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18 05, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【36】ユヴェントス・スタジアム / トリノ

By | 2018-05-17T20:41:12+00:00 5月 18th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム|0 Comments

日本代表もW杯の予備登録メンバー35人を発表、FIFAワールドカップ・ロシア大会が目前に迫り、欧州のシーズンもクライマックス。このぐだぐだコラム連載も、時流に乗って徐々にそっちよりへ移行する。 ◆◆◆◆◆ 第三十六景は、イタリア唯一の民間大型蹴球場として知られるユヴェントス・スタジアム。 トリノの街については 第14景でFCトリノの本拠地 スタディオ・オリンピコ・ディ・トリノで取り上げているので省略。案内表示の東洋博物館と生牛肉を目当てに度々訪問している。 ◆◆◆◆◆ 但しユヴェントス・スタジアムに足を運んだ事はあっても、実は試合を観戦したことがない。構造物への興味だけで、写真を撮ったら数分で敷地内から立ち去るケースも然程珍しくない。 ところが気づけば3シーズン連続でアレッグリが指揮するイタリア王者をスタンドから見下ろしていた。 ◆◆◆◆◆ まずは2014-15コパ・イタリア決勝。会場は毎年変わらぬ首都ローマのオリンピコ。対戦相手のACミランには本田圭祐の名前がスタメンに。この試合がタイトル獲得に向け、唯一最大のチャンスであったが夢は潰えた。 ◆◆◆◆◆ 続く2015-16シーズンはUEFAチャンピオンズリーグ(CL)グループステージ。会場はオリンピック・リヨンの本拠地、今シーズンのヨーロッパリーグファイナルの場でもあるパルク・デ・オリンピック。退場者を出しながらもホームチームを破るのだから憎らしいほど強い。 そして先月はサンチャゴ・ベルナベウでCLクォーター・ファイナル。こちらは次回第37景で取り上げる。 ◆◆◆◆◆ そんな訳でスケジュールを組むと其処に何故か貴婦人が入ってくる。自然と贔屓になるかと思えば、これがまったく為らない。むしろアンチ。 おそらく1996年、アヤックスの連覇をPK戦なるおよそフットボールとは掛離れた手(足?)法で阻止された怒りの炎は、この退化した脳みそが忘れても、肝臓の辺りでいまだに燻っているのかもしれない。 ◆◆◆◆◆ 2015年のCLファイナル、あすみさんが持っているのはレキップなのでTV観戦したのはパリ市街だったか。カバー写真は2017年のCLファイナル、こちらはチャイナデイリー、ブダペストでTV観戦した後、翌日北京に移動した際機内で手に取ったのが同紙。スペインがビッグイヤーを独占し過ぎるのもどうかと、この2試合だけはユーヴェに肩入れしていたはず。

14 05, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【35】エスタディオ・1.デ・マイオ / ブラガ

By | 2018-05-14T19:42:03+00:00 5月 14th, 2018|Categories: Soccerlture League, 未分類|0 Comments

欧州の伝統的な食べ物にクリスプ・ブレッドがある。ブレッド=パンなのだが、北欧ではクラッカー状の薄い形状のパンを指す。一方南欧でクリスプ・ブレッドと云えば、ドゥルセソル社の製品。 ◆◆◆◆◆◆ あすみさんの鼻腔を蕩かすのはオレガノの香り。まずはそのままひとくち。その後筆者お薦めの塩とオリーブオイルを少々加味して頬張ってもらうとこの表情。 ◆◆◆◆◆◆ 1950年代にヴァレンシア近郊ヴィラロンガで創設され、現在はスペインを代表する食品メーカーへと発展。このトマト味を初めて口にした時、「まいう~」と漏らしたかは定かではないが、「これはフットボールだね」と感じた奇妙な印象は今も変わらない。 ◆◆◆◆◆◆ 第35景はポルトガル第三の都市ブラガにあるエスタディオ・マイウ~・・・もといマイオ。 古代ローマ帝国がイベリア半島を征服した時代から栄えたこの街にスタジアムが誕生したのは1950年。外壁、外構部、更には全席石段なので座布団持参をお薦めする。石積みを目の当たりにすると竣工まで四年を費やしたのにも納得。 ◆◆◆◆◆◆ 1974年カーネーション(無血)革命により独裁政権に終止符が打たれた際、現在の1.デ・マイオ(5月1日)=メーデーに名前が変更された。 ◆◆◆◆◆◆ あすみさんの写真を撮影した時には、ヴァレンシア市内のスタジアム掲載時のカバーを考えていた。 しかし先月ギマライエンスからブラガ市内に到着した際、ドゥルセソル社のロゴ入り車両を複数見かけた。スペイン国外、フランスやイタリアでも販売しているので不思議ではないのだが、詰まらないことを気にして肝心な所が抜け落ちる性分。キーボードをたたいてみると、島々を含むポルトガル国内のプロモーションを手掛けている販売代理店ホセ・マヌエルD.フレイタス社はブラガ所在。GOOGLEマップに表示された位置は北部と南部二か所。いずれもスタジアムから1~2キロの距離にあるので今回はブラガに変更。 ◆◆◆◆◆◆ 撮影した写真の日付は2018年4月15日  ブラガとビットーリア・ギマランイスのセカンドチームが2部リーグにエントリーしており対戦。紙面順位表に目を通すと16位と10位。1部リーグを目指すクラブと比べても意味がない。 ブラガ県ミーニョ地方の両クラブによるダービーとあって、スタンドからは(意外に)熱気を感じるたのだが、この写真はバックスタンド側無人くん。3万人収容で300人程度の観客がメインスタンド側にいたはず。 ◆◆◆◆◆◆

