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「GK文化」が希薄な日本へやってきたカリスマGKコーチ

 先月発表されたバロンドールには選出されなかったものの、バイエルン・ミュンヘン所属のドイツ代表GKマヌエル・ノイアーがドイツを世界王者に導いた事は全世界共通で認識されています。そのノイアーを筆頭に、ブラジルW杯で注目を集めたポジションはGKでした。

W杯と言えばグループリーグ48試合+決勝トーナメント16試合の合計64試合が行われたわけですが、毎試合のMVPなる「マン・オブ・ザ・マッチ」にGKの選手が選出されたのは述べ12回あったのです。

「GKで勝った試合」として、ノイアー、ケイラ―・ナバス(コスタリカ)、ギジェルモ・オチョア(メキシコ)、クラウディオ・ブラボ(チリ)、ダヴィド・オスピナ(コロンビア)の活躍ぶりには日本でも注目が集まり、サッカー少年たちの間でも「GKになりたい」と思うキッズも増えたと思います。ちなみに上記に挙げたGKはノイアー以外はW杯後にステップアップ移籍を果たしました。

 しかし、日本ではまだまだ「GKで勝った」と言える試合はまだまだ少ないと言えます。世間はブラジルW杯や、豪州でのアジアカップでの敗因を「決定力不足」として嘆き、点取り屋の不在を問題視していますが、実はそれ以上にGKのレベルがW杯常連国よりも低いのが現状の日本サッカーだと思います。なぜなら、GKに韓国人を起用するJリーグのクラブが多くなってきているものの、FWはそうでもないからです。FWの能力を上がれるためにも、GKのレベルが向上に力を注ぐとう考えもあってしかるべきながら、そういう考えも希薄なのが日本サッカー界です。

 そこで、“GK不毛国”というよりも、GK文化が希薄な日本へやってきた“カリスマGKコーチ”の話題を取り上げたいと思います。

 その人物の名は、ジョアン・ミレッ。スペインはカタルーニャ州出身の54歳。彼の現役時代はスペインの2部、3部リーグでプレーするも、24歳にして負傷の影響もあって現役引退に至った無名GKでした。現役引退後にGKコーチとしてスペインのセミプロチームで指導者の道へ入り、特に2000年から2012年という長期間に渡って務めたゲルニカというスペイン4部リーグのチームでの功績が称えられています。

 スペインのバスク州に本拠地を置くゲルニカでは“GK育成コーチ”という肩書きでアカデミーからトップチームまで全てのGKの指導に従事し、ゲルニカは同じバスク州にある最大のクラブであるアスレティック・ビルバオ(スペイン1部リーグの名門で1度も2部リーグ降格経験がない)に毎年のようにGKを輩出。その移籍金により、ゲルニカはトップリーグにも匹敵するハイレベルなトレーニング施設を備えるに至った、という伝説的なGKコーチと言われているのがミレッ氏です。現在もビルバオに在籍するゴルカ・イライソスや、スペインU-17代表GKウルチ・エルレアガは彼の教え子です。

デ・ヘアすら代表入りが容易でない ”世界的GK大国”に変身したスペイン

 まずスペインの歴史的なGK事情を簡単におさらいすると、“ドリームチーム”と称されたヨハン・クライフ監督時代のバルセロナでリーグ4連覇を果たしたGKアンド二・スビサレッタの名前が上がります。彼には足下の技術が求められ、未来型のGKだと言われながらも凡ミスが多く、スペイン代表という違う組織ではイマイチな反応。しかし、彼には126試合という代表キャップがつきました。バルセロナが1990~1994年に4連覇した時の守護神であるという実績から来るものではあるものの、実情は対抗するライヴァルGKがいなかった“GK不毛国”でした。また、足元の技術に優れているという意味では、オランダ代表のエドウィン・ファン・デル・サ―ルの方がスビサレッタよりも誰が観ても上という実力でした。

 しかし、その後のスペイン代表で正GKに定着したサンティアゴ・カニサレスや、イケル・カシージャスがビジュアル面でも人気の選手となり、同時にスペイン代表が2008年のEURO、2010年南アフリカW杯、2012年にもEUROを制するという国際大会3連覇を達成。カシージャスに憧れて子供達がGKを目指す数も飛躍的に増えたと思われます。

 近年のスペイン人GK事情としては、将来を有望されていたダヴィド・デ・ヘアが20歳でアトレティコ・マドリーからイングランドの名門マンチェスター・ユナイテッドに引き抜かれ、絶対的な守護神としてプレーしているものの、そんな彼でも代表入りすら容易ではないほどとなっています。彼やペペ・レイナ、ディエゴ・ロペス、ヴィクトール・バルデスなどはカシージャスの存在もあって代表キャップはあまり伸びないものの、リヴァプールやナポリ、ACミラン、レアル・マドリー、バルセロナなど世界的なビッグクラブのゴールマウスを守る存在になっている事から、“世界的なGK大国”になったと言えるでしょう。

挫折から痛感した経験 「GKを支えられるのはGKコーチだけ」

 そんなスペインでカリスマGKコーチとして活躍されていたジョアン・ミレッ氏は2013年から湘南ベルマーレの”アカデミーGK育成プロジェクトリーダー”として招聘され、現在も日本で指導に従事されています。

 彼の考えで当たり前ながらも斬新に感じたのが、「GKは孤独である」という言葉の後に続いた、「GKを支えられるのはGKコーチだけ」という哲学のような考え。チームが得点してもGKは祝福の輪に入れないし、失点すれば批判の的になるだけ。特に日本ではGKや守備の文化が出来ていない土壌なため、GKへの冷ややかな視線は僕も以前から気になるところでした。

 そこで彼が日本へやって来て行ったのは、練習から「すいません」と言うな、という改革。プロの試合で失点した時にGKがうつむきながら謝る場面がよくあるのはサッカーをご覧になる人なら理解できるでしょうが、たとえ自分がミスして失点しても謝るな、と。FWが決定機でミスするのと同じだ、と。日本ではGKもFWも謝る文化があるような気がするので双方のポジションが育たないのかもしれません。

 そんなGKを育てる上で、ミレッ氏は挫折を経験します。ある日、選手たちの伸びが行き詰まっている事に気付いていた彼は、子供のGKから「もっとGKとして上手くなりたい」と相談を受けた際に、「お前は何も分かっていない」と怒ったような対応をしてしまったそうです。それ以来、彼はそのことが忘れられずに眠れない日々を過ごし、遂には3年間指導の現場を離れる事になります。

By | 2017-04-21T21:52:08+00:00 2月 23rd, 2015|Categories: J1リーグコラム, コラム, その他コラム|Tags: |0 Comments

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hirobrown
創設当初からのJリ−グファンで各種媒体に寄稿する副業サッカーライター。好きなクラブはアーセナル。宇佐美貴史やエジル、杉田亜未など絶滅危惧種となったファンタジスタを愛する。趣味の音楽は演奏も好きだが、CD500枚ほど所持するコレクターでもある。 サッカー歴:中学・高校時代にサッカー部に所属。 中学時は大阪市トレセンに選出される。 その後は競技者としてのサッカーから離れていたが、サッカー観戦は欠かさない 。

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