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佐藤由紀彦に伝えてほしいこと

昨年、V・ファーレン長崎の最後に現役を引退した佐藤由紀彦が、FC東京に普及部のコーチに就任することが決まり、引退早々古巣で指導者としての歩みの第一歩を始めることになった。

7チームを渡り歩いた苦労人、長崎では一旦Jから離れたが、その長崎とともに見事にJに復活した。
甘いマスクと鋭いクロス。そのスタイルから「東京のベッカム」とも言われた。

基本的には右ウイングかあるいは右ハーフ、華麗にサイドを駆け上がりクロスを出すのが持ち味。
しかし由紀彦のこのプレースタイルはある意味、オーソドックスといえるため、プレーそのものに魅せるものにかけている印象はどうしても受けていまう。

東京時代、怪我をしてそのポジションを石川直宏にチェンジすると、たちまちレギュラー定着。由紀彦の出場機会はみるみる減っていった。

プレースタイルはほぼ一緒、ただ石川は「スピードスター」と言われるように、由紀彦よりも早さがあった。あまりにも速いため、審判が置き去りにされてしまうというエピソードも残っている。

怪我も多かった由紀彦は2003年、横浜F・マリノスへ石川と入れ替わる形で東京を後にした。
チームとしては横浜で完全優勝を経験した。
しかし由紀彦はレギュラーをとれることもなく清水へ、その後、山形、柏、長崎を渡り歩いた。

ただ横浜時代、大きな出会いがあった。松田直樹である。
由紀彦と直樹、不思議な取り合わせだが何故かウマがあった。
由紀彦が横浜を離れても交流は途絶えることはなかった。
固い友情が更に固くなっていった。

By | 2017-04-21T21:52:09+00:00 2月 4th, 2015|Categories: J1リーグコラム, コラム|Tags: |0 Comments

About the Author:

しゅうたろう
住所:東京都  年齢:40代  趣味:サッカー以外としては、文芸評論と写真撮影が趣味。世界のビールを飲むのが楽しみ。 サッカー歴:サッカーをより濃く関わるようになったのは、ドリームキャストという当時SEGAが発売していたゲーム機でサカつくを購入したこと。このゲームはウイイレと違って、選手を操作するのではなく、監督として戦術と戦略を練るとともに、オーナーとして経営をこなさなければならない。このゲームを攻略するべく一念発起してサッカーを勉強することを決意、そのためスカパーに契約して中田がセリエAを参加するようになったころからテレビ観戦を続ける。結局それが今に至る。 国内チームは地元のFC東京を応援、SOCIOとして味スタのゴール裏でビールを飲む。ただしホームよりアウエイでスタジアムグルメを頬張るのが何よりも楽しみ。

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