9 05, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【34】スタッド・ドゥ・ラ・メノ/ ストラスブール

By | 2018-05-10T11:25:17+00:00 5月 9th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

ナイトゲーム撮影時に防寒着を欠かせなかったポルトガル、一方汗ばむ陽気の東欧から帰国すれば、日本は青葉繁れる好季節。 そしてワールドカップモードに突入。前回椎名林檎の「NIPPON」が物議を醸したNHKのテーマ曲を今回は誰が担うのか。芸術とは創作者と鑑賞者、即ち送り手と受け手、パサーとレシーバーの関係で成り立つ。猫に小判の価値はわからず、飛べない豚はただの豚である。 ◆◆◆◆◆◆ カバー写真のモデルさんも大山成美さんから三代目にバトンタッチ。今回招聘した平久保安純(あすみ)さんは、この春早稲田大学社会科学部を卒業した新社会人。学生時代はソフトテニスの日本代表として活躍した輝かしい経歴の持ち主。数々の国際大会を経験する中で、普通の女の子が味わえないものを口にしたり、貴重な体験をしている彼女の逸話は、今後徐々に紹介する。まずは撮影の緊張を解すために、シャルドネを口に含んでもらった。 ◆◆◆◆◆◆ フランスの中東部に位置するブルゴーニュ地域、絡み合う運河の隙間に点在する古城を眺め、シャルドネ以外にも本家本元のピノノワール、シャブリ、ボジョレーを味わおうと世界のワイン通が集う。その東、ドイツ国境沿いまではアルザス・シャンパーニュ。字面を眺めるだけで舌の上で風味がはじけるから不思議。 ◆◆◆◆◆◆ 地域圏の首府ストラスブールの街並みは、ラテンとゲルマン双方の文化が漂いフランスの中でも異彩を放つ。 シュツットガルトからパリへ移動する際の途中下車。一度だけ立ち寄り、スタジアムも遠巻きにして眺めたが撮影はしていない。 そこで今回はもう一人強力な助っ人を招聘した。早稲田大学からの交換留学生としてこの街で暮らす細井辰真さん。先月プラハ滞在時、偶然同室になった日本人は、可也のフットボール通。彼がメスを訪問した際、撮影した川島選手、フレデリック・アンツ監督とのツーショットがこちら↓ ◆◆◆◆◆◆ 第三十四景はRSストラスブールの本拠地スタッド・ドゥ・ラ・メノ。 2010-11シーズンに財政難で5部にまで沈んだ名門が今季遂に1部に復帰。 ◆◆◆◆◆◆ リーグアン第7節 9月24日の対ナント。3万人キャパの同スタジアムに23,408人の観客。 10月25日のASサンテティエンヌとのリーグカップ戦は平日(水曜)開催ながら18,317人を動員している。当面の目標、一部残留はクリアできるであろう今シーズン。 ◆◆◆◆◆◆ ところでフランスのリーグで初めてプレーした日本人は廣山望(2003年モンペリエに所属)だが、東洋人ならば1998年の徐正源(ソ・ジョンウォン)。彼が在籍したのは、このRSストラスブールだった。 あすみさんを撮影するにあたり、プレーの映像を視聴すると、画面には韓国代表とのラリーの応酬。半年間に及ぶ強化合宿を設けて国際大会に臨むらしいプロ集団の韓国は女子選手でも屈強な体躯を誇る。それに比べて早稲田の女子大生プレーヤーはしなやかではあるが、その肢体はあまりにも儚げ。 プロリーグを発足した韓国に対してアマチュアの日本A代表がまるで歯が立たなかった80年代の日韓サッカー情勢が脳裏に蘇る。

