長靴の国で観た異邦人たち 三の巻【ウディネの左翼】

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1993年10月28日。中東の小国カタールの首都ドーハの名は日本国民の胸に深く切なく刻まれた。
恨むわけではないが、ロスタイムに同点ゴールを決めたイラク代表の悲壮感漂う必死のプレーが今でも脳裏に焼きついている。

ドーハ・空港での乗換え、初の海外渡航となる隆太はカタール航空機の機体を画像に収めていた。フィウミチーノ空港からバスでローマ市内へ。終点のテルミニ駅が近いことを、フロントガラス越しのコロッセオが知らせる。

因縁のイラク代表と再び最終予選で相まみえる我らが日本代表。そのロシアへの行く手に立塞がるイラクの強者がローマのスタディオ・オリンピコで待ち受けていた。

国外からの青田買いで知られるウディネーゼが、2013-14シーズンのトルコシュペルリガ、リゼスポルから獲得した逸材。背番号53番アリ・アドナン・カディーム。AFC最優秀若手選手は三年の歳月を経て欧州での存在感を高めた。

ウディネーゼは3バック。2010-11シーズン、ナポリ、ジェノアと共にセリエAで復興させたのがグイドリン監督率いるウディネーゼだった。以来一貫して3バックを採用しているが、3センターハーフの両脇にウィングバックと5人を並べる中盤が特徴。両翼が引けば5バック、片側だけなら4バックと相手の出方次第で柔軟な対応が可能。身長188㎝のイラク人は自陣から敵陣まで左サイドを一人で懸命にカバーしている。ローマ3トップ右翼がリーグ屈指のスピードを誇るエジプト人となれば4バック状態。速さとテクニックの片鱗は感じるものの、攻撃面で強烈な左足が輝くシーンは見られなかった。最終ラインを低めに設定、中盤に人数をかける布陣でのカウンター狙いが奏功し前半はスコアレス。しかし後半先制点を許すとこの戦術の効力は途切れる。アドナンはフル出場も、終了間際に失点を重ね、苦汁を味わうエンディング。

その他欧州でプレーするイラク国籍の俊英達にも目を向けるとする。
チューリッヒグラスホッパーズ(スイス)のシェルコ・ガバリは8月25日のUEFAヨーロッパリーグ・プレーオフにスタメン出場(68分交代)。相手はトルコの強豪フェネルバフチェ。ロビン・ファン・ペルシーもほぼ同時にベンチへと下がっている。
シュペルリガは9月11日時点で第三節が終了。アドナンに続きリゼスポルが発掘したドゥルガーム・イスマーイールは左サイドで三試合にフル出場。同クラブのアリ・ファイズは開幕戦のみ同胞と最終ラインを形成。9月9日オランダ二部、FCアイントホーフェン戦にMVVマーストリヒトのハウビル・ムスタファが66分から途中出場。

個人的に注目していたのが8月4日UEFAヨーロッパリーグ三次予選。ホーム、ストックホルム・フレンズアリーナでのパナシナイコス戦を迎えたAIKソルナ。前半はスコアレス、後半開始早々の失点点を取り返すべく61分右翼アーメド・ヤシンを投入も追加点を奪われ敗退。ちなみにAIKソルナのステファン・イシザキ《元U21スウェーデン代表/父親が日本人》はスタメンで健在ぶりを披露。勝者パナシナイコスはプレーオフを経てグループステージ初戦(9月16日)でアヤックスと対戦。(写真はミラノで撮影)

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アジア最終予選9月1日NIBスタジアム。ホームの豪州代表は4-4-2の陣形。2トップはレッキーとFCルツェルン(スイス)所属のトミ・ユリッチを並べてきた。
アウェーのイラク代表は4-5-1。注目のアリ・アドナンは左外のハーフと高い位置で起用されたが0-2の黒星スタート。

5日後のサウジアラビア戦はシャーラム・スタジアムの観客数は1400人。イラクの首都バクダットは現在も米軍主導有志連合やイラク治安部隊がISとの交戦を続けておりサッカーどころではない。

この日も平均年齢22歳の最終ラインは前半こそ持ち堪えたものの終盤に崩され経験不足を露呈。アリ・アドナンは一点ビハインドの状況で投入されたが与えられた時間は僅か5分。