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ぷら~り 欧州蹴球場百景【4】アレーナ・ガリバルディ – スタディオ・ロメオ・アンコネターニ/ピサ

 前回、昨秋(10月)と今春(4月)のブダペスト訪問にふれている。二回ともブダペストからフィレンツェに移動するスケジュール。その場合のルート選択は、リスト・フェレンツ空港からピサのガリレオ・ガリレイ空港。その後ピサ中央駅から列車でフィレンツェのサンタマリア・ノベイラ行きに。ピサ国際空港の別称は、科学者であり天文学者であり哲学者であり数学者でもあった偉人の名前を冠している。
大聖堂では揺れるシャンデリアから「振り子の等時性」を、斜塔から球を落として「物体の落下速度は 重量に関係なく一定である」と証明したかどうか定かではないが、ガリレオはピサで生まれ育ったのは間違いない。

 ガリレオ空港に降り立つとまず目に飛び込んでくるのはU-BORTの巨大な広告看板。イタロ・フォンタナのブランド腕時計はドイツ軍潜水艦を意味する。
フォンタナの本社はルッカにある。ピサ共和国同様城壁に囲まれた都市国家は、メディチ家との戦闘に負け領有される各国を尻目に自治を守り抜いた。城壁は現在もほぼ完全に残されており、距離にして約30キロ、ピサ中央駅から30分でたどり着く。

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 第二次大戦中イタリア空軍とドイツ海軍のために設計された幻の戦闘用時計を再現したU-BORTは、視認性や耐久性、防水性能に優れ、高い精度が売り。

 「・・・ドゥンガだろ」。一人のフットボーラーの姿が脳裏を過る。ドゥンガが似合いそうとかではなく時計がドゥンガそのもの。昨年までブラジル代表監督を務めた彼の現役時代、野が広く、精度の高いロングフィードで攻撃を司る一方、絶妙のポジショニングで中盤の波堤を務め、味方にも怒号を浴びせる鬼曹。

 ブラジル国民からはつまらないと批判され、シュツットガルトサポーターには絶賛されたプレースタイルからドイツ系移民の血がクローズアップされるが、彼の本名は、ヴェリ。
父親エデルセウ・ヴェリもプロ選手。ミラノで同名のメンズファッションブランドを見掛けたが、彼の故郷リオグランデ・ド・スール州ポルトアレグレは、ドイツ、日本、そしてイタリア系移民が多い港湾都市。そして欧州で最初にプレーしたのが、かつて北ティレニア海に君臨した海運国家、ドゥオーモ広場がユネスコの世界文化遺産に登録されその年だった。

 ドイツ人よりドイツらしいプレーをするブラジル人も実はブンデスリーガ、来日する前の2シーズンだけ。盟友・ライバルのジョルジーニョ(元鹿島)はリオ出身だがレバークーゼンとバイエルンで6シーズンを過ごしているのに対してドゥンガはイタリアでの5シーズン、技術とキャリアを磨き共に95年のJリーグ入り。

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 第五景はピサのアレーナ・ガリバルディ – スタディオ・ロメオ・アンコネターニ。ななせさんが首から下げたプレスカードはACピサ1909-エラス・ベローナ戦。1993年に財政破綻。昨季僅1シーズンで二部から三部に降格したクラブのホームは、幸いと云うべきか、ドゥンガがプレーした当時の面影が色濃く残されていた。2017年5月9日ロンドンからブダペストに移動。数日後ブダペスト市のタバコ屋でイタリアより遅れて発売されるガゼッタを購入する。ユヴェントスのUEFAチャンピオンズリーグ決勝進出が紙面を大きく割く、片隅で同日セリエB(イタリア2部)でジェンナーロ・ガットゥーゾ監督率いるピサの3部リーグ降格が決定した記事を目にした。

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 ファイルのコピーはアンコネターニでのデビュー戦となった1987年9月13日のACミラン戦。ドゥンガを挟んでいるのはファンバステンとアンチェロッティ。
二部から昇格したクラブは開幕から4連敗の洗礼を浴びる。それでも5節コモ戦でホームドロー、6節アウェーのエンポリ戦で片目が開く。
そして遂にその日がやってきた。11月1日相手は同じく黒と青の縦縞前年3位のインテル・ミラノ。率いるは名将とトラパットーニ。開始7分に先制したホームチームは、後半15分ドゥンガの右足が火を噴く。イタリア代表ワルテル・ゼンガは一歩も動けす。豪快なミドルがネットを揺らしインテルを突き放す。4分後にゴールを奪われるが1点差を守りきってビッククラブから価値ある初勝利。

 写真には星条旗とローズボウルの文字。試合も催しも無くローズボウルスタジアムを眺める為に列車でロサンゼルスからパサデナへ。
1994年7月17日、9万4000人を越える観客と世界中のフットボールファンがTVの画面に釘付になったFIFAワールドカップ米国大会決勝。それはドゥンガとロベルト・バッジョ、筆者が愛して止まない二人の長い物語のクライマックスと同時にエピローグだった。

By | 2017-12-12T21:00:09+00:00 11月 28th, 2017|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

About the Author:

Yoshitaka Yokozawa
1964年生 / 東京都在住 NPO・NGOの経験を活かしてサッカルチャー・チャアマンをしてます。 本業は国際交流コンサルタント。文化催事の企画運営や講演など欧州と国内をころげまわってます。 サッカルチャーコラム連載では欧州蹴球文化探訪(全41回) 同ベルギーの光と闇(全27回)※最終話そのうちUPします。 長靴の国で観た異邦人たち(全21話) サッカルチャー・ホームタウン秘書室(2017年~ 同 日本人が知らないアーセナル 全8回含)他。 サッカルチャーやっててよかったのはバルセロナで故ヨハン・クライフに逢えたこと。世界各国の”秘書たち”とビールを飲むのもささやかな楽しみ。

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