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18 08, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【51】スコント・スタディオン / リガ

By | 2018-08-19T12:21:27+00:00 8月 18th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

9カ月かけて前半戦終了、ほぼ目標の週一連載は達成できた。足跡を振り返り国別の割合ではこんな感じ。 ■フランス①リール⑮パリ㉘クレテイユ㉞ストラスブール■オーストリア②ウィーナーノシュタット■ドイツ③デュイスブルク⑩シュツットガルト⑬フランクフルト㉕ハイデンハイム■イタリア④ピサ⑪ヴェローナ⑭トリノ㉙ヴェネツィア㊱トリノ■ハンガリー⑤ブダペスト㊷ブダペスト■スロバキア⑥トルナヴァ■ベルギー⑦コルトレイク⑭ヘンク㉝オーステンデ㊻ブルッヘ■イングランド⑧ロンドン㉗ボーンマス㉛ロンドン㉜ロンドン㊳ロンドン■オランダ⑨ブレダ㊼ロッテルダム■フィンランド⑫ヘルシンキ■ポルトガル⑯リスボン㉟ブラガ㊹ポルト㊿ギマランイス■チェコ⑰ブルノ㉑プラハ■クロアチア⑱ザグレブ㊶ザプレシチ■スロベニア⑲マリボル■ポーランド⑳ワルシャワ㊴キェルツェ■トルコ㉑イスタンブール㊽イスタンブール■デンマーク㉓コペンハーゲン㊵オーゼンセ■スコットランド㉖エディンバラ■アイルランド㉚ダブリン■スペイン㊲マドリッド㊸ヘタフェ㊺ジローナ㊾バルセロナ ◆◆◆◆◆◆ きっちり20か国で四大リーグ、ベルギー、ポルトガルがほぼ均等に振り分けた。一方、東欧方面、特に旧ソ連邦からの独立国が無いのは戴けない。筆者が生まれて初めて乗ったっ航空機はイリユーシン機。降り立った都市はモスクワだった。アエロフロートの代理店に勤務していたので選択肢はなかった。 ◆◆◆◆◆◆ そこで第51景はソ連から91年に独立したラトビアの首都リガにあるスコント・スタディオン。 サンクトペテルブルグからポーランドまでバルト三国を通過するのは少々長旅。ならばと同三国最大の都市、リガで一息つくことにした。 中心とは反対の駅南側に何やら見覚えのあるような構造物。Kulturpalast(文化宮殿)と称される高層建築。モスクワのセブンシスターズを模倣したスターリン様式にソ連時代の名残を感じる。翌々日ワルシャワで同様式の文化科学宮殿も目にしたが、重厚感ではリガが優る。 第一次大戦までロシア領に属し、当時はモスクワ、サンクトペテルブルグに次ぐ第三の都市として繁栄した都市は見所も多い。 ◆◆◆◆◆◆ ユネスコの世界遺産にも登録されている歴史地区の街並みはバルトの真珠・宝石などと形容され、同市区の象徴とされるのが、ゴシック、ロマネスク、バロックと三期の建築様式から成る聖ペテロ教会の尖塔。 ◆◆◆◆◆◆ 1918-20年、ラトビア独立戦争の戦没者慰霊と平和への願いが込められた自由の慰霊碑。公園内の芸術アカデミー、国立美術館を横目に約1.5キロ北東へ、徒歩で進むとスタジアムは見えてくる。 ◆◆◆◆◆◆ 上写真のスコント FCから現在のクラブ名リガ FCの文字が浮き上がるよう、ベンチシートは色分けされている。プレスカンファレンスルームには青白縦縞のウェア姿の写真。しかし今回の主役は旧社会主義国の青白縦縞でも別のクラブ。

12 08, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【50】エスタディオ・D. アフォンソ・エンリケス / ギマランイス

By | 2018-08-13T03:21:40+00:00 8月 12th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

