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欧州蹴球文化探訪 ベルギーの光と闇 第三話 赤煉瓦の学び舎はリエージュに

序文 チューリッヒにて

 7年ぶりにスイス・チューリッヒを訪れる。2008年ユーロ開催時使用されたレッツィグルンド・シュタディオンの錆加工を施したデザインと旅の御供、麦種からは欧州ならではの香りが漂う。スイスを代表するブランドはフェルトシュレースヒェン。

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 2002年日本と初戦で火花を散らした日韓ワールドカップ以降表舞台から消えたベルギー代表は04年ユーロ06年ドイツW杯に続き、三大会連続でのメジャー大会予選敗退。赤い悪魔にとって白いアルプスは近くに見えてあまりにも遠い。

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 ベルギーサッカー協会が重い腰を上げる。ユーロ閉幕後08-09年から国内リーグの構造改革に着手した。ベルギー一部リーグがジュピラープロリーグと命名されているのはオランダ二部がジュピラーリーグを名乗る5年前。それまでアマチュアクラブも混在を刷新。プロフェッショナルオンリーを強調する。そして各クラブに育成部門の強化を促す。

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 ベルギーフットボールクラブの育成について語るならば、このチューリッヒで生涯の幕を閉じた偉大な実業家の名前をまずは上げるべきだろう。
曾祖父が1851年に創業した穀物メジャー、現ルイ・ドレイフェスホールフェィングの代表にして、アディダスグループを買収したロベール・ルイ・ドレイフェスは、パリに生まれ後にスイス国籍を取得した。彼の寵愛を受けたクラブこそ現在未亡人がオーナーを務めるオリンピック・マルセイユ。そして株を取得していたスタンダールリエージュである。2007年に創立されたのは彼の名を冠するアカデミー。スタンダールのチームカラーである赤く塗装を施された校舎壁面は天然の緑とのコントラストが栄える。

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 アカデミー創設前からスタンダールは育成に長けたクラブと言われるが、純粋培養でトップデビューした生え抜きは意外に少ない。

 1987年生まれのケビン・ミララスが12歳で下部組織に加わった。但し彼は16歳までフランスのリールユースに在籍しており、そこでエデン・アザールと出逢っている。ミララスの2歳年下にはアクセル・ヴィツェルとナスール・シャドリの1989年生まれコンビ。シャドリは2005年までスタンダールで学び16歳からオランダのマーストリヒトへ。後にオランダ二部ではドリース・メルテンスと共にファン・デン・ブロムの指導を受ける。

About the Author:

Yoshitaka Yokozawa
1964年生 / 東京都在住 NPO・NGOの経験を活かしてサッカルチャー・チャアマンをしてます。 本業は国際交流コンサルタント。文化催事の企画運営や講演など欧州と国内をころげまわってます。 サッカルチャーコラム連載では欧州蹴球文化探訪(全41回) 同ベルギーの光と闇(全27回)※最終話そのうちUPします。 長靴の国で観た異邦人たち(全21話) サッカルチャー・ホームタウン秘書室(2017年~ 同 日本人が知らないアーセナル 全8回含)他。 サッカルチャーやっててよかったのはバルセロナで故ヨハン・クライフに逢えたこと。世界各国の”秘書たち”とビールを飲むのもささやかな楽しみ。

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