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ぷら~り 欧州蹴球場百景【78】ダリーマウント・パーク / ダブリン

アジアカップが開幕、決勝は月をまたいで2月1日と結構な長丁場。

約2週間後にはフジゼロックス杯が埼玉スタジアムで行われ、J球春の幕が上がる。一日早く欧州でも15日(金)に新シーズンが開幕する。アイルランドのSSEエアトリシティ·リーグは、2003年から春秋制に変更した。

全人口の3分の1はダブリンに偏っているから、プレミアリーグも10クラブ中4クラブがダブリン近郊に集結しているのには納得。

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ダブリンはアイリッシュ海から流れるリファー川を挟んで発展した街。河川北岸から、反対側にはアヴィヴァスタジアム【30景】が垣間見える。中心部から10キロ程北側にあるエアポートは、2010年から第二ターミナルが稼動した。バナーは当然ナショナルカラーの緑。

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第78景はボヘミアンズの本拠地ダリーマウント・パーク。開幕戦ではフィン・ハープスFCを迎え撃つ。

アヴィヴァスタジアムまでは、旧市街の中心ダブリン城から3.5キロ。聖ステファン公園内を歩けばこの距離はさほど苦でもない。


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一方、フィブスバラにあるダリーマウント・パークまではダブリン城から北に向って3キロ程度。スタジアム北側からは隣接するフィブスボロの聖ピータース教会。

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ダブリン城から西に4キロ弱。アイルランドにキリスト教を広めたセントパトリックの名を冠するアスレチックFCの本拠地リッチモンドパーク。3月17日緑の祭りは今や世界的行事に。

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ここまでは歩いて頑張れる距離にあるスタジアム。シャムロック・ローヴァーズFCの試合を観戦するならばLuas(ルアス)に乗る。2004年に開通した路面電車は西南方向に向かう赤と南側に下る緑の二路線。赤の終点タラトまで行けば本拠地タラトスタジアムまで100メートル。シャムロックとはクローバーのこと。セントパトリックデーには胸に装飾する。

残るひとつはユニバーシティカレッジダブリンAFC。これは緑線の東側ベルフィールド。こちらは行ったことはなく、この先行くこともないので省略。大学と関わるのは日本だけで勘弁。

1980年代まではアイルランド代表の試合はこのスタジアムで催されており、84年ユーロ·フランス大会の予選でも使用されている。

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1983年10月12日 このスタジアムに3万5000人の入場者数など今では想像もつかない。アイルランドの国旗では緑色がローマカトリックを、オレンジ色はプロテスタント、中央に白色が入り永遠の休戦を意味するが、この日はオランダ戦、グリーンとオレンジがピッチ上で対峙した。

7分の先制点に続き、ペナルティキックで前半2-0。アイルランドサポーターの歓喜が目に浮かぶ。しかし後半が始まると若きオランイェが牙をむく。7分DFのクリアミスをルート·フリットが右足ボレー。一度はキーパーが弾き返したボールを今度は左足で突き刺し反撃の狼煙を上げる。

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12分後のコーナーキック。ニアサイドで頭をあわせたのはマルコ・ファンバステン。同点に追いつくと勢いは止まらない。7分後、ファンバステンがためを作り、右サイドを疾走するフリットにインサイドで丁寧なパス、最後はフリットが決めて劇的な逆転勝利を収める。
しかしこのグループで予選を突破したのはスペイン。


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88年ユーロ·西ドイツ大会では共に予選を突破、本大会のグループステージで対戦。アイルランドは初戦イングランドを破り、2戦目ソ連とドロー。一方オランダは初戦のソ連戦を落としてしまい2戦目のイングランドに勝利。この試合勝たなければならない状況でオランダは残り8分キーフトが決めて2位でグループBを突破した。