百景の旅も折り返し。猛暑が続く中、あすみさんは涼しげなノースリーブ。今回のテーマカラーである黒。第50景はポルトガル北部、ギマランイスのエスタディオ・D. アフォンソ・エンリケス。

4 08, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【49】ミニ・エスタディオ / バルセロナ

By | 2018-08-16T11:23:30+00:00 8月 4th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

2018年4月19日エールディビジ32節アレナにVVVフェンロを迎えての試合。前節首位PSVとの直接対決は完敗。宿敵に眼前での戴冠を許す屈辱にまみれたアヤックス。それでもこの消化試合に注目する理由があった。ダフィ・クラーセンの移籍により、2017-18シーズンは、二列目のポジションにファン・デ・ベークが入っている。 対するフェンロ、最終ラインの前にダミアン・ファン・ブリュッヘンを配し興味深いマッチアップが実現した。 ◆◆◆◆◆◆ バルサのウェア着衣のあすみさん。第49景をカンプノウにすると、懐かしい記憶が溢れはするのだが、凡庸な気もして躊躇う。だったら一層のこと隣のエスタディオ・ミニにしてしまえ。2メートル右隣で何を話しているのかまったく理解できない在りし日のヨハン・クライフ解説に耳を傾けながら観戦した2014年のUEFAユースリーグは唯一無二、かけがえのない体験となった。 ◆◆◆◆◆◆ 一番のりはヴィム・ヨンク。その後クライフ、ファンデル・サール、アーロン・ヴィンター、マルク・オーフェルマルス、ロナウド・デ・ブールとアヤックスの伝説が続々着席。やや離れてプジョルが腰を降ろし、試合後はクライフやデ・ブールとの旧交を温めていた。 ◆◆◆◆◆◆ クライフが帰還したアヤックスがから改革に着手したのは2012年。ヴィム・ヨンクと彼のスタッフ達は、アカデミーとクラブ全体を改革しようと努めたが、2015年12月経営陣と対立しクラブを去った。 この試合の感想も含め 2015年10月には「現在ヴィム・ヨンクがアカデミーマネージャーを務めるアヤックスは、昨年のチームを見る限り、「個」の強さを重視するクライフ流が早くも結果として表れている。」と書いていたのも、すっかり忘れていた。 http://soccerlture.com/digest_rewrite_eight/ ◆◆◆◆◆◆ ジュニア年代育成のメゾットは、2013-14シーズン終了後、オランダ全土の指導者に紹介されている。ユニークなのは、人口芝のピッチ以外、例えば石畳や屋内など異なるフィールドで、不規則な動きのボールを扱わせ、コントロール技術を向上させる手法。クライフの発想は南米のストリートサッカーと通ずる。 1995年のトヨタカップ。スコアレスドローの素因として、国立競技場の芝の状態を糞味噌にこきおろしてくれたのがルイス・ファン・ハール。クライフが知ったら、「芝のせいしている時点で技術の低さを晒している」と一刀両断されたに違いない。 ◆◆◆◆◆◆ スキルボックスによりテクニックやコンディションなど細部に渡る選手の情報をデジタル化し分析・共有した効果なのか、持って生まれた才能なのかは定かでないが、この日、エスタディオ・ミニのピッチに登場した面々は、個の強さで、バルサの同世代を凌駕していた。 ◆◆◆◆◆◆ 筆頭は昨年A代表デビューを果たした前述のファン・デ・ベークと第一景で取り上げた アブドゥラク・ヌウリ。彼も悲劇に見舞われなければ数年後はベルギー代表エデン・アザールと比較されるプレーヤーになっていたはず。この日11番をつけたヴァーツラフ・チェルニーも2015年のヨーロッパリーグ、セルティック戦、ロスタイムの決勝ゴールで脚光を浴びた。

30 07, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【48】レジェップ・タイイップ・エルドアン・シュタディアム / イスタンブール

By | 2018-07-30T10:46:36+00:00 7月 30th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

