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9 10, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【61】スタディオンFKヴィクトリア・ジシコフ / プラハ

By | 2018-10-09T16:57:48+00:00 10月 9th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

チェコを代表する音楽家 レオシュ・ヤナーチェクの没後90周年に当たる本年。代表曲の歌劇『ブロウチェク氏の月への旅』はビール好きのオヤジが酔っ払って月に住む芸術家と絡むストーリー。たしか設定はフラッチャニにある居酒屋。初公演もプラハ国民劇場。 ◆◆◆◆◆◆ 2018年4月8日朝、プラハhlavní nádraží中央駅に到着。西側に隣接した公園を進めば通り沿いにトラムの停車場。2番、7番、9番、26番左から来たらどの車両でも良いから飛び乗れば良い。どうせワンストップで下車するのだから。フシネツカで降りれば目の前がスタジアムの入り口。これまで訪問したスタジアムの中で、最もターミナル駅からの移動に時間を割かずに済んだのが第61景プラハのスタディオンFKヴィクトリア・ジシコフ。 ◆◆◆◆◆◆ チェコ二部リーグ2017-18シーズンの第21節。11位と14位の対戦でも、慌ててスタジアムに駆け込む程、気になったのがこの選手。ヤン・クフタは、1997年8月生まれ。この試合の時点では20歳の若手ストライカー。彼の名前を知ったのはこの試合から12日前。 ◆◆◆◆◆◆ 欧州フットボールシーズンがクライマックスを迎える中、一足早く終了したU20エリートリーグ。昨シーズンの国際マッチデ―に欧州の強豪8か国で総当たりリーグ戦を開催。U20代表は97年1月1日以降に生まれた選手が対象。 首位ドイツと3位チェコまで勝ち点差3の状況、最終節を迎えたが波乱は起きず、結果優勝はドイツ、続いたイングランド、チェコが、セカンドグループ5か国を引き離してのフィニッシュ。 ◆◆◆◆◆◆ チェコは3月27日アウェーで若きオランイェと対戦。開始6分いきなり先制ゴールを決めたのがヤン・クフタだった。 スパルタからスラヴィア・プラハの育成部門に移り、U19→U21へと昇級。トップの層は厚く、武者修行として一部のボヘミアンにレンタルされたのが2016年。昨季は4カ月だけ二部で過ごしたが、今季は一部のFCスロヴァーツコで経験を積むことに。 しかしスタディオンFKヴィクトリア・ジシコフで赤白縦縞のユニフォーム姿のクフタは、決定機に決めきれなかった。それでも8分の先制点で試合の趨勢はホームチームに傾くはずが・・・ あづ紗さんが手にしたコースターに刷られたクルショヴィツェ醸造所のロゴ。 ◆◆◆◆◆◆ プラハより西に50キロほど離れた街のブリューワーは、社会主義時代の国有企業から89年のビロード革命を経て、1993年完全民営化され、 米国や英国へと輸出される。 2007年7月にハイネケンが買収されても残念ながら日本ではお目にかかれない銘柄。

5 10, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【60】シュクリュ・サラジオウル・スタジアム / イスタンブール

By | 2018-10-05T12:54:42+00:00 10月 5th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

UEFAコンペティションは2節が終了。グループステージの星取表に目を通した中で、勝ち抜け予想がひと際困難なのはヨーロッパリーグのD組だろう。 昨季プレーオフを3位で終了したアンデルレヒトは、試合開始から後半立ち上がりまで計5枚のイエローカードを連発する形振り構わぬスパルタク・トルナヴァの堅守にゴールを割れず、2節もまさかの連敗。 驚くべきはUEFAランキング61位のフェネルバフチェと77位のディナモ・ザグレブ。数字以上に実力差があると思っていたが蓋を開けてみれば、4-1でザグレブの圧勝。その勢いでアンデルレヒトも飲み込んだ。 ◆◆◆◆◆ 一方フェネルバフチェは、イスタンブールでレスターから貸し出されたアルジェリア人ストライカーが連発。復調の兆しが朧気ながら見えてきたか。 あづ紗さんの手にはトルコ最大手のビールメーカー、アナドル・エフェス社のブランドとなった銘柄『ボモンティBomonti』のコースター。 昨年日本に入荷された際のCM。和歌山県近海でエルトゥールル号が海難事故にあった1890年。トルコ共和国(旧オスマン帝国)で初めてビールが醸造された。アドルフとウォルター・ボモンティ兄弟の名前をブランド名にした醸造所の跡地は現在、ビジネスの拠点であると同時にショッピングセンターやレストランが立ち並び、トレンディスポットとして観光客で賑わう。ボスポラス海峡の欧州側、ボモンティ地区を挟んで北にガラタサライ、南の港町ベシュクタシュがホームスタジアムを構える。 ◆◆◆◆◆ 一方イスタンブール広域市のアジア側カドゥキョイ。都内でいえば欧州側=山の手に対しと下町の関係。ダービーに異常な熱気が帯びるのも頷ける。 筆者が最初に訪問したのは2008年の冬。安宿に泊ったが財布をスられて高くついた。そんな出来事さえ時間が過ぎれば貴重な経験と笑って話せる。 ◆◆◆◆◆ 最後に訪問したのは2015年の秋。この年の夏、IS自爆攻撃への抗議と国内侵入を許した政府批判のデモを警察が鎮圧したばかり。「テロの脅威に対する注意喚起」の文字を至るところで目にした。 その後2016年12月にヴォーダフォン・アリーナ 【22景】でも触れた爆弾テロが勃発。中心部は観光客が激減したのに対し、カドキョイ地区は然程影響なく、生活感を漂わせている。 第60景は同地区にあるフェネルバフチェの本拠地シュクリュ・サラジオウル・スタジアム ◆◆◆◆◆ 今季ここまでフェネルバフチェは国内リーグ7試合を消化、2勝4敗1分け(10月4日時点)と冴えない。相手がガラタサライやベシュクタシュならいざ知らず、ローカルクラブに3連敗ではフィリップ・コクも頭が痛い。 顔ぶれを見ても一昔前と比べると、国際的な知名度のある選手は、元オリンピック・マルセイユコンビ、マテュー・ヴァルビュエナとアンドレ・アイェウ、トルナヴァ戦で2ゴールを決めたイスラム・スリマニぐらい。 写真は2012年に発売されたFRANCE FOOTBALL誌。リーグカップ決勝当日に購入した。デシャン時代のOMがお気に入りでこんな事も書いていた。 ◆◆◆◆◆

