流浪の露人守護神 北極の街で大団円を迎える
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フットボ-ラ-ではないが、父親が著名人で知られるのが前述のハイキン。このロシア人キーパーの経歴が飛び抜けてユニーク。イスラエルのネタニヤ市で生まれ、二年後に家族とともにロシアに移住した。モスクワのトルペドとディナモで小学生年代を過ごし、十五歳の時にロンドンへ。ロシア人オリガルヒがオ-ナ-を務めるクラブのユース·アカデミーへ。その後ポルトガルやスペイン、ロシアのクラブを転々としイスラエルでプロデビューを果たす。家族が欧州で暮らしていた2007年、ヴネシャグロ銀行の元頭取である父がモスクワ地方の農業企業から土地を不正に奪ったと告発され、国際指名手配リストに載せられた。ロシア当局はスペインに身柄を引き渡すよう要求したのだが、地元裁判所の判決に対する控訴が成功しており、英国で政治亡命を認められていたことで、ロシアへの強制送還を免れる。一方息子は’18年にイスラエルで浪人。ノルウェーに渡るも二部リーグのトライアルで不合格。’19年春に運命のクラブ、ボデに拾われる。
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’24年8月 ハイキンはユニークで偉大な記録を更新している。CL予選のツルヴェナ·ズヴェズダ戦に出場。これはUEFAコンペティションでプレーしたロシア国籍選手では最多。ロシアの皇帝アレクサンドル·モストヴォイ:Aleksandr Vladimirovich Mostovoi【1968年8月22日生】の五十一試合を上回る。ちなみにこのモストヴォイの記録の四十三試合は現在のELの前身UEFAカップ。唯一セルタ·ヴィーゴがCLに参戦した2003-04のCLでアヤックスに勝利した試合の主将がモストヴォイだった。この試合不発のズラタンは途中でベンチに退いている。
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