カバー写真であすみさんが握っているコースターにはサンチャゴ・ベルナベウが描かれている。スペインを代表するビールブランドはMahouと書いてマホウではなくマオウと発音する。UEFAチャンピオンズリーグ連覇を達成したジネディーヌ・ジダンの現役時代、その美技は度々「魔法」と形容された。 そのジズーが電撃退任、ロペデキが引き受けるまで、後任人事の憶測が飛び交い、候補者の中に、かつて銀河系の一員としてジダンと共にプレーしたグティの名前もあった。フベニールA(U19)を指導し複数のリーガクラブからオファーが届くなど、指導者としても評価の高いグティ。 自宅の書棚に積まれた内外蹴球雑誌の中で、一番気に入っている表紙が、こちらの写真。2011年2月2日発行のフットボリスタ№198の「顔」がグティだった。 ◆◆◆◆◆◆ お気に入りの理由は、まず①英西独伊仏いわゆる5大リーグ以外、トルコのベシクタシュのプレーヤーを選んでいる。②特集タイトルとコピーのセンスが光る。「貢献」という人生の締め括り方。斜陽に浮かぶシルエット。ベテランたちは何を残し、何処へ向かう?は秀抜。③このタイトルと好青年の面影を残した無精ひげ面でウインクする写真が絶妙にハマっている。 特集内容では、元レアルのグティ、ガラタサライでプレーするハリー・キューウェル(元リヴァプール)の近況が渡邊将之氏のテキストで紹介されている。 ちなみに、あすみさんも現役時代ソフトテニスマガジンの表紙に登場している。女子高生には事前に知らされておらず、発売当日書店の店頭で自身の表紙に腰を抜かしたとかしないとか。 ◆◆◆◆◆◆ 第49景はイスタンブールにあるレジェップ・タイイップ・エルドアン・シュタディアム(RTES)。 市内を散策してこのスタジアムに遭遇したのは2009年。急斜面に建てられたスタジアムを見下ろし、何処のクラブが活用しているのかさえ知らぬまま、「世界で最も見晴らしの良いスタジアム」の絶景に感動した。 ◆◆◆◆◆◆ 空と海の青さ、更にブルーモスクの青、極めつけはエフェス: Efesビールパッケージの青。イスタンブールは青い都市に違いないが、ガラタサライ、フェネルバフチェ、ベシュクタシュと強豪3クラブのウェアに青色が見当たらない。 ◆◆◆◆◆◆ 犬も歩けばモスクにあたるのがこの都。 中でも石の外装と磁器タイルの内装がコントラストを描くスルタン アフメットは別格。通称”ブルーモスク”を想起させる白地に青を差し色として用いたウェアはカシンパシャSK。2005年はTFF3部(4部相当)から2007-08年シュペル・リガにまで急上昇。しかし前年降格しこのシーズンは復帰するエレベーター状態。 ◆◆◆◆◆◆ 2005年にトルコ政府青少年スポーツ賞が新設したスタジアムのスタンドは片面のみ。それが急速に力をつけ昇格を繰り返すものだから、2010年には反対側にも青と黄が目に鮮やかなシートが増設され現在の姿に。眺めを堪能する意味では、以前のほうが各段に良く残念に思うのは所詮異邦人だから。地元民には日常目にする別段珍しくもない光景なのだろう。

25 07, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【47】デ・カイプ / フェイエノールト・ロッテルダム

By | 2018-08-07T22:00:58+00:00 7月 25th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

