諸刃の剣ながらも、リーグ優勝の鍵を握るエジル

 首位レスター・シティと勝点差5で迎えた直接対決のビッグマッチ。95分という追加タイムでの劇的な逆転勝利へ導いたのは、後半に入って数々のチャンスボールを供給し続けていたドイツ代表MFメスート・エジルだった。しかし、前半は相手のセントラルMFコンビのボール奪取力を警戒してサイドで起点を作る攻撃を仕掛けるチームの中で、中央で緩慢なプレーからボールを奪われる狙い目になっていた。それはこれまでも同様で、彼は世界屈指の類まれな才能を持つプレーメイカーでもあるのだが、チームにとっては“諸刃の剣”でもある。運動量が多くなったとはいえ、守備対応も緩い。

 そんなエジルは昨季後半戦から<4-2-3-1>システムのトップ下に据えられた。それまではサイド起用が多くて守備面のタスクに黙殺される事が多くて持ち味を出せなかったため、アーセナルを率いるアーセン・ヴェンゲル監督がより自由を与えたのだ。ただし、ただ単にエジルのポジションをトップ下に固定しただけではない。それに伴って本来は2列目のサンティ・カソルラ(現状負傷中)をボランチに下げて、逆に運動量が豊富でタフに闘えるウェールズ代表のMFアーロン・ラムジーをボランチから右サイドMFにコンバートし、“エジル・システム”を作り上げた。

 だからこそ、1月に行われたプレミアリーグ第23節のチェルシー戦で序盤にCBメルテザッカーが退場した際、ヴェンゲル監督は1トップのオリヴィエ・ジルーを下げて、CBのガブリエルを投入した。数的不利になったとはいえ、「1トップのジルーを下げるとは失態だ」とファンやメディアから批判された。しかし、現在のアーセナルは“エジルありき”で成り立っている。他のサイドアタッカーを替えるとなると、たちまちエジルはサイドMFとして“使い物にならなかったエジル”に戻ってしまう。もちろん、エジル自身をベンチに下げると、1本のパスで決定機を演出できるというカウンターでも大きな武器となる飛び道具を失ってしまう。だからこそ、筆者はジルーの交代は妥当だったと思う。

リーグ記録も迫るアシスト量産体制を引き出した”エジル・システム”

 レスター戦でもエジルが何本も披露した「広角クロス」とは、野球の打者が右方向・左方向関係なく打てる“広角打法”とから命名させてもらったが、エジルは目線やキックフォームに関係なく、クロスや浮き球のスルーパスをどの方向にも、どのタイミングでも供給できる。それは彼が世界でもナンバーワンとも呼べるほどの能力で、稀少価値の高さは表現できない水準にある。

 アーセナルの元主将でスペイン代表MFセスク・ファブレガス(現・チェルシー)をバルセロナから優先獲得できた2014年の夏、ヴェンゲル監督に「ウチにはエジルがいるから」とセスク獲得を拒否させた才能は、この日の劇的な決勝点で今季リーグ17アシスト目を記録した。プレミアリーグ記録となっている元アーセナルのエースFWティエリー・アンリの20アシスト(2002-2003シーズン)に残り12試合で3本差に迫る大記録達成も懸かっている。

 エジルは“諸刃の剣”でもあるが、彼には全てを託すだけの価値があり、昨季終盤戦からの彼はチームメイトの献身や監督の期待に応え続けている。また、“エジル親衛隊”の隊長とも言えるラムジーは、エジル加入後に彼のアシストを受けて得点数を群と伸ばした選手でもある。”エジル・システム”はそんな高度な連携と補完性によるメカニズムで成立しているのだ。

 2003-2004シーズンにリーグ戦38試合を無敗優勝(26勝12分)して以降はリーグ優勝がないアーセナル。12年ぶりのリーグ優勝の鍵を握るのは、やっぱりエジルだ。