3 05, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【33】ヴァースライズアレナ/オーステンデ

By | 2018-05-14T16:52:32+00:00 5月 3rd, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

今回でカバー写真の大山成美さんは任期満了。「え・・・?あたしおしまい?」の吹き出しが似合いそうな写真を最後に残しておいた。 ビールの小瓶を持った写真が妙に多くなっている。これはご本人のキャラの影響も少なくはない。 第23景コペンハーゲンといえばカールズバーグ。1988年からスポンサー契約を結んだUEFA主催欧州選手権とリヴァプールの胸ロゴは今でも記憶に残る。ベニテスの奇跡と感動(2005年)をクロップは、キエフで再現できるであろうか。 ◆◆◆◆◆ そして1994年からUEFAチャンピオンズリーグの公式スポンサー、ハイネケン。現在世界でも最も多くの国で飲まれている。第24景で紹介したとおり、ヘンクで販売されているクリスタルも同グループの製品。 第33景はKVオーステンデの本拠地、ヴァースライズアレナ。当日の入場券(立ち見)と列車チケット、マッチデープログラムにジュピラーの瓶、4点セットで撮影・掲載したのがコチラ ◆◆◆◆◆ 都市名は「東の端」だが、ベルギー最北端オーステンデは、ブリュッセルから列車で15分。港の帆船には18世紀貿易港として栄えた歴史の名残り。市内中心部を散策、聖堂以外に目をひくモノは特に見当たらないが、街中でも潮の香が微かに漂う。水平線の彼方は英国ブリテン島。 王室御用達のリゾート地はどんなものかと砂浜を西に向かったが、歩き疲れて結局トラムを二区間利用した。 ◆◆◆◆◆ これはもう黄金色の液体で喉を潤すしかない。スタジアム内でカップに注いでもらいグビグビ喉を鳴らし、ぷは~と息を吐く。そこで初めてカップの文字がMAESであることに気づく。 言いわけになるが、基本、取材・撮影=お仕事でスタジアムに出入りしているため、毎回ビールを飲んでいるわけではない。ベルギーのスタジアムでビールを飲んだのは過去に・・・数回。・・・たぶん。そのすべてがリーグの冠ジュピラーだった。スタジアムの外を含めてもMAESを飲んだのはこの時が初めてだったので、ファインダーに収めてみた。 ◆◆◆◆◆ フットボールファンが勝手にハイネケンこそ世界一と思い込むのも頷ける。但し世界シェアの3位カールズバーグ、2位のハイネケンを圧倒するのは14世紀にブリュッセルの東、ルーヴェンのアルトワ醸造所から発展したインターブリュー。正確な名称はアンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABインベブ)社。 ◆◆◆◆◆ かつてインターブリューの二枚看板は日本でも手軽に入手できる小麦=白ビール醸造のヒューガルデンと、現地でやたら広告が目に入る修道院=Abbey ビールの代名詞レフ。 それが2000年、同社は初めてイギリス海峡を越え、ホイットブレッドを買収、更にバスをカールズバーグとの競合の末23億ポンドで傘下に収める事に成功する。

27 04, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【32】ウェンブリー・スタジアム / ロンドン

By | 2018-05-01T19:45:03+00:00 4月 27th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