ロシア大会終了後、欧州各国代表チームは既にユーロ2020に向けて舵を切っている。中でも屈辱の予選敗退、辛酸を嫌という程舐めたイタリア、オランダ両国代表は、ここからの巻き返しに鼻息が荒い。第一回となる『UEFAネーションズリーグ』は9月に開幕するが、オランダ代表の入ったグループ1には世界王者フランスと、前王者ながら韓国に足を引っ張られベスト16にさえ届かなかったドイツが同居する。最注目のグループであることは言うまでもない。 ◆◆◆◆◆ カバー写真は昨年まで現役日本代表の華麗(?)なスウィング。何を振っているのかは後ほど述べる。 第47景はオレンジ軍団の準ホーム、ロッテルダム・フェイノールト地区にある通称デ・カイプ。前回46景で取り上げたブルッヘのヤン・ブライデルスタディオン同様、ユーロ2000で使用された。この大会でも優勝国フランスと開催国であるオランダが同居、チェコ、デンマークが加わり、ワールドカップに続きメジャー連覇を狙うフランスは、デンマーク、チェコをヤン・ブライデルで下している。一方オランダがデンマークに3勝利(3-0)したのがデ・カイプだった。準々決勝はヤン・ブライデルでのフランス対スペイン、デ・カイプではオランダがユーゴスラビアに6-1と圧勝した。 そして本命オランダは、PK戦でアズーリの前に散りオランダ国民は呆然。、仏伊ファイナルは延長戦で決着がつき、名勝負の舞台としてまたひとつデ・カイプの名が欧州蹴球史に刻まれた。 ◆◆◆◆◆ 本年のジュピラー・プロ・リーグ3月3日29節のスタッツを眺めていたら、ふと気づいたのだが、クラブ・ブルージュKVのセンターラインは、最後尾にケネス・フェルメール、3バックの中央にステファノ・デンズヴィル、中盤には現オランダ代表のフォルマ―にヨルディ・クラーシと主要ポジションをオランダ人が占めている。 ◆◆◆◆◆ フェルメールとデンズヴィルの名前に、少々懐かしい記憶が蘇る。あすみさんが不思議そうに眺めているのは、・・・張り扇。とりあえずフォアハンド。液晶を覗くとラケットとを握っていた時とは何かが違うお間抜けな写真になった。「バックハンドもやりましょうか」と本人から申し出てくれたのでシャッターを切った。まあ、これはこれで、いい写真のような気もする。楽しそうだし。 ◆◆◆◆◆ 張り倒すための扇子なので略してハリセン。オランダだけでなく、フランスやポルトガルでもフットボール観戦時に使用される。優勝杯写真左に印刷された年度は2014年。KNVBベーカー・FINALEを表している。 ◆◆◆◆◆ フェルメールはフェイエノールトからのレンタル終了で今季からオランダに戻る。入れ替わるように、昨シーズンAZアルクマールに貸し出されていたリカルド・ファン・レインが復帰する予定だが、エールディビジで出場機会に恵まれず、ベンチから戦況を見つめる時間が長過ぎた。 ◆◆◆◆◆ かつてこの記念誌の表紙を飾った頃放ったオランイェでの輝きは失われており、正直レギュラー確保も厳しい。 ◆◆◆◆◆ それでも4月8日フェイエノールトが待ち構えるデ・カイプでのKNVBベーカー・決勝戦ではスタメンに名を連ねた。後半12分ロビン・ファン・ペルシーに追加点を奪われた直後に交代。僅か1分とはいえ、3月イングランド戦で代表デビューを果たし大砲バウト・ウェクホルストもこの日は不発。最終スコアは0-3。AZにとって2012-13シーズン以来5年ぶりの栄冠への道のりは、後一歩の所で途絶えた。

21 07, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【46】ヤン・ブレイデル スタディオン / ブルッヘ

By | 2018-07-21T18:00:31+00:00 7月 21st, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

