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欧州蹴球文化探訪 ベルギーの光と闇 第五話 W.ベーフェレンの生きる道(前編)

エスコー川を越えて

 アントワープ南駅から列車はエスコー川を越えズウェインドレストに停車。次のメルセレ駅を過ぎれば下車の準備に。チケット代は往復で4,2ユーロ。赤レンガの駅舎は街の南側にあるため北に向かって歩けばスタディオンにはどうにか着く。

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【入場チケットは15ユーロ、右上隅を無造作に素手で千切られており、”欧州”を感じる】

 述べるまでもなくKVRS ワーズランド・SKベーフェレンは日本のサッカーファンに馴染みの薄い弱小クラブ。一部昇格は2012年。その前身は1936年設立のKFCレッドスターハースドンク。2002年のスタジアム移転に伴いKVレッドスターワースランドと改名、そして古豪KSKベーフェレンと合併したのが2010年。黄色と青のユニフォームが波乱の歴史を象徴している。

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【ベーフェレン駅舎】

 2002年と2010年、ワールドカップイヤーにクラブ名は変わっているが、ベーフェレン出身のプレーヤーと日本代表の縁が全くないわけでもない。日韓大会初戦。トルシェジャパンはベルギーとの引き分けで歴史的勝ち点1を獲得。小野伸二のロングボールに反応した鈴木隆之がベルギーのGKより一瞬早くつま先で押し込んだ”伝説”の同点ゴール。表紙の色褪せた公式プログラムには、ベルギー代表の正ゴールキーパー、ヘールトデ・フリーデル《1971年生まれ》の名前が。当時はヴィレムⅡ所属。
このフリーデルは95年にアンデルレヒトへ移籍する前、1985年から93年のU21まではKSKベーフェレン所属のプレーヤーとして各年代の代表に招集されてきた。

 2014年ブラジル大会の初戦。コートジボワールのゴールマウスに立ちはだかったのがロケレンのバリーと前話に記したが、フランスのレンヌから2003年にベーフェレンに移籍し代表にも定着した。その後2004年にベーフェレンからロケレンへ。
 
 ザックジャパンに悪夢の逆転ゴールを食らわしたASローマのジェルビーニョは、2004年ベーフェレンユースの一員として欧州デビューを飾り、2シーズンをベルギーで過ごして西側の国境を越えた。

Anderlecht

期待外れのブリュッセルで知った弱小クラブ

 2013年12月7日

About the Author:

Yoshitaka Yokozawa
1964年生 / 東京都在住 NPO・NGOの経験を活かしてサッカルチャー・チャアマンをしてます。 本業は国際交流コンサルタント。文化催事の企画運営や講演など欧州と国内をころげまわってます。 サッカルチャーコラム連載では欧州蹴球文化探訪(全41回) 同ベルギーの光と闇(全27回)※最終話そのうちUPします。 長靴の国で観た異邦人たち(全21話) サッカルチャー・ホームタウン秘書室(2017年~ 同 日本人が知らないアーセナル 全8回含)他。 サッカルチャーやっててよかったのはバルセロナで故ヨハン・クライフに逢えたこと。世界各国の”秘書たち”とビールを飲むのもささやかな楽しみ。

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