第32景は聖地ウェンブリー。言わずと知れた世界最大の屋根付蹴球場である。旧年は酉年。仇敵アーセナルの順位を上回りスパーズのファン・サポーターは、22年間溜まりに溜まった溜飲を下げた。17-18シーズンも好調、プレミアではロンドン勢最上位の四位をキープ、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)も最終節を迎える前にグループステージを余裕でクリアしたのだから大満足で年を越せたはず。 年明けユヴェントスの前に涙を飲んだが今大会屈指の名勝負。それにしてもこの後、ローマVSバルサ、ユヴェントスVSレアルと名勝負の連鎖には驚きを隠せず。 ◆◆◆◆◆◆ 成美さんが持っているフラッグ。実はプリントされているトッテナムのエンブレムが雄鶏だと最近まで知らなかった。きっとロンドンには磐田でジュビロ君のモデルになった三光鳥のような野鳥が生息していたんだろうと勝手に決めつけていたのである。果たして・・・これがニワトリに見える読者・ユーザーがどれほどいるものか。 ◆◆◆◆◆◆ 消火試合になってしまったとはいえ、この旗を振ったサポーターで大賑わい。ガラス張りの壁面におなじみのシンボルロゴが投影されるのを見ると感無量。 実はこのニューウェンブリーが完成した際、重ねた歴史と伝統が威厳を醸すツインタワーが取り壊されたと聞いて愕然とした。実際ロンドンでもツインタワーを別の場所に移せないかと、議論されたとか。旧ウェンブリーの着工は1922年だが、このツインタワーは1889年の大英博覧会のために建造されている。辛うじて旧ウェンブリーの面影を残すのが1966年世界を制した代表チームの主将ボビー・ムーアの銅像とあって、記念撮影に興じるファンも多い。 ◆◆◆◆◆◆ 筆者だけでなく多くの日本人ファンがウェンブリーの存在を身近に捕らえたのはJリーグ開幕を控えた1992年。欧州王者は年末に来日することが慣わしだった当時、クライフ率いるバルセロナが欧州を初めて制覇した会場として、脳裏に刻まれたから。 また1995年には日本代表がイングランド代表と対戦したアンブロカップ。一度は同点に追いつかれ本気モードのスリーライオンズ。頭に包帯を巻いた中山雅史の雄姿も回想すれば郷愁を感じる。 ◆◆◆◆◆◆ それが、近代的で無国籍なデザインになってしまったのは誠に残念。それもそのはずデザイン・設計を担当したのは、米国カンサスシティに本社を構えるポピュラス。 1983年HOKのスポーツ専門の設計・建築部門が設けられ英国のロンドンと豪州のブリスベンを拠点に国外へも進出。これまで野球のメジャーリーグやNFLで使用される多くのスタジアムを手掛けた。サッカー場ならば現在、世界にふたつある日産スタジアムの、もうひとつのほう、2017年のCONCACAFゴールドカップの公式戦が行われたテネシー州ナッシュビルの日産スタジアムは同社デザイン。またアーセナルのエミレーツに、ウエストハムの五輪スタジアムと、ロンドンの巨大蹴球場は漏れなくポピュラスの作品。 ◆◆◆◆◆◆◆ さてウェンブリーに来た以上、まずはコレを撮影しなくてどうすると、レンズを向けたのはコレ。ツインタワーに代わる象徴、それは41個のリングが、まるで天に架かる虹を連想させるアーチ。これこそ大揉めの新国立競技場デザイン騒動のおかげで、建築にまったく興味のない方まで知ることになった「キールアーチ」。ここまで巨大な建物でこの構造が可能なのかと素人でも疑問に思うが、アーチが屋根を上から支えており、唯のモニュメントではないと聞かされれば納得してしまう。 実は、当初新国立競技場のコンペで故サハのデザインに次ぐ評価を受けたがオリジナリティに欠けるという理由で涙を飲んだ豪州のコックス建築設計事務所の案。フィールドを上げ底にすることで、陸上トラックを仮設できる多種目対応型だったが、これはウェンブリーのパクリ・・・もとい同様のアイディア。個人的にはこちらのデザインに一票を投じたかったのだが。 ◆◆◆◆◆◆◆ 冒頭でニワトリにふれたが、今回のキャッチ画像も何枚か成美さんを撮影した中から見事な「アヒルぐち」を採用した。先代のななせさんといい、今時の若い娘さんはこちらがリクエストしなくても上手にアヒルぐちの表情をつくる。

24 04, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【31】オリンピックスタジアム / ロンドン

By | 2018-05-09T22:33:39+00:00 4月 24th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム|0 Comments