ロシア閉幕から僅か一週間。熱気冷めやらぬ欧州で新シーズンが開幕。ベルギーでは明日22日スーパーカップでクラブ・ブルージュとスタンダール・リエージュがブルッヘで激突する。 ◆◆◆◆◆ 2016年12月18日横浜国際総合競技場、クラブワールドカップ決勝でのレアル・マドリード戦。 それまで欧州を旅していて、現地のファン、サポーターに、最も名前が知れ渡っているJクラブは、「ウラワ・レッズ」だと勝手に認定していた。想像するにあの応援スタイルが動画などで注目されているのだろうと。 しかしこの日から、白い巨人を苦しめた「鹿島アントラーズ」が世界で最も知名度の高いJクラブになったに違いない。実際「KASHIMA」について聞かれることがしばしば。 ◆◆◆◆◆ あすみさんが、ONE PIECE好きと聞いたので、トニー・トニー・チョッパーの描かれた土産巾着袋を用意した。ギネス世界記録に認定され、欧州でも絶大な人気を誇る。こちらが日本人だと気づくと「私はルフィの妹なの」とアピールしてくるパリジェンヌに、「自分はエースの兄だからお前は妹なのか」と取り敢えず驚いてハグ。互いに大笑いした。日本ではセクハラだと喚かれるエピソードである。 ◆◆◆◆◆ 鹿島アントラーズから日本代表DF植田直通がセークル・ブルージュKSVへ完全移籍。レアル戦出場のメンバーから柴崎岳に続いて、二人目の海外移籍。昌子源にも【34景】ストラスブール等、情報が飛び交う。 ◆◆◆◆◆ 第46景はセークル・ブルージュとクラブ・ブルージュが共同で本拠地として使用するヤン・ブレイデル・スタディオン。昨年11月14日ベルギー代表と日本代表がこのスタジアムで親善試合を行っているが、半年後決勝トーナメントで再び顔を遭わせるなどとは、予想だにしていなかった。 鹿島からベルギークラブへの移籍は2002年鈴木隆行以来。思えば臙脂色のユニフォームから欧州へと羽搏くパイオニアだった。同年開催された日韓大会でもベルギー代表はトルシェ・ジャパンと対戦。当時は今ほど両国代表に差はなかった。 ◆◆◆◆◆ 現在ベルギーでプレーするのはブリュッセルの森岡亮太(アンデルレヒト)、久保裕也(ゲント)、冨安健洋、関根貴大(シントトロイデン)、豊川雄太(オイペン)。かつてリールセとスタンダール・リエージュに川島永嗣、その後永井謙佑、2013年には小野裕二と、日本人三人が同時に同クラブに所属し話題となった。リールセや森岡の前所属先であるヴェーフェーレンは、同国最大の都市アントワープから目と鼻の先。 ◆◆◆◆◆ 人口では六番目ながらブルージュ=橋と運河の狭間から北方ルネサンス文化が開花した古都の街並みは、最も訪問をお薦めする美しさ。この街のクラブと日本人プレーヤーはこれまで縁がなかった。 ◆◆◆◆◆

16 07, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【45】エスタディオ・モンティリビ / ジローナ

By | 2018-07-16T06:53:26+00:00 7月 16th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

