよびAFCに加盟。1928年に国内組織ができてから実に60年もかかった。

 ほとんどの方がご存知だろうが、パレスチナはかつてはオスマントルコの領土であったが、第1次世界大戦後イギリスの信託統治になった。
 しかし第2次世界大戦後、国連の一部の加盟国が国連パレスチナ特別委員会で分割の決議を決定し、ユダヤ人がパレスチナの地に入植を開始する運びとなり、反発するパレスチナ人および近隣アラブ人とユダヤ人による争いが始まり、未だ全面解決に至っていない。

 領土問題・民族問題・宗教問題の世界で一番有名な事案でありかつユダヤ問題を含めると実に2000年ちかい問題とされてきた。

 今回アジアの祭典アジアカップにパレスチナが出場するということはとても意義深いと思う。われわれの常識から考えればほぼ毎日何か紛争があり、多くの人が犠牲となった。

 しかしだからこそなのだろう、パレスチナ人にはサッカーが何よりも必要だったのだ。

 試合開始前までは、なれない国際大会だったためか、写真撮影で混乱する場面も見受けられた。しかしアギーレジャパンは公式戦最初の試合、パレスチナはアジアカップデビューの試合、それぞれが重要なミッションを抱えているので、一旦試合が始まればパレスチナも日本もごくごく当たり前のサッカー選手の姿になっていた。

 試合は遠藤がコースを絞ってうまくゴールマウスに押し込んで先制。その後も日本のペースで試合がすすみ、ディフェンディング・チャンピオンの貫禄を見せ、4−0で勝利した。

 試合終了後、両チームがユニフォームの交換を行った。おそらく両チームの選手にとって、特にパレスチナにとって、このユニフォームはメモリアルなものになるであろう。

 2015年に入り、また大きな宗教に絡む事件が多発した。

 試合前、パレスチナのキャプテンGK、サラがオーストラリアのエスコトートキッズの手を自分の左にまいているキャプテンマークに持って行って触れさせた。

 次の世代に平和の中でサッカーが出来る環境の実現を託すような姿に、パレスチナのいや世界の多くの犠牲を乗り越えていま試合ができることの素直な感謝を表したのであろうか。

 新しい時代に向けて、アジア大会へようこそ、パレスチナサッカー代表。

 オーストラリア大地でサッカーに集中して、持てる力を出して欲しい。