ロンドン北東部エセックス州のスタンステッド空港に間もなく着陸。機窓から眺めは果てしなく続く田園風景。成美さんが持っているチケットは空港駅~ストラドフォード駅のスタンステッドエクスプレス。そして宿泊最寄のセブンシスターズまでのメトロ。エリザベス・クリーン・オリンピック・パ-クが目的地ならば、ヒースローよりもこちらが断然便利。 ◆◆◆◆◆ 第31景は現在ウエストハム・ユナイテッドの本拠地。6万人収容のオリンピックスタジアム。2012年五輪開催時、サッカー競技はすべてウェンブリーで行われ、このスタジアムでは開閉会式と陸上競技種目が行われた。 ◆◆◆◆◆ スタジアムに隣接しているのはかの有名なロンドンマラソンのコミュニティ・トラック。競合相手のトットナムは、トラックを撤去しフットボール専用球技場にする提案に対し、多目的活用を掲げ陸上トラックを残したのがウェストハムの勝因。 最大の特徴である上部に組まれた白いパイプは廃棄材のガス管を再利用しており、それはロンドン五輪プロジェクトの象徴。 ◆◆◆◆◆ チケットとグッズのストアは別棟を設けており、スペースは申し分ない。 ◆◆◆◆◆ メトロの駅は何処を利用しても距離的に大差はなく、帰りは駅を利用した。いずれにしても駅までは殺風景。スタンフォードブリッジやエミレーツとはロケーションが異なる。 ストラッドフォード駅前の巨大ショッピングモールだけ別空間なのはウェンブリー周辺も似たようなものだったがスケールが違う。 ◆◆◆◆◆ オマーンとの大陸間プレーオフを制したセネガル代表は五輪初出場。しかし結果は南米の強豪ウルグアイを下してのベスト8進出。 2012年8月4日メキシコに延長戦のの末敗れるも、その後日本もブラジルも90分以内で決着がついている。金メダリストを最も苦しめたのがセネガルだった。 大会終了後ウエストハムの本拠地に、ウェンブリーで輝いた褐色のプレーヤーがやってきた。既に大会前、ウィガンを離れ在籍していたのはオーバーエイジ枠で出場したモハメド・ディアメ。クレテイユ出身の彼は父親の故郷を代表に選んだ。2シーズンを経て2014年ハルシティへ。入れ替わるようにベルギーからシェイフ・クヤテ。 ◆◆◆◆◆ 2013-14シーズンにアンデルレヒトが国内三連覇を達成。複数のポジションをこなしMVP級の活躍を見せていた彼が移籍した途端三位に転落。クヤテ同様ベルギーで脚光を浴び現在ナポリでプレーするクリバリ。この二人を突破するゴールマウスへの道のりは嶮しく遠い。 ◆◆◆◆◆

17 04, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【30】アヴィヴァ・スタジアム / ダブリン

By | 2018-04-27T20:39:18+00:00 4月 17th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

冒頭から行き成りカミングアウト。実はあまり黒ビールが好きではなかった。もちろんアルコール飲料である以上あれば飲むが、通常のビールを避けて黒をオーダーすることはない。 それでも本場のアイリッシュ・パブで飲んだギネスは、口から自然に「美味い」の言葉が零れ落ちるほど美味い。ケルト音楽を奏でるうえで必須の楽器がハーブとパグパイプ。 ◆◆◆◆◆ 成美さんの目の前、ラベルに刷られているのもハーブを用いた紋章。とにかくアイルランドといえば『ダニーボーイ』である。このアイルランド民謡はアメージング・グレイスと並ぶ癒し系マイフェイバリットソング=着メロとかに設定する曲。ダニーボーイと聞いて?がつく方でもこのケルテックウォーマンの動画を見聞きすれば「ああ、これか」と納得。 第30景はアイルランド、ダブリンのアヴィヴァスタジアム。所有者は同国のラグビー協会とフットボール協会。サッカー専用ではなく多目的スタジアムに分類される。 訪問したのは昨年6月11日 FIFAワールドカップ・ロシア大会欧州予選、アイルランド代表対オーストリア代表。この日手渡されたビブスはクライフNo.14。若い方にはわからなくても、オジサン達世代ならば共感を覚える憧憬の番号。珍しく緊張して撮影意欲に満ち溢れていたのはこの時だけ。 ◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆◆ 試合は1-1のドロー。「♯18 欧州予選の陰にもうひとりのハリー」で試合の内容にふれているのでスルー。それでも一枚Upしたい写真がコチラ。題名は「アヴィヴァでアラバ」・・・ ◆◆◆◆◆ プレスルームのガラスケース内に展示された記念品がこのスタジアムで催された数々の歴史を語る。プレートには2011年9月2日の刻印。三色国旗から赤を除いたホワイト&ブルーのユニフォーム。白を基調としたデザインをスロバキア代表はホームで用いる。チェコとの分離後初の出場となた2010年のワールドカップ・南アフリカ大会ではイタリアを破る金星=初白星でベスト16に。2012年のユーロ、2014年ブラジル大会は予選で涙を飲んだが、2016年ユーロ・フランス大会ではロシアを破りイングランドと引き分けてベスト16。2018年ロシア大会の切符は逃したが、10年間でメジャー大会二度のベスト16は人口万人の東欧小国において称賛に値する。 ◆◆◆◆◆ 写真のマッチデープログラムは昨年12月1日HETリガ16節のスラヴィアプラハ対バニーク・オストラヴァ戦。今季大量補強の目玉は、ゼニトから移籍金なしで獲得した元ポルトガル代表ダニーと、フェネルバフチェのスロバキア代表ミロスラフ・ストフ17番。4-2-3-1の右サイドに定着。ブルサシュポルで細貝萌の同僚だった彼は28歳にして既に代表キャップ数55。2011年9月2日のユーロ予選アイルランド戦にもフルタイム出場している。一方左サイドのドゥサン・スヴェントは負傷でベンチにも姿はない。 ◆◆◆◆◆ 過去に一度だけスロバキア代表の試合を観戦したのは、アイルランド戦から約半年後のロッテルダム。ユーロ開催直前、オランダ代表の調整試合にはストフとドゥサン・スヴェントが出場していた。スラヴィアに在籍していた2006年にA代表デビュー。アイルランド戦は欠場したが、ユーロ・フランス大会、ロシア大会予選まで主力で活躍していた。昨季ケルンからスラヴィアに7年ぶりの復帰を果たしたスヴェント。 ◆◆◆◆◆ デ・カイプで見かけた女子高生も今では素敵なVROUWに成長しているはず。

