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【連載】サイドバックから考える現代サッカー~SB誕生の歴史的背景

 「フルバック」、「ラテラル」~国によって異なる概念

 <2-3-5>からセントラルMFのコンバートで“WMフォーメーション”が完成したように、ここからは各国でフォーメーションの進化が次々に起きた。英国を始め、欧州でWMが採用されたのは、ある意味でテクニカルな南米勢に対抗する守備視点の手段でもあった。

 すると、逆に南米勢はWMを凌駕する手段として、1950年頃から攻撃視点の4バックフォーメーションを編み出した。Vフォーメーションのポジション④と⑥の両サイドハーフをDFラインに下げたのだが、南米の2強=ブラジルとアルゼンチンではその進化形態が異なっていた。

 まず、世界各国よりもテクニックに優れる“王国”ブラジルは、DFラインに下げるポジション④と⑥を両サイドに配置した。つまり、ブラジルの両サイドバックはもともとMFの選手なので、攻撃の組み立てに多く関わっていた選手が多かったのだ。現在のダニエウ・アウベスやマルセロはそれを象徴している。

 ブラジル代表の左SBとして、または「悪魔の左足」として有名だったロベルト・カルロスが、長年所属したレアル・マドリー(スペイン)では背番号3番を着ているのにブラジル代表では6番をつけ続けていたのは、ブラジルサッカー伝統の由来なのである。

 日本でも欧州でも「ブラジル人のSBは守備をしない、守備に戻って来ない」とよく酷評されているが、もともとブラジルにはSBが守備を優先する概念がなかったのだから、当然と言えば当然なのだ。ブラジル式<4-4-2>はその後、ポジション④と②が入れ替わって発展して来たのだが、それにより左SBの方が攻撃型が多くなったのは全世界共通の流れでもある。

 アルゼンチンは、ポジション④と⑥をCBに下げて来た。よって、アルゼンチンのSBにはマルコス・ロホ(マンチェスター・ユナイテッド/イングランド)のようにCBとしても起用される守備者が配置されている。レジェンドである元名手=ハビエル・サネッティはドリブル突破も上手いが、「まずは守備が優先」と言う選手で、実際にサネッティを始めとしたアルゼンチンのSB陣で守備力が問われる選手は少ない。むしろ、攻撃力が問われる選手が多いのは、この進化過程を見れば明白だろう。

 欧州では「フルバック」や「サイドバック」とバックスの名前で呼ばれるのに対して、南米でのSBは、「ラテラル」という直訳すれば<横の選手>という意味で使われている。ダニエウ・アウベスやマルセロはSBとして世界屈指の実力者ではあるが、おそらく攻撃型のチームでしか機能しないだろう。特に近年のダニエウ・アウベスは常に攻撃型のチームを探して移籍しようとしているのは、こういった概念から来ているのではないだろうか?

オーソドックスな英国式<4-4-2>と南米型の違い

 そして、戦術とトレンドの発展・進化が激しい現代サッカーにあっても、このポジション番号を崩すことなく、毎試合の先発メンバー11人に背番号1から11を与えているイングランド代表は、このVフォーメーションから発展した進化過程を最も反映させている。
 
 上記したようにVからWMへと変化を遂げた英国型はその後、ポジション⑥を最終ラインに下げて4バックを組み、スペースを埋めるように両ウイングも1列下げた。

 現在は前線の組み合わせは3トップなどを用いる事でFWやトップ下には番号の変化が少しあるが、未だに最終ラインやボランチ、両ウイングには上記したポジション番号がそのまま背番号に形を変えて選手たちの背中につけられている。

 レアル・マドリー所属のウェールズ代表FWギャレス・ベイルは、6シーズン所属したトッテナムでは2年目から5年目まで背番号3をつけていた。左SBだったからだ。3年目の後半辺りからポジションを1列上げ、次第に得点力の向上と共に結果を出した事で、最後の1シーズンは11番を着て21得点。リーグMVPを獲得してマドリーへ当時の世界最高額で移籍していったという経緯がある。

 この英国式の<4―4-2>が欧州中に広まり、欧州各国はそれに“色”をつけて変化して来たと言われている。

 基本的にCB・SB・ボランチ・ウイング・FWというコンビ、あるいは対となるポジションは番号の数が上の方が攻撃型になる。SBの場合は左サイドが攻撃的で、ボランチは8番となっている。SBのポジション以外にも、守備的MFのポジション番号が欧州では4番であるのに対して、南米は5番になっているため、攻撃型のボランチ(8番)の配置が逆になっているのも、その大陸独自の“味付け”である。

次回予告:戦術の進化に翻弄され、ハイブリッド化したSB

 今回は、サッカーというスポーツが発祥した当時は存在しなかった、サイドバックの誕生から発展の歴史的背景をお伝えして来ました。

 ただ、ここまでは、まだサイドバックは進化していません。「義務教育」と呼べるような期間だったのかもしれません。

 そこで次回は、社会の荒波に揉まれるように現代サッカー界に飛び出したサイドバックが、戦術の進化に翻弄され、篩(ふるい)に掛けられ、そしてハイブリッド化されて、進化していった歴史を、実際の役割について沿って考察します。

 お楽しみに!

【バックナンバー】『【連載】サイドバックから考える現代サッカー』

By | 2017-11-21T18:49:37+00:00 11月 16th, 2017|Categories: コラム, その他コラム|0 Comments

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hirobrown
創設当初からのJリ−グファンで各種媒体に寄稿する副業サッカーライター。好きなクラブはアーセナル。宇佐美貴史やエジル、杉田亜未など絶滅危惧種となったファンタジスタを愛する。趣味の音楽は演奏も好きだが、CD500枚ほど所持するコレクターでもある。 サッカー歴:中学・高校時代にサッカー部に所属。 中学時は大阪市トレセンに選出される。 その後は競技者としてのサッカーから離れていたが、サッカー観戦は欠かさない 。

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