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欧州蹴球文化探訪 第十二の巻 トスカーナとアドリア海の輝き、ベニスは死なぬ

 2002年の日韓ワールドカップ時、中田英寿氏の所属したパルマ。この年破綻したのはフィオレンティーナ。2年後彼が紫のユニフォームに袖を通すと誰が予測しただろう。ヴェネツィアではオーナーがパレルモに鞍替え。

 2年後に倒産することは、ラティアスとラティオスが予測していたとピカチューは語る。

パルマ破綻に驚く日本人と驚かないイタリア人

 緊迫した状況が続くギリシャ財政の破綻問題。フットボール界ではセリエAの名門パルマが破綻。国内に目を向けると航空会社も破綻の危機。今年の流行語大賞に破綻がノミネートされないことを願う。

 第二の巻 国威を発揚する貴婦人 でイタリアのフットボールシーンを擁護し奨励する記事を書いた。筆を取らずにいられない程、昨シーズンは激震に混迷していた。パルマによる前代未聞の不祥事はリーグ全体に波及した。
日本でも知名度の高い名門が財政難で試合を開催する資金さえないほど金庫が空っぽの状況に協会は、他のクラブへの支援を要請し猛反発を食らった。

 2003年親会社である巨大食品企業パルマラットの不正経理疑惑事件に始まり、所得税の納付遅延でUEFAライセンスの剥奪。そして1億9700万ユーロ(200億円)の負債。当然売却先は現れず旧クラブは消滅。新生パルマはセリエD(4部リーグに相当)から新たな道を歩む。未だ解明されない負債の謎は気になるが、正直「破綻後セリエDから出直し」のニュースもイタリアでは今更珍しくも何ともない。

 2002年映画配給会社チェッキゴーリが破綻した。

 イタリアの映画製作は日本のように企業やTV局の共同出資で製作費を捻出するシステムとは異なり制作会社単独なので当たれば巨額の富。但しリスクも大。同社は『ライフイズビューティフル』(1997年制作、日本公開1999年)など数々の名作を輩出している。監督ロベルト・ベニーニ、プロデューサーは社主のヴィットーリオ・チェッキゴーリの名がクレジットされている。
 しかし放漫経営に加え多額の離婚慰謝料債務をチェッキゴーリ自身が負う夫婦間のビューティフルではない結末で、旧フィオレンティーナは消滅。フィレンツェの財界と市民の設立した新会社が現在のフィオレンティーナである。

ヴェネツイアは再興するのか

 かつてアドリア海からエーゲ海、地中海まで君臨したヴェネツィア共和国。水の都のクラブチームで現在パレルモの名物オーナーとして知られるマウリツィオ・ザンパリーニは一時代を築いた。イタリア最大規模のスーパーマーケット・チェーン「エンメゼータ」の経営者は、2005年フランスの家具・家電流通チェーン「コンフォラマ」に売却して富を増やした。

 その三年前には、ACヴェネツィアを売却しており当時セリエBのパレルモの経営権を手に入れた。ヴェネツィアに近代的スタジアムを建設し、チームの財政と自社の利益増を計るザンパリーニ。
 しかし観光収入を優先する市当局は美観を損なうと猛反対。地元財界の賛同も得られず孤立したザンパリーニは、ヴェネツィアに見切りをつけた。

 「この街はもう金にならない。」

 2002年フィリッポ・マニエーロなど主力選手と監督まで引き抜いてシチリア島へ。ザンパリーニの後ろ盾を失ったヴェネツィアは、2004年破産して4部当時の名称セリエC2に降格する。それでもソサイティ・スポルティーバ・カルチョ(SSC)ヴェネツィアは、翌年優勝昇格するのだが、サイコロの出目が悪くて振出しに戻るスゴロクのごとく2008年またも破綻でセリエD降格。

 それでもF.B.C. ウニオーネ・ヴェネツィアとしてまたも再生。2011年2月ロシア人実業家ユーリ・コラブリンを新オーナーに迎え2012年3部相当に昇格。コッパイタリアの予選に参加している。昨年コラブリンは新スタジアム建設のため600万ユーロを投資。用地取得の契約を締結したと報じられた。このロシア人実業家もどこまで信頼してよいものか。


[ヴェネツィアの子供達]

海の民のたくましさ

 ギリシャの財政破綻問題は、情勢が緊迫して目が離せない。EU離脱の可能性も高まる。かつてギリシャのクレタやネグロポンテは、ヴェネツィア領アルキペラゴ公国と称され、領土は一時最東キプロス島まで及んだ。それは1世紀にも満たない期間ではあったが。キプロスは現在ユーロ圏で最東に位置する。首都はニコシア。

 APOELニコシアは2011-12シーズンのチャンピオンズリーグベスト8の快進撃でフットボール界を驚かせたが二年後、キプロスは財政破綻。ユーロ圏とIMFから100億ユーロ(1兆2500億円)の金融支援を受けるため特別課税(貯蓄税)を付加、一時は預金封鎖が実施されフットボールに興味のない方も驚いた。銀行再編に伴い顧客もかなりの額の損失負担を被っていると聞く。

By | 2015-11-09T12:31:11+00:00 7月 18th, 2015|Categories: コラム, その他コラム|Tags: |1 Comment

About the Author:

Yoshitaka Yokozawa

1964年生 / 東京都在住
NPO・NGOの経験を活かしてサッカルチャー・チャアマンをしてます。
本業は国際交流コンサルタント。文化催事の企画運営や講演など欧州と国内をころげまわってます。
サッカルチャーコラム連載では欧州蹴球文化探訪(全41回)
同ベルギーの光と闇(全27回)※最終話そのうちUPします。
長靴の国で観た異邦人たち(全21話)
サッカルチャー・ホームタウン秘書室(2017年~
同 日本人が知らないアーセナル 全8回含)他。
サッカルチャーやっててよかったのはバルセロナで故ヨハン・クライフに逢えたこと。世界各国の”秘書たち”とビールを飲むのもささやかな楽しみ。

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