13 04, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【29】スタディオ・ピエル・ルイジ・ペンツォ / ヴェネツィア

By | 2018-05-03T03:13:39+00:00 4月 13th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

欧州広しといえど、この街に似た情景は何処にも見当たらない。ストックホルムを『北欧のヴェネツィア』と称しても本家とは明らかに風情が異なる。 勿論メーラレン湖とバルト海を繋ぐガムラスタンの旧市街に見るべき価値はある。しかし150を越える運河に掛けられた橋の数は400を上回る。細い路地とこの橋が網の目のように張り巡らされ、まさに迷路。水面の美しい「輝き」と景観の異端ぶりは筆舌に尽くし難く、実際に自分の眼と脚で体感するのをお薦めする。 映画祭、現代アートと建築のビエンナーレが催される為、度々訪問はしている。サハラ砂漠方面からの乾燥した高気圧が雨量を減らすが、前述の運河の影響で夏はかなり蒸し暑い。移動手段も限られる為、自ずと歩かざるを得ない。 ◆◆◆◆◆ 成美さんが握っている小瓶はイタリアで最も愛飲されているモレッティ。同国内各都市にてグラスに注がれた中で、一番美味いと感じたのは間違いなくこの水上都市。 ◆◆◆◆◆ ↑↓に掲載している写真は過去に一度だけ、冬の訪問となった2009年・・・・ごろの撮影。写真の管理が雑で曖昧。間違って消去したデータは数知れず。 ◆◆◆◆◆ そのヴェネツィアにもフットボールクラブはある。聖マルコを表す有翼の獅子はこの都市の象徴。デザインは変わっても胸元から飛び去ることはない。 ◆◆◆◆◆ お猿の親子が着ているのは2005-2009年SSCヴェネツィア・モデル。土産に買って来た途端、クラブは破産。FBCウニオーネ・ヴェネツィアとして2009-10シーズン、セリエD(4部)からの再スタートを切った。 ◆◆◆◆◆ 日本人では現在ジュビロ磐田の監督を務める名波浩氏が1999年に移籍して一シーズンプレーをしている。 本島は、左向きの魚の形をしており、ビエンナーレ会場となるジャルディーニは尾びれの後方=東南部。その尾びれの先っぽサンテーレナに1913年造営されたピエル・ルイジ・ペンツォはジェノアのマラッシに続き2番目に古い。 ◆◆◆◆◆ この上空からの写真は東側、つまりリド島側の海上からのアングル。映画祭で有名なリド島は、空港もあれば路線バスも会場まで運行しているのだから使わない手はない。 ◆◆◆◆◆ この写真は一昨年の夏、高校生になった息子との二人旅。フィレンツェから北に移動するバス車中。道路はドーロあたり、間もなくヴェネツィアに到着。 ◆◆◆◆◆

10 04, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【28】スタッド・ドミニク・デュヴォシェル / クレテイユ

By | 2018-05-09T22:06:26+00:00 4月 10th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム|0 Comments