アイルランドがオランダに雪辱を果たすのは2001年9月の日韓共催ワールドカップ予選まで待たなければならない。


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年が明け、連日の新年挨拶回り(徘徊)でぐったりしたサラリーマン時代を思い出す。
カバー写真は、新年の挨拶らしく自分の顔も晒してみた。パウラナーの瓶を手にした久留実さんの横にはマーフィーズのスタウト(黒)を持ってきた。
マーフィーズは1983年から、パウラナーは2001年からハイネケングループのブランドとして世界市場へ。

1866年からコーク市で醸造されているこの銘柄、おなじみギネスに比べて苦みはやや弱め、アルコール度数も4%と軽めなので、久留実さんに賞味してもらったのだが・・・
その結果は「スロバキアのウルピネールのほうが美味しい!」とボツ。さぞやコーク市民はショックを受けているに違いない。


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2017年6月11日ワールドカップ予選。ケヴィン・ロング、スティーブン・ウォード、ジェフ・ヘンドリックロビー・ブレイディと同一クラブから招集された四人がピッチ上に顔を揃えた。下写真は13番司令塔ヘンドリック。


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この国で才能ある若者は、十代からイングランドのクラブが引き抜いてしまう為、代表クラスに国内でのプレー経験者は少ない。ボヘミアンズ·ユース出身の左サイドバック、スティーヴン・ロバート・ウォード(上写真17番)は2003年にトップチームでデビューしウルヴァーハンプトンに2006-07年移籍するまで4シーズンを自国で過ごした。


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1月5日のFAカップにはバーンズリーを破ったバーンリー。ヘンドリック、ケビン·ロング、そしてウォードも揃って出場。格下相手に薄氷の勝利。ロング(上写真18番)はコーク出身。コークFCで2009シーズンにプレーをしている。

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試合前、本場のアイリッシュパブでは両国サポーターが冷えたビールで友好を温めていたので撮影した。
この写真目を凝らしていただくとわかるが左赤サポーターはギネスのスタウトを飲んでいるが、地元の緑組が手にしたグラスは黄金色。

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軟水の日本やチェコはラガーづくりに向いているが、ダブリンはスタウント醸造に適した硬水。しかしギネスの強い苦みをアイルランド人が皆好むわけではなく、実際に見たところ若者や女性にはラガーのファンも増えている。それでは、「スタジアムで飲みたいビール」のアイルランド代表銘柄に何を推すべきか。


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結局この国はギネス社。但し同社が生産する「Hop House 13 Lager」その名のまんま、ラガーではあるが、グラスロゴの中央には、創業者であるアーサー・ギネスのサイン。アルコールは5%と平均的でこれが実に美味かった。

1978年、マーフィーズブルワリーは、オランダのハイネケンを国内で販売、ドラフトラガー市場のシェア9%を初年度で獲得する。コークの醸造所はオランダのハイネケンに買収され、現在のネーミングは「ハイネケン·アイルランド」へと変わり、1989年からはアイルランドで最も飲まれているラガービールとして定着する。
ケルトの民も1948年以降、グリーンをパッケージデザインのメインカラーとして使用するハイネケンならば、喉を潤すのもやぶさかではなかったか。【七十八景了】

文/撮影:横澤悦孝 モデル:久留実《Culumi》

By | 2019-01-12T17:17:00+00:00 1月 11th, 2019|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

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横澤 悦孝
1964年生 / 東京都在住 NPO・NGOの経験を活かしてサッカルチャー・チャアマンをしてます。 本業は国際交流コンサルタント。文化催事の企画運営や講演など欧州と国内をころげまわってます。 サッカルチャーコラム連載では欧州蹴球文化探訪(全41回) 同ベルギーの光と闇(全27回)※最終話そのうちUPします。 長靴の国で観た異邦人たち(全21話) サッカルチャー・ホームタウン秘書室(2017年~ 同 日本人が知らないアーセナル 全8回含)他。 サッカルチャーやっててよかったのはバルセロナで故ヨハン・クライフに逢えたこと。世界各国の”秘書たち”とビールを飲むのもささやかな楽しみ。

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