テキストテキストテキスト

テキストテキストテキストテキストテキストテキストテキストテキストテキストテキストテキストテキストテキスト
21 09, 2018

やっと掴んだホーム初勝利!歯車が噛み合ったバニーズ京都SC

By | 2018-10-19T08:45:10+00:00 9月 21st, 2018|Categories: なでしこリーグコラム, なでしこリーグ観戦記, 観戦記|Tags: |0 Comments

  • 開幕戦以来9戦未勝利のバニーズ京都SC
  • 大型FW齋原みず希の初先発で変化したバニーズ
  • 「相手を見ながらサッカーをする」
  • ボールもゴールも勝利も奪い合うスポーツ

16 09, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【56】 AFASスタディオン / アルクマール

By | 2018-09-28T11:30:26+00:00 9月 16th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

昨季クラブ創立50周年を迎えたエールディヴィジの強豪AZアルクマール。合併したアルクマールとFCザーンストレークの頭文字が現クラブ名の由来である。 2012年にはヴァレンシア、2014年にはベンフィカに敗れ、UEFAヨーロッパリーグではベスト4進出ならず。但しアルクマールの人口10万人強の小都市であることを忘れてはいけない。 ◆◆◆◆◆ 2006年に17,000人収容のスタジアムがお披露目された際には、些か驚いた。こんな小さな街で随分立派な器を用意したもんだと。当時の冠スポンサー企業はDBS銀行。完成直後に、2階建てのスタンドを増設し3万~4万席まで拡張する計画がぶち上げた時は、「それはさすがに無茶だろう」と首を傾げたが、2009年同銀行の破綻が報道されると、一瞬目が点になった。 2010年にビジネスソフトウェアを開発企業AFAS社が名乗りを上げ現在の名称に。ベルギーへとシェアを拡げた同社は2014年からKVメッヘレンの共同スポンサーにもなる。 ◆◆◆◆◆ 第56景はアルクマールのAFASスタディオン。三年前に書いたのがコチラ http://soccerlture.com/do_not_hung_around_alkmaar/ Jリーグとの比較ならば人口7万人の鳥栖市をホームタウンとするサガン鳥栖。フェルナンド・トーレスが来たのも驚きだが、昨季は3年ぶりに平均入場者数が14000人越えは立派。お隣に久留米市なる30万都市=ブリジストンの創業地があり、鳥栖駅と久留米駅は10キロも離れていないのだから潜在顧客はアルクマールの比ではない。トーレス効果は大いに期待できるだろう。 ◆◆◆◆◆ このテキストを書いた2015-16シーズンは、平均入場者数は15000人を超えていたのだが、一昨季、昨季は大台に達せず。エールディヴィジ全体に目を向けると16-17シーズンの1万9287人から17-18シーズン1万9014人と減少してはいるものの比較的安定している。 レベルの低下が懸念されるエールディヴィジだが集客力は5大リーグに次ぐ位置をキープしていると思ったら昨年、順位を一つ下げた。何処の国が盛り上がったかと思えば、イングランドのチャンピオンシップ。確かにブレンドフォードも満員だった。 ◆◆◆◆◆ “アルクマールを歩き回るな“と駄洒落を書いた理由は、この写真。人口ひとりあたりの自転車保有率が世界で最も高い国らしいが、アムステルダムでもロッテルダムでもこんな駐輪状況の蹴球場は見たことがない。 ◆◆◆◆◆ 車でもA9高速道路出口が近くて便利。駅からはバス163番Uitgeest方面バスを利用できるが歩いても30分程度。ならば駅前を中心街=スタジアム方向に200メートルも歩けばレンタサイクルがあるので、《歩き回らず自転車を借りる》のがお薦めというわけ。 こけら落しのアーセナル戦から2週間、2006年8月19日開幕戦。1万5837人の間の前でルイス・ファン・ハール指揮するAZはNACブレダを8-1と木っ端微塵に粉砕した。 ◆◆◆◆◆ 一方、この年の夏、日本でもAとZが大きな話題となる。青森県弘前出身の現代アーティスト奈良美智、大阪のクリエイティブユニットgraf、更に日本全国から集まったボランティアの数は約850人。吉井酒造の煉瓦倉庫には国内外から約8万人が訪れアートワークを鑑賞した。