写真のクロード・モネ作品は国立新美術館の告知看板。計10章にて構成される中の四章『パリ近郊、セーヌ河畔の豊かな自然を舞台に繰り広げられる作品の数々』とあるが、そもそもパリ近郊とは何処までが近郊なのか? 先日、このサイトの運営会社Orfool副社長である新井氏から教育関連の記事をリライトできるかと依頼があり、任せなさいとばかり短時間で仕上げたが、基の原稿があまりにも浅く、面白くなくかったので、もう一歩踏み込んだらクライアントは「新規記事みたいですね」と感想を漏らし当然のごとくボツった。はなからリライトの域を越えているのは重々承知。自分は不向きなのかもしれない。 教育関連の話題ならば ♯26 日本人が知らないアーセナル その七 グローバリズム にてアーセナルの取り組みのひとつ、ギャップイヤープログラムにふれている。 〈知識偏重の日本の教育では高校卒業から大学入学までに社会勉強をするギャップイヤーを重視していません。最近ようやく国内最高峰の東京大学が休学を推奨するようになったぐらいですから。〉 ◆◆◆◆◆◆ ジャイキリが掲載されるモーニング(講談社)にドラゴン桜の続編連載が始まったのでこちらも楽しみ。 日本の東大、ロンドンならケンブリッジ、パリはソルボンヌと名門の代名詞となっているが、実際にソルボンヌ大学は存在せず5区パンテオン広場にあるのはパリ第一大学(政治・経済・法律・哲学)。東京ディズニーランドが都内になく東京近郊DLなのと同様に、パリにないパリ大学も。フランス代表の国際試合が行われるサンドニ市には、芸術のパリ第8、地理・社会の第10は宮殿で御馴染みヴェルサイユ、そしてパリ南東部の郊外、パリメトロ8号線のクレテイユ=ユニヴェルシテクレテイユ駅近くにある第12大学も医科・法律・経済の各学部を有する。8号線の始発及び終点駅は2011年10月開通したポワント・デュ・ラック駅。改札を出ればすぐに運動公園があり、公園内のスタッド・ドミニク・デュヴォーシュルはUSクレテイユ・リュシタノスの本拠地である。 プレス席はガラスで仕切られており、リュックを降ろしてまずワンショット。ガラスにおぼろげに写っている東洋人の姿はけして心霊現象ではないのでご安心召され。 ◆◆◆◆◆◆ 2015-16シーズに二部から降格して昨季からは全国選手権。そして現在位と四部降格の危機的状況にあるUSクレテイユ。訪問した昨年4月7日USブローニュ戦のマッチデープログラムは、何故か白色だが本来のチームカラーはこちらのブルー。 ◆◆◆◆◆◆ 2014年に制作されたフランスのドキュメンタリー映画「Les Héritiers(後継者たち)は「奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ」の邦題で2016年夏に日本国内でも公開された。 貧困層が暮らすクレテイユのレオン・ブルム高校。様々な人種が集まりトラブルが絶えなかった生徒達が、アウシュビッツ強制収容所での生活を経験した生存者との出会いをきっかけに変わっていく。出演したアハメッド・ドゥラメAhmed Draméが自身の体験を映画化すべく脚本を手掛けた。 その名前を目にして聞いたことのある名前だと思ったが、9年前にマドリッドで見たプレーヤーはモハメッド・ディアメMohamed Diamé。2013年のブラジル大会予選当時セネガル代表の主将を務めていたデフェンシブハーフ。彼はクレテイユで生まれ、中学年代をクレールフォンテーヌ国立センターで過ごした。現在はニューカッスルユナイテッド所属。ロシア大会、セネガル代表招集は確実視されるが、日本代表の前に立ちはだかるのか。 この写真は393号線のバス乗り場。観光客で沸き返るパリ中心部とのギャップは大きく、確かにパリではない。既にヴァラロントン市は目と鼻の距離。こ流れで白人しか写ってなければ話にならない。腰を降ろしたおやっさんが、イイ味を出してくれて感謝。 ◆◆◆◆◆◆ マリ代表のサミー・トラオレは、この街で生まれこのクラブでデビューし既に引退している。2009-10シーズンのUEFAカップ、決勝トーナメント(ベスト32)1回戦。ヴォルフスブルグは右サイドハーフに長谷部、後半には大久保がピッチに投入されたがPSGのゴールを割れず0-2で終了のホイッスル。ホームの第二戦は長谷部の先制ゴールで1点差に詰め寄り後半頭から2枚変えで大久保投入。しかし采配は実らず逆に3点を奪われ敗退。PSGはベスト16でブラガを破るがベスト8にて終着。当時PSGのセンターバック13番を背負っていたのがトラオレだった。 ◆◆◆◆◆◆