30 09, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【59】スタディオ・シルヴィオ・ピオラ / ヴェルチェッリ

By | 2018-09-30T23:21:23+00:00 9月 30th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

あづ紗さんとイル・ポッゾ バルバレスコのボトル。トリノを州都とするピエモンテ州周辺で栽培されるネッビオーロ種の醸造は、この地域以外ではなかなかお目にかかれなかったが、最近はカリフォルニアや南アフリカでも栽培されている。 ◆◆◆◆◆◆ ブルゴーニュのピノノワールと似ている気もするが、畑の地質や生産者の指向性によりワインの味は大きく異なる。ヴェルチェッリ県のガッティナーラで栽培されるスパンナは、呼び名が違うだけで同じ品種の黒ぶどう。ネッビオーロの名はクーオネ県でしか通用しない。 ヴェルチェッリ県の県都ヴェルチェッリ市はトリノとミラノのほぼ中間、微妙にミラノが近いか。長男と二年前の夏休み、訪問した際も最終列車で宿泊先のミラノへと戻った。・・・と以前同じことを書いたのを思い出した。 http://soccerlture.com/italy-eleven/ FCプロ・ヴェルチェッリは当時セリエBで開幕戦。しかし今季のステージは三部。2011-12シーズンにプレーオフに勝ち抜き、2012-13シーズン、実に65シーズンぶりのセリエB昇格以来しがみついてきたのだが。 ◆◆◆◆◆◆ 駅南側ローマ広場から大通りコルソ・ジュゼッペ・ガルバルディを真っ直ぐ歩き左方向でセッテンブレ通りへ、カマナ公園を手前のテルナ通り、奥のトリポリ通りのどちらを曲がるか迷ったがトリポリ通りを選ぶと僅かに遠回りだったと後になって気づく。 ◆◆◆◆◆◆ 北側のゲート壁面に描かれたグラフティ。公用車のエンブレムが剥げているのもご愛敬。スタディオ・シルヴィオ・ピオラは1932年に建てられただけあって、ファサードは趣ある佇まい。写真は《長靴・・・》にupしたので其方を見ていただきたい。 ◆◆◆◆◆◆ 2011年以降改修を重ねイタリアでは珍しく人口芝を使用している。スタジアム南側に面したマッサウア通りは、歩行者天国どころか完全閉鎖の通行止め。 ◆◆◆◆◆◆  この開幕戦は不可解な判定に苦しみながら土壇場で追いつきドローに持ち込んだホームチーム。中盤の攻防ではプロヴェルチェッリが終始優勢で存在感を発揮したのは右ハーフの21番と右サイドバックの3番。スタジアムでは名前も知らかったジョカトーレの経歴を翌日調べる。21番ルカ・カスティーリャ(1989年3月生)クーオネ県チェバの出身。典型的なセントラル・ミッドフィルダータイプ。 ◆◆◆◆◆◆ 一方3番のウンベルノ・ジェルマーノ (1992年4月生)はヴェルチェッリ県のチリアーノ出身。この日は右サイドバックに配置されたが中盤の前でも後ろも熟せるユーティリティープレーヤー。実はこの二人には共通点があった。共にユヴェントスのプリマヴェーラ出身。

25 09, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【58】ドーサン・アレナ/ プルゼニ

By | 2018-09-26T18:42:58+00:00 9月 25th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

