ぷら~り 欧州蹴球場百景【96】スタジウム・シルヴゥ・プロイシュタニ / ブラショフ

外側は1980年の改修工事、一方南側スタンドも1956年に改修されている。2001年にも手が加えられ、2008年に老朽化した東側のスタンドを撤去されていた。

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2002年、シルヴィウ・プロエシュテアヌの命日(4月13日)から偉人の功績をたたえ現在のネーミングが用いられている。1948年から20年間に渡りSRブラショフを指揮しその間に代表監督も兼務した。

2009年8月8日、日本人フットボーラーがシルヴィウ・プロエシュテアヌのピッチに立つ。2部から昇格したアストラの瀬戸貴幸。外国人は瀬戸ともう一人チェコ人のラデク、一方ブラショフもブラジル人がひとりだけ。自国選手の比率が高いとはいえ、後に瀬戸が同リーグの外国人最多出場記録を塗り替えようとは、この時点では思いもよらぬ。

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それから二年、2011年12月3日のシルヴィウ・プロエシュテアヌでのアストラ·ジュルジュ戦。瀬戸のルーマニアでの活躍は日本国内でも知られコパアメリカ招集も現実味を帯びる。結局、欧州クラブからの派遣拒否でJFAが辞退するおそ松さん。

また中村祐輝氏(2017年引退)が2部のCFRクライオバで欧州デビュー。翌シーズンはスロバキアを経てFKヴィクトリア・ジシコフ第61景でプレーしている。

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この試合はアストラが13分に退場者を出してしまい、2-0でホームチームが快勝しているのだが、印象に残っているのは、ブラショフのスタメン。

GKのフェルゲイラスの前には、リカルド·マチャド。中盤の底にブルーノ・マデイラ、右サイドハーフにヌーノ·ヴィヴェイラス。先制ゴールを決めたストライカーのペドロ·モウティーニョとポルトガル人が5人に増殖。同数のルーマニア人と残り一人がブエノスアイレス出身のダビド·ディスティファノ。

東欧にありながらロマンス語派に属する国らしいが、実際に行ってみるとブラショフはゲルマンの香りが至るところに漂う。12~13世紀に移住してきたドイツ人が礎を築いた都市。

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1970年のFIFAワールドカップ·メキシコ大会に三人を送り出した名門クラブも2015年の春には財政難で倒産。全選手が退団する。
2017年ACS SR(Asociația Sportivă Steagul Roșu) の設立が発表され、四部からの出直しとなった17-18シーズンは優勝し今季は三部に昇格。4月20日の24節時点で5位。この試合のダイジェスト映像を見る限りピッチ上の11人は、すべてルーマニア国籍。