ぷら~り 欧州蹴球場百景【98】エスタディオ·ムニシパル / カルタショ

アウェーでもポルトを挟んで南北に位置する同県のサンタ・マリア・ダ・フェイラからは、以前とは見違えるほど、多くのサポーターがスタンドを埋めている。


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コールリーダーが着ている77番のレプリカ。2016年末までブルガリア一部のPFCチェルノ・モレ・ヴァルナでプレーしていたウーゴ·セコの番号。残念ながら配られた紙面=スタメンに名前が見当たらない。それでも試合前横顔をアップで押さえておいた。すると0-1のビハインドで後半20分一枚目のカードが着られウーゴがピッチに。


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スコアは動かぬまま終了のホイッスル、ポゼッションとシュート数でも上回ったフィエレンセだったが序盤の失点による痛恨の敗戦。
ところが最終戦エストリルとの直接対決をドローで乗り切る。結果最終順位は、17位パソス·デ·フィレイラと18位エストリルが同勝ち点。僅か1ポイント差でフィエレンセの残留が決まる劇的な幕切れ。

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振り返れば残り3試合となった32節のヴィットーリア·デ·セトゥーバル戦。アウェー戦を制しての降格圏脱出外が大きかった。試合はジョアン·シルヴァ(元U21ポルトガル代表/上写真)が2得点。この大型ストライカーも2012-13シーズンはブルガリアの名門レフスキ·ソフィアに所属していた。

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先制点は後半17分のセンターサークル付近、ウーゴ·セコの右足から放物線を描いたボールを決めたのはシルヴァ。

最後の大仕事を終えたウーゴ·セコは、カザフスタンのクラブへと旅立った。


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2019年2月26日
ブダペスト出た列車がキシュバールダの街に着く頃には、既に陽が暮れていた。此処まで来るとおよそ30キロ、ウクライナとの国境は目と鼻の先。この写真は翌朝撮影した駅舎の風景。駅前にロータリーもバス停もないが、今では驚きもしない。ここは日本でもなければ東京でもないしカルタショに比べれば全然マシ。


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同じ列車に乗り合わせた老婦人を迎えに来た車、ご主人らしきドライバーにお願いしたところ後部ハッチバックを開けて荷物を一緒に積み込んでくれた。

少し離れたところにバスターミナルがあったのでさほど田舎でもないか。宿の前で降ろしてもらい「クゥスヌム」を連発し深く頭を下げた。
親切な夫妻のおかげでキックオフに間に合う。国内随一の強豪フェレンツヴァーロシュTCを迎えてのカップ戦。