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【連載】サイドバックから考える現代サッカー~時代や戦術に翻弄され、求められた“ハイブリッド化”

ゾーンプレスの功罪が引き出した、
「サイドバック自身が攻撃する時代」

 そんな中、SBにとって一大事だったのは、2トップ全盛時代となった1980年代以降だろう。当時、国内外で黄金期を迎えていたイングランドのリヴァプールが<4-4-2>のゾーン守備を採用し始め、それがイタリアに伝わり、アリゴ・サッキ監督がACミランで「ゾーンプレス」として完成させた新戦術だ。人につくマンマークが主流だったサッカーに、スペースを埋めるゾーン守備の導入は「“個人”よりも“組織”の時代」の到来が顕著に現れたターニングポイントだろう。

 ゾーンプレスは一気に世界中に広まり、未だにその影響はどんなチームにも見られるサッカーの教科書的要素となっている。それだけ教えやすく、覚えやすい戦術で、結果に即直結した。ただ、それは守備の部分だけに特化されていたため、功罪もある。

 Jリーグでも2012年にJ1最多得点チームだったガンバ大阪がJ2へ降格したが、翌年から就任した長谷川健太監督の下、「ゾーンプレスも知らなかった」選手たちにそれを植え付けた結果、2013年にJ2優勝・2014年にはJ1昇格初年度での3冠を達成した。

 しかし、宇佐美貴史(現フォルトゥナ・デュッセルドルフ/ドイツ2部)とパトリック(現サンフレッチェ広島)による“J最強2トップ”に任せきりの攻撃は単調で、次第に対策をとられて抑え込まれた。すると長谷川監督は<4-4-2>から<4-2-3-1>へとメインシステムを替え、宇佐美のサイドMFへのコンバートや欧州移籍、1トップで孤立したパトリックの大スランプにより、年々成績は下降。今季は2試合を残して2桁順位に沈んでいて、今や「超攻撃のガンバ」などとは誰も言わなくなった。同様の現象は昨季をクラブ史上最高の5位で終えながら、今季は現在17位でJ2降格濃厚となってしまった大宮アルディージャにも起きている。得点とアシストを量産し、川崎フロンターレに引き抜かれた元ガンバのMF家長昭博は、G大阪での宇佐美と同様の役割を担っており、共に『ガンバユース史上最高傑作』と称されるアタッカーだった。

 この近年のJリーグにも起きた現象は世界的にも珍しくはない。つまり、攻撃よりも守備に重きを置くため、<4-4-2>の両サイドMFに攻撃面や前線でプレスするよりも、自陣のスペースを埋めることを優先させたからだ。

 話を1990年代に戻すが、世界中のチームが2トップを採用する事でウイングが消え、さらに両サイドMFにも守備を重点的に徹底させた結果、SBは最大の使命である「ウイングの突破を止める」というタスクがなくなった。そして、「サイドバック自身が攻撃する時代」がやって来た。

あのブラジルも採用した3バック時代で篩に掛けられたSB

 「サイドバック自身が攻撃する時代」の象徴は、ブラジル代表の右のカフー&左のロベルト・カルロスだろう。ブラジルは1994年の米国W杯と2002年の日韓W杯で優勝したが、ブラジル国内では「守備的過ぎる」と言われて不評なチームだった。カフーとロべカルが主力に定着した1998年のフランスW杯は準優勝に終わったが、優勝した前後の大会より評価が高かった。

 ブラジル国民から見れば守備的なのかもしれないが、他国から見ればブラジルはいつも十分に攻撃的に見えるのは、カフー&ロべカルを始めとした両サイドが共に高い位置をとる超攻撃的SBの存在があったからなのかもしれない。ただ、2002年は3バックを採用しており、カフー&ロべカルは1列上がったウイングバックとして起用されていた。

 コレは時代の流れもマッチしていた。2トップを密着マークするため、1990年代後半からはドイツとイタリアでマンマークを基本とする3バックが採用され始めたのだ。特に当時のブンデスリーガのチームはほとんど<3-5-2>のフォーメーションを組むチームばかりとなっていて、それが各国代表チームにも伝わった。

 そして、コレがSBにとって大きな転機となった。4バックのSBとしてプレーしていたほとんどの選手は、3バックシステムでは唯一のサイドプレーヤーとなるWBで起用された。また、守備面に特徴があったSBは3バックの1角に組み込まれ、“スピードのあるセンターバック”として新境地を開拓する選手も現れた。ただ、WBにはSB以外に本職はMFやウイング、サイドアタッカーのような1列前でプレーする攻撃型の選手もコンバートされていた。