9月18日モスクワのシェルメチボ空港を発つアエロフロート機。チェコのプラハ ヴァーツラフ・ハヴェル・プラハ国際空港行きの便に西村拓真も搭乗した。 ◆◆◆◆◆ 人口17万のプルゼニに空港はないが、プラハからバスで1時間半の距離。ピルスナー発祥の地には1842年創立のウルケルと、1869年のガンブリヌスの2大ブランドがある。 ◆◆◆◆◆ あづ紗さんの目の前にある麦酒銘柄はブドヴァー。英国留学時に旅行でチェコまで足を延ばした際に飲んだらしく、少しだけ懐かしの味なのだとか。 その起源は13世紀修道院で醸造が行われた時代にまで遡る。プルゼニよりさらに南、オーストリアに近いチェスケー・ブジェヨヴィツェに設けられた醸造所。この舌を噛みそうな都市名をドイツ語ではブドヴァイスと発音したのが、ブランド名の由来である。 第58景はプルゼニのドーサン・アリーナ ◆◆◆◆◆ 2018年9月19日は、かつてないほど、日本のサッカーファンが注目したはず。しかし西村拓真がガンブリヌス缶のデザインが施されたベンチに腰を降ろしたものの、ピッチに入る機会はなかった。11,312人の観客が見守る中、チェコ代表クルメンチクが烈火の如き連続ゴールで2-0とリードしながら、アディショナルタイム3分、左からのコーナーキック、エリア内で両軍縺れあいPKを献上。20歳のクロアチア人ニコラ・ヴラシッチが決め土壇場で勝ち点1を手繰り寄せた。ホームチームの指揮官パヴェル・ヴルバは背を向け、手で顔を覆った。どアップの渋い表情は今春、プラハでのボヘミアン戦時撮影したショット。 ◆◆◆◆◆ グループのもう一試合、昨季王者レアルとベスト4ローマの激突はサンチャゴ・ベルナベルで貫録の3-0。次節プルゼニの相手はローマ。 ローマとプルゼニは一昨季、ヨーロッパリーグのグループステージでも同居しており二年ぶりの対戦。昨季CL準決勝でバルサに土をつけ欧州の度肝を抜いたローマを、一昨季ELへとプレーオフで蹴落としたのはFCポルト。 抽選翌日のコリエレ・デロ・スポルト紙面でも大きく取り上げ、「何でポルトやねん!?」とロマーノの友人は怒り、彼の嫌な予感は的中した。 ◆◆◆◆◆ 2016年9月15日グループステージ初戦は開始間もなくローマがPKを獲得。ペロッティが決めるが7分後にマレク・バコシュがクロスに頭であわせネットを揺らす。後半互いにゴールを割ることはなくドロー。 西村拓真の電撃移籍がなくても、プルゼニとCSKAモスクワの試合には惹かれるものがあった。 UEFAネーションズリーグ、ウクライナ戦の4日後。ウクライナとの国境に近いロストフ・アリーナでチェコ代表はロシアとの親善試合が組まれていた。 自国開催FIFAワールドカップで堂々ベスト8の看板に偽りなく5-1でチェコ代表を破ったロシア代表。 その9日後、代表に続いてクラブで同国対決が実現。しかし現ロシア代表の主力はゼニト勢。CASKAからは2016年帰化したサンパウロ州出身のマリオ・フェルナンデスのみスタメンに名を連ねた。 チェコ代表チームのプルゼニ所属はセンターバックのラディム・ジェズニーク、セントラルミッドフィルダーのトマーシュ・ホジャヴァ、途中出場したストライカーのミハエル・クルメンチク。

22 09, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場【57】 ワンダ・メトロポリターノ / マドリッド

By | 2018-09-23T06:36:55+00:00 9月 22nd, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

UEFAネイションズリーグが今月遂に開幕。世界王者フランス代表は、初戦ドイツとドロー、第二戦ではオランダを一蹴した。 7月15日世界中のサッカーファンがTV画面に釘付けになったロシア大会の栄光は既に過去のもの。 あづ紗さんのカバー写真は、何となくTVを観てるような感じの写真。そしてザビワカにしがみついてもらった。 ◆◆◆◆◆ モスクワ・ルジニキスタジアムのピッチに立った22名。革命歌「ラ・マルセイエーズ」を斉唱するフランス代表にアントワーヌ・グリーズマン、リュカ・エルナンデズ、ラファエル・ヴァラン。対するクロアチア代表にはシメ・ヴルサリコ、そしてルカ・モドリッチ。 ◆◆◆◆◆ 昨日の友は今日の敵。4月8日マドリードダービーでの対戦は、スコアレスドローで折り返し、クリスティアーノが先制ゴールを決めた数分後、にグリーズマン。背番号7の競演で双方譲らず。グリーズマンの髪が中途半端な長さで寝起きの自分と変わらないのが気になる。 ◆◆◆◆◆ 第57景は、今シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ(CL)、決勝の舞台に選ばれたワンダ・メトロポリターノ。 アトレティコ・マドリーの新スタジアム建設について三年前寄稿している。磯野家の未来を心配していたが東芝がスポンサー降板したのは想定外。 http://soccerlture.com/blue_sky_of_iberia/ 結局スポンサーの中国企業大連万達グループの名前を冠した新スタジアムの建設は、1億ユーロの利益が生じる計画から 1億7000万ユーロの負債を抱え込んだ。 ◆◆◆◆◆ マドリード空の玄関口、バラハス空港に到着。滑走路から建設費3億ユーロを投じた巨大なスタジアムを目にする。カニジェハス地区とラス・ロサス地区の間に位置し環状線M-40号から近いが空港周辺の道路は迷路のようでお薦めできない。 ◆◆◆◆◆ 第37景に記した通り、このスタジアム訪問は、UEFAヨーロッパリーグ(EL)準々決勝1STスポルティングCP戦の直後。入手したBALONの頁をめくると、見開きで2015年12月のベンフィカ戦の写真。このシーズンはグループステージで同居し、共にノックアウトラウンドへ。アトレティコはファイナルまで駒を進めた。 ◆◆◆◆◆ 欧州の街を歩けば、歴史の重みを実感させられるが、フットボールにおいても新聞、雑誌は兎に角過去を掘り下げるのが大好き。 右頁下に、アトレティコ対ポルトガル勢の対戦スコアが表記されているがベンフィカ戦の前となると2011-12シーズンのギマランイス(EL)、2009-10スポルティング(EL)、08-09ポルト(CL)までは良いとして、1986-87ギマランイス(UEFAカップ)、81-82ボアヴィスタ(UEFAカップ)と昭和まで遡り、1963-64のインターシティーズ・フェアーズカップ/ポルト戦に至っては「来年の大河ドラマでやるでしょ。この時代を」と独り言を呟く。