フランス二度目の優勝で閉幕。FIFAワールドカップ・ロシア大会は、クロアチア、ベルギーの躍進、日本代表の大健闘も含め、史上最高と絶賛されたブラジル大会を凌ぐ好ゲームが続いた。 ◆◆◆◆◆ あすみさんが今回手にしているのは日本でも購入できるトラス社のゼロ・ダークチョコレート。同社はカタルーニャ地方のジローナに位置し、フランスの国境から60km、バルセロナ港から120kmの距離。売り上げの35%以上が国際市場であるのも頷ける。 1890年創立なので、スペイン最古のチョコレート・メーカーの1つ。本場ベルギーの企業との技術提携により向上した品質で、今日世界各国で愛食されている。 ◆◆◆◆◆ 第45景はジローナFCの本拠地エスタディオ・モンティリビ。訪問したのは指宿洋史(現ジェフユナイテッド市原・千葉)在籍時なので、9年前。当時はライアンエアがバルセロナのエル・プラット空港に乗り入れしておらず、ジローナのコスタ・ブラバ空港に着陸。リムジンバスは、バルセロナとジローナ駅に運行していた。 ◆◆◆◆◆ ジローナFCはクラブ創立以来初の二部昇格で沸き返っていた。そして昨季クラブ創立87年目にして悲願の1部昇格を果たしている。開幕戦でアトレティコとドロー、10節ではレアルからまさかの逆転大金星。マドリッドのビッグクラブ相手にカタルーニャの弱小軍団が起こしたドラマは歴史を知るものにとって痛快極まりない。 ◆◆◆◆◆ 今回、ロシア大会には、ジローナFCから3選手がエントリーしている。日本のサッカーファンに認知されたのは、コロンビア代表の左サイドバック、ホアン・モヒカ。原口元気とのマッチアップ。原口に押し込まれたモヒカは、攻守両面で精彩を欠いた。第二戦ではベンチかと思いきや、ペケルマンの期待に応えポーランドを圧倒、セネガル戦も粘り強い守備で無失点に貢献した。イングランド戦でも後半41分のクロスで見せ場をつくり終わってみれば全四試合フル出場。昨年までの代表キャップ数2から8まで伸ばしレギュラーの座をを確保している。 ◆◆◆◆◆ ゴールキーパーのモロッコ代表、ボナは出番なし。 ジローナFCの大黒柱は、クリスティアン・ストゥア―ニ。↑ 画像クリックで youtube《Girona FC vs Atlético de Madrid》動画

13 07, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【44】エスタディオ・ド・ベッサ /  ポルト

By | 2018-07-13T22:27:57+00:00 7月 13th, 2018|Categories: Soccerlture League, 未分類|0 Comments

あすみさんが手にしたボトルは、アデガ・ド・モレイロ。モレイロとはポルトガル語で風車を意味する。その名の通りラベルに描かれている六角形の風車が目印。ワイナリーがあるのはリスボン北部のトレシュ・ヴェドラシュ。日本の量販店では南米産のボトルにしか手を延ばさない筆者が、欧州産で唯一、継続して購入するほど、1000円/本以下のお手ごろ価格ながら、けして侮れないポテンシャル。 ◆◆◆◆◆ 世界を熱狂させた蹴球の宴も残るはファイナルと三位決定戦のみ。振り返ればバロンドールを独占してきた二巨星が決勝トーナメント1回戦で舞台を降りた。リオネル・メッシ31歳、クリスティアーノ・ロナウドは既に33歳。年齢的にも最後のワールドカップとなることは否めない。クリスティアーノは、初戦スペイン代表との隣国対決で、いきなりハットトリックを達成するなど、それなりにインパクトを残したが、ウルグアイのルイス・スアレス−エディソン・カバーニの強力2トップと、お家芸の堅守にメジャー大会連覇を阻まれた。 但しズラタン・イブラヒモビッチが代表から引退したスウェーデンの快進撃同様、クリスティアーノ依存から脱却することで更に強くなる可能性を秘めているのが今のポルトガル代表。次代のタレントが続々と芽吹いている中でも、筆頭は昨年から今年にかけて大ブレイクしたブルーノ・フェルナンデス。スポルティング・リスボンのアタッキング・ミッドフィルダーは、昨季国内リーグMVPを獲得。しかし彼の生まれ故郷はポルトの北側近郊にあるマイア。 ◆◆◆◆◆ 第46景は彼が少年期を過ごしたボアヴィスタFCの本拠地エスタディオ・ド・ベッサ。 その名が世界に知れ渡ったのは、ポルトガル五輪代表の背番号10番が写し出された2016年8月4日。アトレティコ・マドリーで頭角を現していたアンヘル・コレア擁するアルゼンチン五輪代表相手に2-0と快勝。2アシストを記録したブルーノ・フェルナンデスが当時在籍していたのはセリエAのウディネーゼ。 グループリーグを突破して、8月13日ベスト8でドイツと対戦、4-0の完敗後ブラジルから向かった先はイタリア北西部の港町。 ◆◆◆◆◆ サンプドリアが彼に用意した背番号は10。合流して一週間でセリエA開幕戦を迎える。エンポリでのアウェー戦は長男とプレス席に腰を降ろした。しかし開幕直前に加わった新参者はベンチを温めたまま試合終了のホイッスルを聞く。 ◆◆◆◆◆ 翌週の第二節 スタディオ・ルイジ・フェッラーリの結果をガゼッタで確認する。連勝好発進にサンプドリアの名物オーナー、マッシモ・フェレーロも大喜び。アンデルレヒトから電撃移籍のデニス・プラートはスタメンで採点も6と、まあまあの評価。フェルナンデスは終了間際6分間のみの出場で評価なしのSV。ところが3節から3連敗2引き分け。9節のデルビーでスタメン、好パフォーマンスで6試合ぶりの白星をもたらすと、11節インテル戦からレギュラーに定着、シーズンを通して攻撃のタクトを振るった。 ◆◆◆◆◆ 15年程時計の針を戻してみるとFCインフェスタのアカデミーに別れを告げ、ボアヴィスタの門扉を叩く10歳のブルーノ少年がいる。それからU15→U17→U19と2012年まで8年の間、順調に才能を伸ばした。 ◆◆◆◆◆ ポルトのフランシスコ・サ・カルネイロ空港の入国手続きを終えるといきなりスタジアムツアーの宣伝広告が目を飛び込んでくる。 ピッチとの距離が近い英国式スクエア型のスタンド。その傾斜角は45度近い急勾配。2004年のユーロ開催に向け大規模な改修が行われ現在の佇まいに。

