オープニングの鮮やかなカナリア色のユニフォーム。カラー映像は三度目の優勝となる1970年メキシコ大会。生涯に記録したゴール数は1283。王様ペレがFIFAワールドカップで達成した前人未到の偉業。
17歳でデビューしたスウェーデン大会の決勝フランス戦。フィナーレを飾ったのはクロスに頭であわせたループシュート。テクニックは言うまでもなく最大のストロングポイントは大舞台のエリア内でも常に冷静沈着な頭の中と強い心臓だった。ペレをはじめ黒人選手の台頭がブラジルを最高峰へと導いた時代。
モノクロでもわかる上下純白のユニフォーム姿は半世紀前の全国選手権とサンパウロ州選手権。1969年6月8日州選手権、コリンチャン戦の先制ゴールシーンのみ珍しく縦縞の映像【4分50秒~】。
そのサントスではクラブ世界一を二度経験している。
ポルトガルで開催された1962年のインターコンチネンタルカップ第二戦は、貴重なハイライトシーン。【2分7秒~】約30秒の映像。当時のレアル・マドリードは欧州南米の白人のみ、文字通りの《白い巨人》。
一方ベンフィカ・リスボンは、ポルトガル領モザンビークが輩出したエウゼビオをエースに、複数の黒人選手の力でレアルをファイナルで下し欧州連覇を成し遂げた。
リオのマラカナでの初戦をペレの2ゴールで勝利したサントスはかつての宗主国へ。ルスには7万3千人の大観衆が詰めかけた。態勢を崩しながら抜群のボディバランスでシュートを決めるペレがこの日3ゴールを決めたのに対し、勝敗が決した終了5分前に一矢を報いたエウゼビオ。
レアル等欧州ビッグクラブからのオファーを断り生涯サントスに拘ったペレが唯一ニューヨークに伝道師として赴いた映像で締め括られている。
審判に抗議したペレへの退場処分に大観衆が怒り、主催者は審判を交代してペレをピッチに戻した。サッカーファンに愛された“王様“は今年76歳の誕生日を迎える。