16 09, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【56】 AFASスタディオン / アルクマール

By | 2018-09-28T11:30:26+00:00 9月 16th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

昨季クラブ創立50周年を迎えたエールディヴィジの強豪AZアルクマール。合併したアルクマールとFCザーンストレークの頭文字が現クラブ名の由来である。 2012年にはヴァレンシア、2014年にはベンフィカに敗れ、UEFAヨーロッパリーグではベスト4進出ならず。但しアルクマールの人口10万人強の小都市であることを忘れてはいけない。 ◆◆◆◆◆ 2006年に17,000人収容のスタジアムがお披露目された際には、些か驚いた。こんな小さな街で随分立派な器を用意したもんだと。当時の冠スポンサー企業はDBS銀行。完成直後に、2階建てのスタンドを増設し3万~4万席まで拡張する計画がぶち上げた時は、「それはさすがに無茶だろう」と首を傾げたが、2009年同銀行の破綻が報道されると、一瞬目が点になった。 2010年にビジネスソフトウェアを開発企業AFAS社が名乗りを上げ現在の名称に。ベルギーへとシェアを拡げた同社は2014年からKVメッヘレンの共同スポンサーにもなる。 ◆◆◆◆◆ 第56景はアルクマールのAFASスタディオン。三年前に書いたのがコチラ http://soccerlture.com/do_not_hung_around_alkmaar/ Jリーグとの比較ならば人口7万人の鳥栖市をホームタウンとするサガン鳥栖。フェルナンド・トーレスが来たのも驚きだが、昨季は3年ぶりに平均入場者数が14000人越えは立派。お隣に久留米市なる30万都市=ブリジストンの創業地があり、鳥栖駅と久留米駅は10キロも離れていないのだから潜在顧客はアルクマールの比ではない。トーレス効果は大いに期待できるだろう。 ◆◆◆◆◆ このテキストを書いた2015-16シーズンは、平均入場者数は15000人を超えていたのだが、一昨季、昨季は大台に達せず。エールディヴィジ全体に目を向けると16-17シーズンの1万9287人から17-18シーズン1万9014人と減少してはいるものの比較的安定している。 レベルの低下が懸念されるエールディヴィジだが集客力は5大リーグに次ぐ位置をキープしていると思ったら昨年、順位を一つ下げた。何処の国が盛り上がったかと思えば、イングランドのチャンピオンシップ。確かにブレンドフォードも満員だった。 ◆◆◆◆◆ “アルクマールを歩き回るな“と駄洒落を書いた理由は、この写真。人口ひとりあたりの自転車保有率が世界で最も高い国らしいが、アムステルダムでもロッテルダムでもこんな駐輪状況の蹴球場は見たことがない。 ◆◆◆◆◆ 車でもA9高速道路出口が近くて便利。駅からはバス163番Uitgeest方面バスを利用できるが歩いても30分程度。ならば駅前を中心街=スタジアム方向に200メートルも歩けばレンタサイクルがあるので、《歩き回らず自転車を借りる》のがお薦めというわけ。 こけら落しのアーセナル戦から2週間、2006年8月19日開幕戦。1万5837人の間の前でルイス・ファン・ハール指揮するAZはNACブレダを8-1と木っ端微塵に粉砕した。 ◆◆◆◆◆ 一方、この年の夏、日本でもAとZが大きな話題となる。青森県弘前出身の現代アーティスト奈良美智、大阪のクリエイティブユニットgraf、更に日本全国から集まったボランティアの数は約850人。吉井酒造の煉瓦倉庫には国内外から約8万人が訪れアートワークを鑑賞した。

13 09, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【55】ゼネラリ・アレナ / プラハ

By | 2018-09-13T17:38:46+00:00 9月 13th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

