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欧州蹴球文化探訪 第二十三の巻 ライン川のハリウッドスキャンダル

 中学生の頃、郷ひろみのハリウッドスキャンダルがヒットした。今回はこの名曲にオマージュを捧げ「哀愁のカトヴィツェ」で占めるメドレー・・・カトヴィツェはポーランドの街だがカサブランカが欧州ではないため代役を立てた。

悲劇と喜劇が交差するアーネム

 7月30日UEFAヨーロッパリーグ予選3回戦

 AZアルクマールはイスタンブール・バシャクヒルに2-0の快勝

 この日はCFにヤンセン、右ウィングにトム・ヘイの若手を起用して、ヨハンソンは後半頭から出場。ヤンセンが期待に応え14分相手キーパーのファウルを誘い、ババカンは一発レッドの退場。PKをファン・デール・リンデンが決めて先制。

 その後も数的有利を活かしてAZが試合の主導権を握り放ったシュート総数は22本。63分に追加点を決めたのもヤンセン。

 2ndレグは余裕を持ってイスタンブールに乗り込む。

 一方フィテッセ・アーネムは、サウサンプトンのホームでの1stレグ。

 1892年の創立であれば、オランダで2番目の歴史と伝統を持つ・・・はずのフィテッセ・アーネムは安田理大、マイク・ハーフナーの在籍期間、日本のメディアもそれなりに取り上げてはくれた。

 地元紙の間で“ライン川のFCハリウッド”なる別称がすっかり定着しているこのユニークなクラブの歴史を掘り起こしてみる。

 1989年に1部リーグに昇格。ユーロ2000(ベルギーとの共催)で使用される新スタジアムも完成。90年代順調だったクラブ運営は21世紀に入ると、スタジアム建設費に財政が圧迫され成績も下降線をたどるばかり。

 そこへグルジアから救世主が現れた。投資家らしき富豪、メラブ・ジョルダニアがフィテッセを買収したのは2010年。

 オランダ国内は誰?と騒然。しかし母国での知名度は相当なもの。

 1965年グルジアの首都トビリシに生まれた182cmの長身ミッドフィルダーは、ディナモ・トビリシの下部組織を経て1982年にトップデビューを果たす。

 ディナモは前年、ウエストハム・ユナイテッドやフェイエノールトの西欧列強を下しカップウィナーズカップを戴冠しており、旧ソ連を代表する強豪クラブチームとして名を馳せた。

 1990年連邦の崩壊によりグルジアの協会が発足。92年にFIFA及びUEFAに加盟する。

 ジョルダニアは現役を退き当時ディナモのオーナーに就任していた。

 ディナモは今季UEFAヨーロッパリーグ予選1回戦でガバラ(アゼルバイジャン)に敗退したが現在も国内ではトップの位置をキープしているようだ。

 ジョルダニアはグルジアのトッププレーヤー、(第十三の巻に登場した)ジョタ・アルベラーゼとアヤックス、双子の弟とNACブレダとの契約締結における代理人を務めオランダに足跡を刻んでいる。

 一方代表チームは1996年イングランドでの欧州選手権、ワールドカップ98年フランス大会予選に惨敗。

 そこで母国のためにとジョルダニアは協会の会長に就任。しかし上昇の気配を見せない代表チームに業を煮やし、2002年旧役員スタッフを全員解任する荒療治。自身が会長職と代表チームの監督を兼任するワンマンぶりを発揮した。

 結果多くの敵に囲まれ脱税の容疑で逮捕。2005年にも詐欺横領の容疑で再逮捕され協会に身の置き場を
失った。

About the Author:

Yoshitaka Yokozawa
1964年生 / 東京都在住 NPO・NGOの経験を活かしてサッカルチャー・チャアマンをしてます。 本業は国際交流コンサルタント。文化催事の企画運営や講演など欧州と国内をころげまわってます。 サッカルチャーコラム連載では欧州蹴球文化探訪(全41回) 同ベルギーの光と闇(全27回)※最終話そのうちUPします。 長靴の国で観た異邦人たち(全21話) サッカルチャー・ホームタウン秘書室(2017年~ 同 日本人が知らないアーセナル 全8回含)他。 サッカルチャーやっててよかったのはバルセロナで故ヨハン・クライフに逢えたこと。世界各国の”秘書たち”とビールを飲むのもささやかな楽しみ。

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