10 07, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【43】コリセウム・アルフォンソ・ペレス /  ヘタフェ

By | 2018-07-10T10:23:43+00:00 7月 10th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

明日はベスト4が激突。敗退国では、代表引退宣言や既に新シーズンの移籍のニュースが飛び交う。日本人では今大会で一気に評価額を高騰させたのはヘタフェの柴崎岳。 ◆◆◆◆◆ 第43景はスペインマドリッドの南側、ヘタフェにあるコリセウム・アルフォンソ・ペレス。1998年竣工なので比較的新しい。収容人員も18000人弱。個人的には大き過ぎず、小さ過ぎず、程よいキャパシティだと感じている。但しメインスタンド以外は屋根がない。プレス席からだとこんな感じ。 ◆◆◆◆◆ アルフォンソ・ペレスの響きは90年代の名前だけで、全然無敵艦隊じゃなかったスペイン代表を知るものにとっては懐かしい。ペレスはヘタフェの出身であってもこの街のクラブに在籍した期間はなく、乾貴史が移籍したことで日本国内でも注目が高まるであろうレアル・ベティスで活躍した点取り屋。 ちなみにヘタフェの西隣、フエンラブラダにはフェルナンド・トーレスの名前を冠したスタジアムもある。 ◆◆◆◆◆ 12号線のLos Espartales駅から5分もかからないアクセスの良さ。 カバー写真であすみさんが手にしたボトルは、アルトザーノのベルデホ&ソーヴィニヨン・ブラン。 続いてシェリー酒を注がれたマンサニージャ・ラ・ヒターナのグラス。アンダルシア特産の白ワインであるシェリー酒は1835年創業のゴンザレス家と英国の販売業者ビアス家の共同経営により、西英両国から欧州へと広がり「銘酒」として育まれた。 ◆◆◆◆◆ ヘタフェから更に60キロほど南へ下ると遺跡の街トレド。2006年この街にゴンサレス・ビアス社はフィンカ・コンスタンシアなるワイナリーを開設している。アルトザーノはこちらで醸造された製品。 コリセウム・アルフォンソ・ペレスの施設内には試合がない日でもバールが営業している。当然注文するのは昼間から赤ワイン。 しかしこのクラブを柴崎が間もなく去るのは、間違いない。 ◆◆◆◆◆ 日本代表対ベルギー代表。日本の48に対し、ベルギーは279と約6倍の数値。これが紙一重と言われる両国の差。日本の主な敗因としても過言ではないだろう。しかしこの数字が何かと質問して即答できるサッカー通は結構少ない。ビギナーの方向けにヒントとしてベルギー代表の内訳も。