プラハ国際空港から早朝便でロンドンに発つ。深夜空港に入り、アルコールを注入して搭乗口を開くのを待つ。ブラニックは、チェコでもポピュラーな銘柄。初めてプラハを訪問した際、ドレスデンから列車でポドババ駅に到着すると日が暮れていた。市内中心部から外れた宿を手配したのは若気の至り・・・といえるほど若くはない。 ◆◆◆◆◆◆ 街灯のない暗闇を歩く怖さは都会暮らしに慣れてしまうと結構きつい。辿り着いてまずは喉を潤したのが、このブラニック。結局一時間近く駅周辺を歩き回った後だけに美味さは二倍増し。 ◆◆◆◆◆◆ 第55景はチェコプラハのゼネラリ・アレナ。大手保険会社がネーミングライツを取得しているが、かつては日本の自動車メーカーが冠に。ヴァルタヴァ川の西岸にあるレテンスケー公園。この周辺レトナ地区はスポーツ施設が目白押し。 ◆◆◆◆◆◆ 空港では同国を代表する自動車メーカー、シュコダSUKODAのラリーカーが展示されていた。19世紀に創業されているが軍事製品を輸出して成長したイメージが強い。ディスプレーにはモーター・スポーツ以外では自転車とアイスホッケーの支援が表示されているがフットボールは見当たらない。それでも前日アレナで観たアウェーチームの胸にそのエンブレムを確認したばかり。 ◆◆◆◆◆◆ チェコのフットボールの文献を初めて熟読したのはスポーツ・グラフィック「Number」の498号だった。「不敗神話の国・探訪記」チェコ共和国眠れる獅子」の見出しで、橘昇氏のテキスト。写真はカイ・K・サワベ氏が撮影し5頁のボリューム。今読み返すとより興味深い内容ではあるが、印象に残っていたのはキャプションに「19歳のMFロシツキ(中)は代表入りした」とだけ記され当時スパルタに所属していた、ロシツキーの笑顔だった。 ◆◆◆◆◆◆ それから四年、トーマス・ロシツキーのインタビューに頁をめくる手がとまった。ワールドサッカーダイジェスト誌でジーコ率いる日本代表が東欧に遠征、大戦直後にVladimir NOVAK氏のインタビューによる記事。勝者日本で印象に残った選手として三都主、小野、稲本、そして得点者の久保を称えている。 ◆◆◆◆◆◆ 正確な日時は2004年4月28日。 トヨタアレナ。ワールドサッカー・グラフィック誌で小寺かずみ氏が執筆した「今だからこそ求められる資質~失われたポリシーと浪費した二年間の代償は~」は二年後ドイツ大会での惨敗を予見していた。 ◆◆◆◆◆◆ 古い雑誌を本棚から引っ張り出したのは、先日開幕したUEFAネイションズリーグの影響かもしれない。 47景でふれたとおり、今後日本代表が親善試合で欧州勢とのマッチメイクを組むのは極めて難しくなった。一昨日森保ジャパンの初陣が、コスタリカ代表、続いてパナマ、ウルグアイまでは決まったが、11月の相手は未だ未定。格上のスパーリングパートナーは南米勢だけに限定されるのは厳しい状況ではあるのだが、絶望する必要もない。クラブレベルでは外国人枠の問題など欧州で日本人がプレーする環境は向上しているのだから。 ◆◆◆◆◆◆ 2017年12月3日HETリガ第16節ゼネラリ・アレナ。あず紗さんが手にしたカバー写真は同日のマッチデー・プログラム。 ヴァルタヴァ川を26号線のトラムで越えると右斜め、目の前線路沿いにスタジアムが現れた。師走のプラハ、その寒さを証明する写真、屋根にオレンジ色の列を成しているのは暖房機器。 ◆◆◆◆◆◆ 2000年当時16チームで派遣を争うチェコリーグで圧倒的な強さを発揮するACスパルタプラハを指揮していたのは、サンフレチェやジェフでプレーした経験を持つ元Jリーガー、イワン・ハシェックだった。ヴィクトリア・ピルゼンが首都の強豪を退け頂点に君臨するのが現在。 それでもこの日のスパルタは前半怒涛のゴールラッシュ。 ◆◆◆◆◆◆ そしてピッチには背番号10のレジェンドが登場する。三週間後に電撃引退宣言をしたロシツキー。その雄姿をSDカードに収められるのは、これが最後であることは明白だからこそロンドン行きの便を極限まで遅らせてでも足を運ぶ価値があった。 ◆◆◆◆◆◆ 試合終了後スタンドのサポーターに笑顔で応えたロシツキーの写真で締め括る。ケガに悩まされ続けたフットボール人生だったが、若々しく清々しいその表情は18年前のNumber誌面と差ほど変わっていない。【五十五景了】 文/撮影:横澤悦孝 モデル:森川あづ紗

6 09, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【54】オリンピアコ・スタディオ ・スピロス・ルイス / アテネ

By | 2018-10-28T16:53:26+00:00 9月 6th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

