悪の巣窟とされるブリュッセル西側近郊の街

 間もなくベルギーと日本両国は1866年に外交関係を樹立してから150年の節目を迎える。友好年を記念する関連事業の打ち合わせでパリからブリュッセルへと移動したのが二か月前。訪欧直後に同時多発テロが勃発。連日の報道でテロリストの多くがモレンベーク地区の出身であることを知る。10万人に満たない住民の半数はイスラム教徒が占める。今年の大きな話題として同時多発テロとも深くかかわるドイツの移民政策。ドイツはトルコから、オランダにはモロッコ、そしてベルギーといえばトルコ、モロッコ両国からの多くを受け入れ二重国籍を認めている。このモレンベークで暮らすムスリムは、ほぼモロッコ系とみて間違いない。

 ベルギーをビジネスや観光目的で訪問する際、中央駅、もしくは北駅で降りる事はあっても工業地帯に面した西駅で降車する機会は少ないはず。西部地域へ向かうモノ好きは、フットボール狂ぐらいだろうか。1982年に開通した地下鉄5号線。

 西駅からRSCAアンデルレヒトのホーム《コンスタン・ヴァンデン・ストックスタディオン》最寄りのサン・ギドンまでは三つ目で降車。健脚に自信があれば徒歩も可。西駅から反対側に三つ目のコント・ド・フランドル。パリでのレストラン襲撃犯人とされるアブデスラム兄弟の住居があり、地下鉄利用時車両内でもスカーフ姿の女性を多く見かけた。

 実際に歩いても治安が悪いとは思えない。多くのモロッコ系ベルギー人は欧州社会へ順応しており、ごく少数の犯罪者によりイスラム=悪と一括りにされ、偏見で差別されるのだとすれば理不尽な話だが現実にはその繰り返し。

 この欧州蹴球文化探訪の新シリーズは暫くベルギーを「テーマ国」に据えることにして全二十話ぐらいで総括に辿り着ければと考え発車する。

 今回惨劇の報を受け11年前オランダでの“あの事件”が真っ先に思い起こされた。
2004年11月2日、オランダでイスラム系社会を批判する映画内容に激怒したモロッコ人男性が映画監督を殺害した。自分の仕事柄、被害者が画家ゴッホの血縁者であたため記憶に深く刻まれている。60~70年代移民を受け入れることで労働力を補う名前だけの多文化主義政策失敗から現在は単一主義へと転換されたベネ両国。その移民二世達のフットボールシーンでの活躍こそ異文化相互理解の象徴と誇るべき。自国開催の2005年ワールドユースで日本のプライドを粉々にしてくれたイブラヒム・アフェライは、モロッコ系プレーヤーを気にする契機となった。

93年組のモロッコ系フットボーラー

 それから四年を月日を経て宇佐美、宮市、高木と後の海外組がアフリカ・ナイジェリアで苦闘した2009年のU17ワールドカップ、強豪オランダも日本同様グループステージでまさかの敗退。イランに引導を渡されたのだから現在A代表がアジアNo1を名乗る土台は既に築かれていた。この1992年生まれの顔ぶれを視てもオランダのタレントが劣っていたわけではない。
イラン戦のスタメンを見るとアヤックスからはコッペルズ、レギオン、モロッコ系のワシム・ボウイ。当時既にアーセナル所属の現トルコA代表オーウザン・オジャクプに、現在スポルティング・リスボン所属のザカリア・ラビアド。彼はA代表にモロッコを選択している。ベンチにはブラジルW杯に出場したヨエル・フェルトマン(アヤックス)も控えていた。


【AEGON フュ―チャーカップ版AJAX KICK OFF=アヤックスの公式マッチデープログラム。RSCアンデルレヒト紹介頁】