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ぷら~り 欧州蹴球場百景【17】メスツスキ・フォトバルコヴィ・スタディオン・スルブスカ / ブルノ

今回からカバー写真のモデルが大山成美さんに。そして四月の帰国まで週2本のペースで掲載する過酷なスケジュールが始まった。編集部から強制されたわけではないのだが、Jリーグ創生期の水曜・土曜・週2回開催が基本+Vゴール採用を思い出す。「この日程が熟せないようでは世界とは闘かえない」と川淵三郎チェアマン(当時)の叱咤が耳元から離れない今日この頃。

第十三景で取り上げたコメルツバンク・アレーナ。第23節の勝利で三位まで浮上。好調フランクフルトを牽引する主将の長谷部誠。およそ一年前、奥寺康彦氏のブンデスリーガ日本人選手最多出場記録を更新し今も「鉄人ぶり」を発揮する。既に34歳を超えた彼が半年後に控えたFIFAワールドカップ・ロシア大会に臨む日本代表において不可欠、 唯一無二の存在であることに異論を挟む余地はない。

長谷部のブンデスリーガで歩んだ道程はけして順風満帆ばかりではない。2010-2011シーズンのヴォルフスブルグは大不振。鬼軍曹マガトを復帰させるもシステムが定まらす、頻繁に選手を入れ替え混迷のままシーズン終了を迎えた。特にセントラルミッドフィルダーによる定位置争いは、熾烈を極めながら効果を発揮することなく、長谷部も苦悩していたのが11-12シーズンだったと記憶している。


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第十七景はチェコのブルノ。チェコと云えばビール。17年間大手ビールメーカー、ガンブリヌスが国内リーグ一部の冠スポンサーを担う。試合前プレスルームでサンドイッチと一緒に手渡されたビールの缶は同国では御馴染みの王様の絵柄。現在の冠HETは塗料メーカー。


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チェコ共和国の都市&スタジアムを取り上げるのも今回が初めて。まずは彼女の右手にあるのは地元FCズブロヨフカ・ブルノが、1FCスロヴァーツコと対戦した2017年10月14日のマッチデープログラム。メスツスキ・フォトバルコヴィ・スタディオン・スルブスカに訪れた観客は3800人。試合はホームチームが、前半ロスタイムに先制、後半ロスタイムにダメ押し。
その後1点を返されたがブルノは勝利を手にしており、開幕当初の不振から徐々に調子を上げていた。


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この日はカードを貰ってしまい、残り7分でベンチに退いたのが大ベテラン、ヤン・ポラーク。間もなく彼は37歳の誕生日を迎える。前述の11-12シーズンのヴォルフスブルグでは暫定監督ケストナーがボランチに固定したのがポラーク、長谷部は一列前の右サイドとボランチで併用される扱いだった。
そのポラークはこの街の出身。プロデビューしたクラブに戻り、ドイツでの188試合を含む栄光のキャリアに間もなく終止符がうたれようとしている。


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一方成美さん左手のプログラムは、2017年12月02日16節同スタジアムでのズリーン戦。この試合を終えると長いウィンターブレークに。
都内は年が明け二度の積雪に悩まされたが、11月末には同程度まで気温が下がるチェコ。ピッチサイドの凍った雪を避けて歩を進めた。


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12位まで順位を上げたブルノに対しズリーンは9位。しかしこのクラブ昨季のカップ戦覇者で今季はUEFAヨーロッパリーグに同国を代表してエントリー。10月にはデンマークの強豪FCコペンハーゲンとホームで引き分けている。格上で荷が重いかなと思いきや、ブルノが前半に先制。69分退場者を出して万事休すと思われたズリーンが83分の同点ゴールでドローに持ち込んだからフットボールは判らない。

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残念ながらポラークはベンチにも入っていなかったが、この日筆者のお目当ては、ズリーンでキャプテンマークを巻いた8番ペトル・イラーチェク。彼は2011年冬にヴォルフスブルグに加入。2012年1月28日、首位バイエルン・ミュンヘンの本拠地に乗り込んだヴォルフスブルグ。マガトは右サイドハーフに長谷部、その後ろにイラーチェクを配した。この試合ボランチのクリスが前半で負傷退場。急遽長谷部とイラーチェクのコンビに変更している。翌月10日の21節フライブルグ戦では先制点と決勝点を決めて得点力もアピールしたイラーチェク。
翌週は22節シャルケとのアウェー戦。スタメンン復帰の長谷部だが与えられたのは4-2-3-1の右サイド。イラーチェクはボランチ、内田篤人がフル出場したシャルケに4-0と大敗を喫した。
2012-13シーズン有り余る中盤選手は整理されイルーチェクはハンブルガーSVへ。ケストナー暫定監督は、長谷部とポラークのダブルボランチを試したが、年明け就任したヘッキングから任されたポジションは右サイドバック。しかしこの急造SBで結果を残す。日本のメディアにも取り上げられた2013年5月5日こどもの日。ハンブルガーSVとのアウェーゲーム。ヴォルフスブルグは中盤の底にポラークとセルビア人のメドジェヴィッチ。ペルシッチのクロスに長谷部がダイビング。劇的なゴールが生まれる。この日この瞬間も長谷部をマークしていたのは元同僚、長髪髭面のチェコ人だった。ちなみにフランクフルトで長谷部と再会したメドジェヴィッチは昨季をまるまる怪我で棒に振り、この冬ダルムシュタットへ。2016年3月12日ボルシアMG戦が長谷部と共に中盤を形成した最後の試合となった。

By | 2018-02-23T21:31:49+00:00 2月 23rd, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

About the Author:

Yoshitaka Yokozawa
1964年生 / 東京都在住 NPO・NGOの経験を活かしてサッカルチャー・チャアマンをしてます。 本業は国際交流コンサルタント。文化催事の企画運営や講演など欧州と国内をころげまわってます。 サッカルチャーコラム連載では欧州蹴球文化探訪(全41回) 同ベルギーの光と闇(全27回)※最終話そのうちUPします。 長靴の国で観た異邦人たち(全21話) サッカルチャー・ホームタウン秘書室(2017年~ 同 日本人が知らないアーセナル 全8回含)他。 サッカルチャーやっててよかったのはバルセロナで故ヨハン・クライフに逢えたこと。世界各国の”秘書たち”とビールを飲むのもささやかな楽しみ。

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