3 07, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【42】ヒデクチ・ナーンドル・シュタディオン / ブダペスト

By | 2018-09-16T01:15:17+00:00 7月 3rd, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

もはや狂喜の祭典と化したロシア大会。その主役は日本代表であり、火中の栗を拾った西野劇場は幕を閉じた。 幕開けは5月19日コロンビア戦。敵将はアルゼンチン人のホセ・ペケルマン。 勿論、前回ブラジル大会で、ザックジャパンをコテンパンに叩きのめした指揮官を知らないサッカーファンはいないだろうが、我々の世代にとっては、95年カタール、97年マレーシア、2001年の自国開催とU20で世界を三度制した「育成の名手」のイメージが強い。この95年カタール大会以降、Jリーガーで構成された日本代表がアジア予選を突破して本大会に出場しているが、93年豪州大会のアジア予選(92年UAE開催)は、西野朗監督と山本昌邦コーチで挑み、宿敵韓国の前に苦汁を飲んだ。大会後西・山コンビはこの世代を託され、アトランタ五輪を目指すことに。 第42景はハンガリーの首都、MTKブダペストの本拠地。ヒデグチ・ナーンドル・シュタディオン・スタジアム。 コチラで書いたとおり、初訪問時は2013年6月。あすみさんが持っているのは、シーズンの最終戦のチケット。 ◆◆◆◆◆◆ 現在は近代的なスタジアムに様変わりしプレス・ジャケットもこのようなオリジナルデザインを採用しているが、5年前は日本円に換算して1000円もしないチケットを購入していた。プレス席、VIP席と一般席の区別もなく、古巣を応援しに来た代表のエース、ジュジャークを簡単に見つけることもできた。 ◆◆◆◆◆◆ 試合前に列挙されたベンチ入りメンバー氏名に目をやり「さすがに知っている選手はいないだろう」と半ば諦めていたのだが、・・・いた。 記憶に自信がないので、宿に戻りPCを開いて確認した。 この日、MTKブダペストの対戦相手は デブレツェンVSC。ベンチに控える背番号7はティボル・ドンビ。 ◆◆◆◆◆◆ 1996年7月25日オーランド・シトラスボウルスタジアム 最終戦で対戦したハンガリー五輪代表の右ウィンガー。同じく背番号7の赤いユニフォーム姿のドンビと、マッチアップした背番号3は鈴木秀人。(日本から見て)左サイドで繰り広げられたスピーディーな攻防にブラウン管の前で釘付けとなった。 1973年11月11日生まれなのでこの時39歳の大ベテラン。そんな彼も2016年にスパイクを脱いでいる。 ◆◆◆◆◆◆ 最終戦を前に敗退が決定していたハンガリー五輪代表ではあるが、金メダリストのナイジェリアとの初戦は0-1、ブラジル戦でも一度は同点に追いつくなど、欧州予選を勝ち抜いてきただけのことはある。 ◆◆◆◆◆◆ それにしてもこのシチュエーションは出来過ぎ。だからこそ西野監督も敢えて火中の栗を拾いにいったのか? 初戦は南米勢の中でもブラジル、アルゼンチン同様攻撃的気質のコロンビア。(ウルグアイやパラグアイ、チリは守備的に分類される。)二戦目は身体能力が高いブラックアフリカン。 ナイジェリアに比べ、守備面での規律=組織面で優れたセネガルは今回アフリカ最強の誉れが高い。そして最後に東欧の古豪は、ハンガリーの隣国ポーランド。

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