6 04, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【27】ディーン・コート/ボーンマス

By | 2018-04-10T07:21:03+00:00 4月 6th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

撮影の二週間前、成美さんに昼食のリクエストを尋ねたところ、肉食系女子が集まっていたらしく「美味しいお肉が食べたいです」と返信。そこで予約したお肉は黒毛和牛。 ビールとフィッシュ&チップスがあれば充分の自分が言っても説得力に欠けるが、料理の不味い国なる悪評は一昔前。そしてローストビーフだけは本場でしか味わえない伝統料理なので旅行の際には是非召し上がれ。 フットボールの母国、首都ロンドンには驚くべき数のクラブチームが存在する。 数日間の滞在で出来る限り多くの試合を観戦するならば、ロンドンに留まるべき。されどロンドン以外の都市にも足を伸ばしてみたくなり、近場のスタジアムを調べてみた。吉田の所属するサウサンプトンも良いが、もう少し南に下れば、田園風景の美しいドーセット州の中でも最大の集落ボーンマスがある。 ◆◆◆◆◆◆ 気候は年間を通して穏やかでビクトリア様式の建築物が街並みを彩る。観光地だけあって街の経済は金融サービスとレジャー産業に委ねられる。年金所得者が老後の生活を謳歌する姿を目にする一方、大学生、特に留学生が多く中心部は若者の活気で溢れる。世界遺産に登録される12キロの海岸線は年間500万人が訪れるビーチリゾート。この街で暮らす異邦人が、多国籍の飲食店を開業しており、中華やインドなどアジア系から中東系、新鮮な魚貝類を活かしたイタリア料理店も。 ◆◆◆◆◆◆ AFCボーンマスは、1997年から財政難に苦しみ2008年400万ポンドの負債を抱え一度は破産したクラブ。現監督のエディ・ハウも街頭で富裕層のリゾート客に募金を呼びかけている。四部からの再スタート。2011年にロシア人実業家 マキシム・デミンの出資を契機に、再建されたクラブは2014-15シーズンのチャンピオンシップ(2部)を制し創設125年目、初のプレミアリーグ昇格を果たす。 第二十七景はアソシエイション・フットボール・クラブ・ボーンマスの本拠地ディーン・コート。 ◆◆◆◆◆◆ 赤煉瓦を積み重ねたボーンマスの駅舎。向かいにコーチステーションの2階には24時間営業のスーパーマーケットASDA。マクドナルドがあるので安易に朝食をすませる。スタジアムのあるキングスパークまでは徒歩で充分な距離。収容人員12000人弱とあって毎試合満員のスタジアム、スタンドを撮影していても胸が躍るこの日のストーク戦は1-1のドロー。 ◆◆◆◆◆◆ 2017-18シーズン、ボーンマスは歴史的金星を挙げる。1月14日第23節、アーセン・ヴェンゲル監督が本来率いているはずが、前々節よりペナルティで不在のアーセナル。アレクシス・サンチェス、メスト・エジルと飛車角抜きでカップ戦からの疲労も色濃い。休養充分のボーンマスイレブンはホームで躍動。2-1で勝利。 自信にあふれるチェリーズ(ボーンマスの愛称)は31日、第25節スタンフォード・ブリッジに乗り込み、前年覇者に0-3で完勝。アントニオ・コンテを窮地に追い込む。エディ・ハウが仕込んだポゼッションサッカーでチャンピオンシップ優勝、プレミア昇格を決めた2014-15年シーズン。 ◆◆◆◆◆◆ プレミアを制したのは、ジョゼ・モウリーニョのチェルシー。年間売上32万ポンドのチェルシーに対しボーンマスは5,1万ポンド。貧富の差を英国メディアが大きく取り上げていた。上の写真ベンチシートから立ち上がり戦況を見つめるハウ監督。そのシートにはBMWのロゴ。 ◆◆◆◆◆◆ 一年前の試合は、日曜の午後(昼)開催。プレス控室のホスピタリティメニューは・・・肉! 日曜日にサンデーローストを食べるのは英国の習慣。ただロンドンならいざ知らず、この小さなスタジアムでお肉が振舞われるとは、さすがプレミア。ユニフォームの胸ロゴと電光ボードにも Mansion.com。2003年にジブラルタルで個人投資家が設立したオンライン・カジノのカンパニーは2006年トッテナムのスポンサーに加わり話題に。2015年プレミア昇格を機にボーンマス、現在はクリスタルパレスのシャツでもロゴを目にする。 ◆◆◆◆◆◆

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