台風に続き地震と列島に襲いかかる自然の猛威。日本以上に地震に悩まされる人々が思い浮かぶのはエーゲ海。 世界の国旗を並べても、真っ白な建物とエーゲ海の青さと直結するギリシャ旗は一際目を惹く。 ◆◆◆◆◆◆ 古代ギリシャ人の服装は、男女ともに一枚布を体に巻きつけていたが、神官が黄色を好んだ話を美術館で聞いた覚えがある。かつてアテネでは女神アルテミスを崇める祭りでは、黄色の衣を纏った少女達が踊ったと伝えられる。 原宿にもオープンしたWorld Breakfast Alldayは8月~9月のメニューがギリシャの朝食なのであづ紗さんと訪問。 同国のカスタードパイ「ガラトピタ」も表面(上部)は鮮やかなキツネ色、断面もほのかに黄みを帯びて食欲をそそられる。 ギリシャの首都アテネのフットボールクラブといえばオリンピアコスとパナシナイコス。 おそらくこの2強は日本でも良く知られているが、現在一番熱いのは三番目のクラブAKEアテネ。第54景はパナシナイコスとAKEアテネが本拠地として使用するオリンピアコ・スタディオ ・スピロス・ルイス。 ◆◆◆◆◆◆ 2017年12月7日 ウィーンのエルンスト・ヘッペル。 ウィーンから西に110キロ離れたヴィーゼルブルグ。マッチデー・プログラムとこの街の地ビール、ヴィーゼルブルガーの瓶。 ◆◆◆◆◆◆ 2018-19シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ(CL)プレーオフが終了。6クラブが加わりグループステージに臨む32クラブが決定した。 注目は2006-07以来のグループステージ進出を決めたAEKアテネ。12年前は、1ポイント差でUEFA杯にまわったが、11月21日のホーム、オリンピアコでは首位ミランを1-0で破っている。 ◆◆◆◆◆◆ ミランとの相性の良さは昨季も証明しており、初戦のリエカ戦を2-1で勝利すると、ミランとの2試合を含む残り全試合をドローで、ステージを突破した。その初戦の結果を報じるクロアチアの紙面と同国の麦酒銘柄カルロヴァチコ。 ◆◆◆◆◆◆

30 08, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【53】ラインエネルギーシュタディオン / ケルン

By | 2018-08-30T22:53:52+00:00 8月 30th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

