昨季のJ1リーグ、ナビスコカップ、天皇杯の国内3冠王者であるガンバ大阪がシーズン開幕から苦戦している。国内のプロサッカーシーズン開幕を告げるゼロックス・スーパーカップで浦和レッズに勝利した以外は勝ち星なしが続きました。3年ぶりに出場したアジアチャンピオンズリーグではグループリーグの対戦相手に恵まれながらも全6試合中の半分を消化して1分2敗。何より3戦中ホームで2試合を消化しており、ラスト1回のホーム開催試合は最終節まで待たなければいけない苦しい状況。
J1リーグも開幕から2試合で1分1敗と苦戦。スーパーカップは日程的にプレシーズンマッチと同様の位置付けとも取れるため、公式戦5試合未勝利とも言えるほどです。
シーズンの開幕直前に日本代表MF今野泰幸が負傷離脱しましたが、「総合力で優勝した」と口を揃える長谷川健太監督や選手達にその影響はないはずで、代役として出場している元日本代表MF明神智和は好調を維持しています。むしろ、国内リーグでは通用していた“最強助っ人”FWパトリックがアジアでは通用していない事と、Jリーグでも対策を取られて来た。こちらの方が深刻です。
しかし、パトリック自身が不調というわけではありません。スーパーカップとJ1開幕戦で得点は記録しています。チャンスメイクも出来ています。ではなぜそこが問題か?それは今まで何の工夫もなくパトリックや、彼が走り込む右サイド前方のスペースへ放り込むようなパスばかり蹴っていたからです。ショートパスで密集した局面を作ってからパトリックへ展開したり、左側からのクロスやアーリークロスを相手左サイドバックと競り合うミスマッチを作っての空中戦でパトリックを使うなど、そうした工夫やアイデアが皆無に近いからです。プレーを状況によって判断しているのではなく、約束事というマニュアルをこなしているだけのように見えるのは今に始まった事ではなく、2年前の長谷川監督就任時から変わりません。
長谷川監督の約束事として、4バックがぺナルティエリア内の幅でポジションを取る守備ブロックを組みます。そうなると相手のクロスを上げる選手に対してはガンバ大阪のサイドMFが対応し、サイドバックのような位置までプレスバックして6バックのような陣形になり、2トップとの距離が開いて間延びします。間延びするならば、前線でわざと孤立させた宇佐美とパトリックという規格外の個を持つ2トップの個人技で攻め切れば良いとは思うのですが、中途半端に下がってくるので相手への抑止力にもなっていないのが現状でしょう。
「誰が出ても同じサッカーが出来る」と、長谷川監督も選手達もよく言いますが、そんな機械的なプレ―を優先して来たツケが今になって出てしまっているように思います。「考えてプレーしろ」と今さら言われても、長谷川監督から約束事を優先する事でポジションや出場機会を獲得してきた現在の主力選手には荷が重いでしょう。そんな事では日本サッカー的にも困りますが、そういうサッカーを選択してきたのですから仕方ありません。
今こそ出場機会のない”蒼黒の10番”を 流れを変えるのではなく”止める”二川
宇佐美貴史とパトリックの“最強2トップ”や、大森晃太郎、倉田秋にしても、何よりもその突破力に魅力がある選手だと思います。「流れに乗ったら止まらない攻撃力」は彼等のドリブルや走力に支えられているとは思います。しかし、そんな突破力は「流れを変えるため」のモノであるとはいえ、選手個々が「俺が流れを変えてやる」という考え方だけでは、流れは逆に悪い方向に変わるように思います。
現在のガンバ大阪の不振は「流れを変える」のではなく、逆に「流れに入る」事の方が大切だと思います。特にACLなどの国際大会で初めて対戦する相手との試合に置いてはJリーグの試合よりも相手を観察する事も必要です。今年から長年に渡って日本代表の分析担当をしていた和田一郎コーチが入っていますが、アジアに置いての代表とクラブレベルが違うのはサッカーファンなら誰しもが分かっているはずなのに、和田コーチ加入で、「分析力が飛躍的に上がった」と言える方がどうかしていると思います。まずは自分達のチームの分析をするべきなのに・・・・・。
「流れに入る」とはシンプルにプレーする事です。「シンプル・イズ・ベスト」をサッカーで定義するならば、「シンプルなプレーができるのは的確に状況判断が出来ている」となります。どういうプレーを選択すべきか?どこにスぺ―スが出来ているのか?相手の穴はどこなのか?言葉や仕草を見せる事で相手に修正させてしまうため、敢えて口にしない事も要求されない領域の話です。
現在のガンバ大阪の前線のポジションでそれが出来るのは唯一、“万博のファンタジフタ”MF二川孝広のみ。しかし、今季の二川は先日のACLで今季公式戦6試合目にして初のベンチ入りを記録したのみで、出場は未だにゼロ。昨年もリーグ戦に関してはチームがブラジルW杯後から20試合で15勝3分2敗という連勝街道を走る中で、その間の先発出場は僅か2試合に限られました。運動量の減少というよりも、彼はプレーを“止める”のが特徴であり持ち味であるため、長谷川監督の志向するサッカーからはかけ離れているからでしょう。
しかし、二川がプレーを“止める”事により、パトリックや宇佐美、大森等のスピードや突破力を活かす事出来ます。速さを活かすのには遅いプレーから急加速する事の方が効果的で、相手にとってはより鋭利になるモノです。
二川孝広が”イニエフタ”と言われる所以 「パスにメッセージがある」と言われるサッカーを
そんな二川には“イニエフタ”というニックネームがあります。ご存じの通り、それがバルセロナ所属のスペイン代表MFアンドレス・イニエスタと同ポジションで語呂が合い、内気な性格面から来ているモノです。しかし、僕は二川が“イニエフタ”と呼ばれる所以は他にあると思っています。
具体的にそれはターンする時の両足の使い方です。両足をコンパスに例えると、パスをトラップしてから方向転換をするとき、多くの選手は“コンパスを開く”ようにトラップした脚とは反対となる軸足を動かします。しかし、二川とイニエスタはトラップしてから内股気味にステップを踏む事により、よりコンパクトなスぺ―スでターンが出来ます。二川もイニエスタもボールタッチをすれば両足交互に触れる事が多いのはこのためで、他の選手よりも0.5歩速くターンが出来るのです。この“内股ターン”が出来るのはおそらくJリーグでは二川孝広のみ。走るスピードは遅いですが、プレーは速いのです。
また、「パスにメッセージがある」という言葉がサッカーではよく使われますが、現在のガンバ大阪にはパスにメッセージがありません。山口智(現・京都サンガ)が最終ラインにいた頃は、最終ラインからの緩いパスには「後ろから来ているから戻せ」という相手を食い付かせるためのパスであるメッセージが、球筋の速いグランダーのパスには「フリーだからターンして前を向け」というメッセージが込められていました。