アギーレJAPAN発足当初、4-1-4-1の左サイドには香川、柿谷、清武など何人かのスタメン候補がいた。ザックJAPANで左サイドハーフを務めていた香川にとっては慣れ親しんだポジションでもあるし、ファーストチョイスは香川になると考えられていた。
しかし、アギーレは香川を1列下げたインサイドハーフで出場させると明言。左サイドでは日本代表で最も熾烈なスタメン争いが巻き起こった。所属クラブで調子を崩したものの、スピード豊かなドリブルが魅力のフランクフルトFW乾、同じくドイツのハノーファーでプレーする清武、W杯終了後にスイスのバーゼルへ移籍した柿谷、さらに世代が若くなるがヘルタ・ベルリンの原口も左サイドの候補だった。
当初アギーレが清武、乾、原口を代表に招集しなかったため、私はバーゼルで左サイドハーフとしてプレーしていた柿谷がスタメンになると予想した。柿谷といえば裏への抜け出しやトラップの技術など、天才肌である事で知られる。ザックJAPANでは周りと呼吸を合わせるのに苦労した部分もあったが、チームメイトが柿谷のリズムを理解すれば必ずや代表でも好成績が残せると感じていた。
ところが、9月のベネズエラ戦で状況は一変する。それまで全くの無名だった「慶応ボーイ」ことFC東京所属FW武藤嘉紀が40m近いドリブルシュートを決め、一瞬にして左サイドのスタメンを奪取したのだ。
その後武藤はスタメンに定着し、柿谷はフィールドの外へ追い出された。
では、柿谷と武藤のどこに差があったというのか。スピード、テクニック、守備への献身性・・・。サイドハーフに求められる要素を両者は高い次元で備えている。武藤はまだまだボールを持っていない時の動きに課題を残すが、成長の余地はある。スピードも大きな差は無く、テクニックも互角だ。お互い守備面でも労を惜しまないし、2人を分ける境界線はベネズエラ戦でのゴールしか無いように思える。
しかし、武藤にあって柿谷に無いものがある。そしてこの差こそ、武藤が海外で必ず活躍できる要素でもあるのだ。
☆自力でボールを持ち、局面を打開できる能力
まず日本代表の公式プロフィールを見てほしい。武藤は身長が178cmで、体重が72Kg。柿谷は身長が177cmで体重が67Kg。参考としてDFの内田篤人を例に出すが、内田は身長が176cmで体重は62Kgだ。
3人ともイメージは華奢で、フィジカルに不安を残す選手に思える。
実際、柿谷もインタビューで「相手との衝突はなるべく避けるようにしている。同じタイミングでぶつかり合っても俺が勝てる訳ないから」とコメントしている。ドイツのシャルケで活躍する内田も、「せーの!でぶつかっても勝てない。相手が予測していないタイミングで当たって、相手のバランスを崩してからじゃないと」とコメントしている。
柿谷も内田も海外の屈強な選手とフィジカル勝負を挑むわけにはいかず、パワーのハンデを何とか跳ね返そうと工夫を施している。
その一方で、武藤のプレースタイルは2人とは異なる。武藤は相手を背負ってのプレーも得意としており、ほとんどフィジカル負けする事が無い。
ゴールを決めたベネズエラ戦、10月のブラジル戦、11月のオーストラリア戦と、パワー自慢のDFを弾き飛ばすシーンもあった。思い出してほしい。武藤と競り合った相手選手が、力で押されて倒れるシーンを。武藤は見た目こそ細いが、体幹がしっかりしていてパワーもある。意外にもフィジカル勝負を得意としている選手なのだ。
その証拠に身長がほとんど変わらない内田と武藤だが、武藤の方が体重が10Kgも重い。これは筋肉による部分が大きく、恐らく武藤は脱げばスゴイ!というタイプだ。ここに海外での成功のカギがある。海外では言葉も通じず、日本代表ほど細かく要求を出す事が出来ない。
「オレはフィジカルに自信が無いからグラウンダーのボールを出してほしい」といった細かい要求を外国語で伝えられるだろうか。通訳のいない試合中では難しい。いくら自身が得意とするプレーじゃなかったとしても、ボールを失えば周りからの信頼も失い、指揮官の評価も下がる。
海外で成功するポイントの1つは、「自力でボールをキープ出来る事」なのだ。
特に攻撃のポジションはDFから強く当たられる場面も多いため、体を張るシーンが必ずある。その点でミランに所属する本田圭佑などフィジカルに強みを持つ選手は、どのクラブにいっても安定したパフォーマンスを残しやすい。
一方で、香川のようにフィジカルに難のある選手はチームのスタイルに左右されやすい。スピーディーにパスを繋ぐドルトムントのスタイルにはマッチしたが、フィジカル重視のユナイテッドではシーズン0ゴールという不名誉な記録も作ってしまった。柿谷もバーゼルで苦労しているように、自力で局面を打開出来る力を持つ選手が海外では成功しやすい。