ドイツと云えばビール。ビールと云えばドイツ。16連邦州の中で最大の人口数を誇るのがノルトライン=ヴェストファーレン州。州都デュッセルドルフ以外にも、ケルン、ドルトムント、デュイスブルグと大都市が犇く。 あづ紗さんが手にした小瓶はケーニッヒ・ピルスナー。王を意味するその名のまんま、ラベルには王冠のデザイン。デュイスブルグの醸造所に始まり、現在は各国に輸入されているので日本でも比較的手に入り易い。 同じ州でもピルスナー(ラガーに含まれる)のデュイスブルグから南に70キロ程移動すれば、ケルシュが味わえる。「蹴る酒」と変換ミスをすれば、フットボール通が好みそうなこのビールの製法はケルン地方ならでは。上面発酵の酵母を使用して下面発酵並み(10℃以下)に低温で熟成させているので、ピルスナーとエールの良い所どりの麦酒が出来上がる。 ◆◆◆◆◆◆ 中央駅前にそびえる荘厳なゴシック様式の大聖堂を前にして、シュタンゲと呼ばれる200mlの円柱グラスでケルシュを味わえる幸せ。最近では日本にもケルシュブランドのガッフェルが購入できるらしい。 ◆◆◆◆◆◆ ケルンの名所ホーエンツォレルン橋。この写真が今回掲載した中ではイチ押し激レアなのだが、撮影時当時は想像だにしていない。 53景は1FCケルンの本拠地、こちらも日本のフットボールファンの間でお馴染みのラインエネルギーシュタディオン。 日本中が放心状態となった2014年ブラジル大会。グループ最下位、惨敗の中で見出した数少ない光明が、当時24歳の大迫勇也が露わにした悔しさだった。年齢的にピークを迎える次回ロシア大会、ロンドン五輪世代の香川真司と大迫の肩には国民の期待が圧し掛かった。 1860ミュンヘンで独二部デビューしてから半年で迎えたブラジル大会。終了後は念願の一部ケルンへと移籍して四年間を過ごした。二部で燻っていたケルンを昇格させたのは、前回に続き登場いただくペーター・シュテーガー。 ◆◆◆◆◆◆ オーストリア国内を制覇したシュテーガーは、国境を北に越えた2013-14シーズン。小国の一部から大国の二部へ。ラインエネルギーシュタディオンは5万人のキャパシティ。ドルトムント就任時、センセーションと報道された程ではなくとも、クラブの規模と格=伝統を考えれば栄転に違いない。 ◆◆◆◆◆◆ 実はこのシーズン開幕ダッシュに失敗している。三節までドローが続き、漸く四節SVザントハウゼン戦で待ちに待った初白星。5節引き分けでこの時点での順位は10位。 ウィンターブレーク開けの20節、パーターボーン戦でユニバーシアード日本代表の長澤和輝が途中出場デビュー。27節は初スタメン翌28節では当時1860ミュンヘンに所属していた大迫との日本人対決も実現している。 19勝4敗11分、2節を残しての優勝と、ドイツでも就任一年目から確り結果を出した。ラインエネルギーシュタディオン集客数は年間合計78万人を超え、一試合平均でも46000人を記録している。 ◆◆◆◆◆◆ 筆者がケルンを初めて訪問したのは2009年。駅前から大聖堂の裏側には博物館が密集している。ローマ帝国時代に植民地として築かれたこの都市では至る所でローマ時代の痕跡に気づかされるが、聖堂に隣接しているのはローマ・ゲルマン博物館。考古学好きにはお薦め。 ◆◆◆◆◆◆ ケルン工芸美術館は「ピカソからウィーホールまで」と題してマックス・エルンスト/ロイ・リヒテンシュタイン/ニキ・デ・サン・ファール※【三景】参照他計40人のアーティスト、150の彫刻、装(宝)飾品を展示。 ◆◆◆◆◆◆ ヴァルラフ・リヒャルツ美術館では、「月」をテーマにエドワール・マネの 1869年作ブーローニュ港の月光(オルセー美術館所蔵)や1969年アポロ11号宇宙飛行士、月面着陸の写真を見た記憶が蘇るかと思いきや、まったく思い出せないから脳の老化は否めない。 ケルンでこの写真を撮影したのは6月25日。目を覚ますとTVはマイケル・ジャクソンン急死のニュース一色、世界中で追悼セレモニーが催されたので、これだけは忘れようがない。 ◆◆◆◆◆◆ 前回も述べたとおり、シュテーガーのチームづくりは選手ありきで、戦術的に目を見張るものはない。奪われるリスクを制限し、ミスを最小限に抑えようと考えるタイプ。頑強な守備陣形で構えて、落ち着いて組み立てるスタイルを貫きケルンを欧州戦線にまで引き上げた。これはドルトムントの前任者ピーター・ボスが高めのラインで前からハイプレスをかけるスタイルと対照的。 一方オーストリアでは二年目のロジャー・シュミット率いるレッドブル・ザルツブルグが猛威を振るった。独特のハイプレッシング戦術は、ラングニックとグロース直伝。彼らのコンセプトからすれば、自陣深い位置でリトリートからバックパスを選択する方が遥にリスキーな行為となる。 そして2014-15シーズン、ケルンの昇格とレバークーゼンからの招聘、ピッチ上でペーター・シュテーガーとロジャー・シュミットは1年半ぶりに再会。ピッチサイドで対峙する両者への注目度は格段に上がっていた。 ◆◆◆◆◆◆ ドイツ・ブンデスリーガ13節 2014年11月29日 試合の映像で見覚えのある横顔はケルンに加入したドゥサン・スベント。かつてシュミットが左サイドバックを任せたスロバキア代表は本来サイドハーフ。中盤にを厚みを持たせ、守備はリトリートで凌ぐシュテーガーの意図が読み取れる配置。終わってみればレバークーゼンが65%とボール支配率で圧倒する。後半逆転されると最終ラインを削り前線に大迫を投入したシュテーガー、更にセンターバックを一枚下げ、前に人数を割いてしまえば、手薄となった所を突かれてダメ押し弾を喰らうのは当然。終了間際にも2失点。シュート数はレバークーゼンの15に対しケルンは僅か3本。この時点で3位をキープするレバークーゼンに格の違いを見せつけられる羽目に。一躍時代の寵児と持て囃されたシュミット。 ◆◆◆◆◆◆ 2015年4月25日 観衆は 4万5千600 人。 ホームで雪辱を狙うシュテーガーは4-4-2を採用しアンソニー・ウジャと大迫のツートップで雪辱を誓う。前半は0-0で折り返し。均衡が破れたのは後半15分。ユリアン・ブラントのゴールで先制したのはレバークーゼン。しかしアクシデント発生。キリアコス・パパドプーロスの負傷で3枚目のカードをきる大誤算。逆に我慢し続けたシュテーガーが、一気にゲームの流れを手繰り寄せにかかる。67分左サイドを入れ替えると、主将ブレチュコを下げて3トップ、更にマティアス・レーマンを長澤に代えて中盤の活性化を図る采配が実を結ぶ。83分途中出場のフィネが同点ゴール。その後スコアは動かず結末はドロー。それでもポゼッションで55%と上回り、シュート数を比べてもレバークーゼン5に対しケルンは倍の10本。このゲームでケルンが得た手応えと自信はけして小さくはない。 あづ沙さんが持つストラップはUEFAヨーロッパリーグ(EL)E取材時にプレスチケットと一緒に渡された品。 ◆◆◆◆◆◆ 昨季ブンデスリーガでは低迷、降格したケルンではあるがELでは大迫がベラルーシ王者から2ゴールを奪い、アーセナル戦もフル出場し勝利に貢献。ロシアでの大迫は、四年前とは比較にならない程自信に溢れ、披露したプレーからは余裕すら感じられた。スタイルの異なる国のビッククラブに国際試合で勝利した経験はやはり大きい。香川同様、ケルンで大迫を指導したサムライブルー陰の功労者は、故郷ウィーンからロシアでの雄姿に眼鏡の下で目を細めていたのだろうか。笑福亭笑瓶似のウィナーを招聘するクラブはこの夏まだ現れていない。 ◆◆◆◆◆◆ さて、2022年カタール大会。前回の大迫同様、悔しさを糧に成長が期待されるのはサポートメンバーとしてロシアを経験したリオ五輪世代の浅野拓磨。井手口陽介はリーズからの要請で同行できなかった。 2014年の南アフリカ大会時には予備登録する程、ザッケローニはU19代表(当時)南野拓巳の才能を買っていた。アウェーゴール差で、レッドスターの前に涙を飲んだが、EL=マドリッドへの道が残されている。 四大会連続のアジア予選敗退で世界に届かなかった世代。12年組では久保裕也、遠藤航、植田直通、14年組は関根貴大、奥川雅也、そして南野、井手口が既に欧州を戦場に選び、更に東京五輪組で切磋琢磨する堂安律に冨安健洋。 ◆◆◆◆◆◆ カタール大会の主軸を担うであろうリオ五輪世代が、アジア予選に挑む収穫の時は2021年。 何処の国のリーグ、何処の都市のクラブでプレーするのか以上に、伸ばしてくれる指導者と巡り会えるのかが将来を左右する。フットボールに限らす人との出逢いで人生が変わるのは洋の東西を問わず。 最後に2009年から9年の歳月を経た現在のホーエンツォレルン橋。ケルン出身のバンドHöhnerが2009年に発表した(曲の)プロモーションビデオの影響で大ブーム。実り過ぎて少々気持ち悪い。【五十三景了】 文/撮影:横澤悦孝 モデル:森川あづ紗

