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ぷら~り 欧州蹴球場百景【5】ヨージェフ・ボジク・スタディオン/ブダペスト

 前々回、東京五輪代表のドイツ(デュイスブルグ)遠征にふれた。1964年ブラウン管の映像は見れなくても、母親の腹の中で国立競技場の歓声に耳を傾けていたような気もする。
当時の男子サッカー競技はプロ選手が参加できないレギュレーション。ベストメンバーで挑める東欧勢が有利で金メダルを持ち帰ったのはハンガリー、続く68年のメキシコ大会と連覇を果たしている。64年の欧州選手権スペイン大会、開催国スペインが準決勝でハンガリー、決勝でマルセリーノの決勝点で前回覇者のソ連を退け、欧州を制した。ハンガリーは2回戦で東ドイツ、準々決勝ではフランスを破っており、会場がサンティアゴ・ベルナベウでなければ異なる結果になっていたはず。イグナシオ・ソコとアマンシオ・アマンシオ、ユヴェントスに移籍していたルイス・デル・ソルも62年まではレアルに所属していた元白い巨人。

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 この年のUEFAチャンピオンズカップ(現リーグ)決勝はインテルとレアルが対戦。ルイス・スアレスがユーロと併せ二冠達成、初のバロンドールを獲得したことでカタルーニャのバルセロニスタ達は溜飲を下げた。
 翌64-65大会、連覇を達成したインテルと相対したベンフィカは、ハンガリー王者ジェーリETO FCを破っての決勝進出。クラブレベルでも欧州では強豪国と認知されていた半世紀前のハンガリー。

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 ななせさんが持っているのは2014年3月22日ブダペスト・ホンヴェドFC―カポシュヴァール・ラーコーチFC戦のプログラム。表紙は集合写真とボジク・ヨージェフ、そしてフェレンツ・プスカシュ、レジェンド二人のモノクロ写真。今回取り上げる蹴球場は、そのボジク・ヨージェフの名を冠するブダペスト・ホンヴェドFCのホームスタジアム。

 FIFAが毎年ベストゴールを決めた選手にプスカシュ賞を贈っているが、このスタジアムの敷地に面した500メートル程度の通り名もフェレンツ・プスカシュの名を冠する。

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 上の写真は、プスカシュ通りのスタジアム入口。次節ハラダス戦(2016年10月撮影)の告知がなされている。2014年に閉鎖されてはいるが、ハンガリー版国立競技場のプスカシュ・スタジアムも今後改修される予定。先日、大使館から招待されたコンサートのスピーチで教育文化副大臣は、「日本の皆さまもよくご存じのリストやコダーイ・・・」とハンガリー音楽界偉人の名前をあげた。19世紀なら小学校の音楽室に肖像画が飾られていたリストだろうが、現代のフェレンツと云えば、プスカシュの名前が世界で最も知られているのではないか。現代といっても2006年既にブダペストで他界しており、その日は筆者の誕生日だったので記憶に残っている。ちなみにブダペスト国際空港は別名フェレンツ・リスト・エアポート。空港から市内に入るのにリムジンバスからケーバーニャ・キシュペシュト駅で地下鉄3号線に乗り換える。市南部に位置したホンヴェドの本拠地キシュペシュト。プスカシュもこの街で生まれ育った。

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 ライバルのフェロンツバロシュやMTKのスタジアムが立て替えられるのを横目に、1939年に完成したスタディオンが改修を重ね今日に至る。

 本年4月15日パクシュSE戦の告知。ホンヴェドは昨季大混戦を制し24年ぶりの国内王者に。ターニングポイントは、このフェロンツバロシュ戦と振り返る⇒。冒頭の写真はメインスタンド。1万人に満たない収容人員ではあるが、強敵を迎えての重要な一戦とあって空席は見当たらず熱気がピッチまで伝わる。
そして5月にブダペストに戻ると猛暑・・・⇒

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 U17ワールドカップが幕を閉じ、FC東京は久保建英選手のプロ契約を発表した。昨季からJ3にFC東京、ガンバ、セレッソのU23三チームが参戦しており育成面での成果は合格点。バルセロナの外国人選手獲得違反による制裁=公式戦出場停止処分で帰国した久保も参戦。18歳海外移籍解禁までは国内でのプレーでJリーグを盛り上がるのは火を見るよりも明らかなのだが・・・

 5月14日夏の陽射しを浴びながらブダペストで久保建英のことを考えていた。ボジク・ヨージェフ・スタディオンのサブグラウンドで女子一部リーグを撮影。その華奢な肢体はフットボールより、バレエでも踊ったほうが似合うだろうし厳しい表情にもあどけなさが残る。右膝のテーピングは赤く痛々しさが増長する。彼女の名前はBUCHMÜLLER ADRIENN ÉVA ブチミラー・アドリエヌ・エヴァ。2000年11月20日生まれなので久保よりも半年早い。女子の場合、なでしこ二部で14歳の中学生がプレーしているのだから彼女の若さにも驚きはしない。

By | 2017-12-23T20:35:02+00:00 12月 5th, 2017|Categories: Soccerlture League|0 Comments

About the Author:

Yoshitaka Yokozawa
1964年生 / 東京都在住 NPO・NGOの経験を活かしてサッカルチャー・チャアマンをしてます。 本業は国際交流コンサルタント。文化催事の企画運営や講演など欧州と国内をころげまわってます。 サッカルチャーコラム連載では欧州蹴球文化探訪(全41回) 同ベルギーの光と闇(全27回)※最終話そのうちUPします。 長靴の国で観た異邦人たち(全21話) サッカルチャー・ホームタウン秘書室(2017年~ 同 日本人が知らないアーセナル 全8回含)他。 サッカルチャーやっててよかったのはバルセロナで故ヨハン・クライフに逢えたこと。世界各国の”秘書たち”とビールを飲むのもささやかな楽しみ。

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