24 08, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【52】レッドブルアリーナ/ ザルツブルグ

By | 2018-08-24T03:34:44+00:00 8月 24th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

2018-19シーズンが開幕。ボルシア・ドルトムントはルシアン・ファブレ監督のもと始動。香川真司にはベシクタシュからの熱烈なラブコールも報じられるが如何せん今季UEFAチャンピオンズリーグ(CL)の出場権は逃している。 昨季CL出場回数で内田篤人の日本人最多記録を更新した香川。渡欧初シーズンとなる10-11シーズンにはヨーロッパリーグ(EL)のグループステージ全て出場。15-16シーズンには、ベスト16でリヴァプールに敗れるまで8試合に出場。本戦だけでもUEFAコンペティションに8年連続、出場総計は46、負傷欠場さえなければ大台の50に到達していたはず。 ◆◆◆◆◆◆ 本日ベシクタシュはELのプレーオフ、パルチザン・ベオグラード戦に臨む。48景で取り上げた目下絶好調のライアン・バベルと香川の競演も実現すれば興味深いが、やはりCLで躍動する日本人の姿を見たい。バベルはホッフェンハイム在籍時の2011年8月に香川と初対戦。しかしその4カ月前にシュツットガルト戦で岡崎慎司とピッチで顔をあわせている。 上の画像はバベルが表紙のアヤックスマガジン(2006年)。画像箱をひっくり返したら元祖”SHINJI”とも対戦しており吃驚した。 バベルは前年17歳でトップデビュー。クライファート二世と称された注目を2005年4月のデ・カイプの映像。15分のダイジェストは少々長いが、クラシケルならではの好勝負。 昨季のドルトムントは最終節、ホッフェンハイムに敗れ4位でフィニッシュ。目標のCL出場こそ辛うじて達成したものの既定路線により退団したペーター・シュテーガー前監督。 ペーター・ボシュの後を引き継ぎ就任当初の12月半ばから2月にかけて国内リーグでは無敗。ところがレッドブル・ザルツブルグに敗れ欧州戦線から脱落すると、シーズン前に交渉していたルシアン・ファブレの名前が各紙面を賑わした。 ◆◆◆◆◆◆ 3月15日のレッドブル・アリーナ、ドルトムントの指揮官ペーター・シュテーガーが、母国で激しいブーイングを浴びる姿が目に浮かんだ。溜飲を下げたのはザルツブルグのサポーター達。スコアレスながら初戦の貯金でザルツブルグがベスト8に進出。手腕を買われたザルツブルグのマルコ・ローゼの名前が、ファブレと共にドルトムントの次期監督候補として浮上する。 写真は、あづ沙さんが手にしているのはレッドブルの製品。前置きが長くなったが、第52景はザルツブルグにあるレッドブル・アリーナ。 レッドブル・アリーナは、もうひとつある。米国東部ニュージャージー州のハリソン市にあるのはニューヨーク・レッドブルの本拠地。このスタジアムが完成するまでは、NFLでお馴染みジャイアンツ・スタジアムを使用しており、2009年に訪問した記憶と写真。 ◆◆◆◆◆◆ 1994年のFIFAワールドカップ米国大会、準決勝のブルガリア戦。ロベルト・バッジョが2ゴールを決めた会場は、人工芝の上に天然芝を敷き詰められた特別仕様。 ◆◆◆◆◆◆ 欧州に馴れた人であれば、このレベルでチケット代24USドルを高いと感じるはず。NFLで使用するヤードラインがそのまんま残されており、後付けで黄色いサッカー用のラインが加えられた見慣れないフィールドは結構視難い。 ◆◆◆◆◆◆

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