13 09, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【55】ゼネラリ・アレナ / プラハ

By | 2018-09-13T17:38:46+00:00 9月 13th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

プラハ国際空港から早朝便でロンドンに発つ。深夜空港に入り、アルコールを注入して搭乗口を開くのを待つ。ブラニックは、チェコでもポピュラーな銘柄。初めてプラハを訪問した際、ドレスデンから列車でポドババ駅に到着すると日が暮れていた。市内中心部から外れた宿を手配したのは若気の至り・・・といえるほど若くはない。 ◆◆◆◆◆◆ 街灯のない暗闇を歩く怖さは都会暮らしに慣れてしまうと結構きつい。辿り着いてまずは喉を潤したのが、このブラニック。結局一時間近く駅周辺を歩き回った後だけに美味さは二倍増し。 ◆◆◆◆◆◆ 第55景はチェコプラハのゼネラリ・アレナ。大手保険会社がネーミングライツを取得しているが、かつては日本の自動車メーカーが冠に。ヴァルタヴァ川の西岸にあるレテンスケー公園。この周辺レトナ地区はスポーツ施設が目白押し。 ◆◆◆◆◆◆ 空港では同国を代表する自動車メーカー、シュコダSUKODAのラリーカーが展示されていた。19世紀に創業されているが軍事製品を輸出して成長したイメージが強い。ディスプレーにはモーター・スポーツ以外では自転車とアイスホッケーの支援が表示されているがフットボールは見当たらない。それでも前日アレナで観たアウェーチームの胸にそのエンブレムを確認したばかり。 ◆◆◆◆◆◆ チェコのフットボールの文献を初めて熟読したのはスポーツ・グラフィック「Number」の498号だった。「不敗神話の国・探訪記」チェコ共和国眠れる獅子」の見出しで、橘昇氏のテキスト。写真はカイ・K・サワベ氏が撮影し5頁のボリューム。今読み返すとより興味深い内容ではあるが、印象に残っていたのはキャプションに「19歳のMFロシツキ(中)は代表入りした」とだけ記され当時スパルタに所属していた、ロシツキーの笑顔だった。 ◆◆◆◆◆◆ それから四年、トーマス・ロシツキーのインタビューに頁をめくる手がとまった。ワールドサッカーダイジェスト誌でジーコ率いる日本代表が東欧に遠征、大戦直後にVladimir NOVAK氏のインタビューによる記事。勝者日本で印象に残った選手として三都主、小野、稲本、そして得点者の久保を称えている。 ◆◆◆◆◆◆ 正確な日時は2004年4月28日。 トヨタアレナ。ワールドサッカー・グラフィック誌で小寺かずみ氏が執筆した「今だからこそ求められる資質~失われたポリシーと浪費した二年間の代償は~」は二年後ドイツ大会での惨敗を予見していた。 ◆◆◆◆◆◆ 古い雑誌を本棚から引っ張り出したのは、先日開幕したUEFAネイションズリーグの影響かもしれない。 47景でふれたとおり、今後日本代表が親善試合で欧州勢とのマッチメイクを組むのは極めて難しくなった。一昨日森保ジャパンの初陣が、コスタリカ代表、続いてパナマ、ウルグアイまでは決まったが、11月の相手は未だ未定。格上のスパーリングパートナーは南米勢だけに限定されるのは厳しい状況ではあるのだが、絶望する必要もない。クラブレベルでは外国人枠の問題など欧州で日本人がプレーする環境は向上しているのだから。 ◆◆◆◆◆◆ 2017年12月3日HETリガ第16節ゼネラリ・アレナ。あず紗さんが手にしたカバー写真は同日のマッチデー・プログラム。 ヴァルタヴァ川を26号線のトラムで越えると右斜め、目の前線路沿いにスタジアムが現れた。師走のプラハ、その寒さを証明する写真、屋根にオレンジ色の列を成しているのは暖房機器。 ◆◆◆◆◆◆ 2000年当時16チームで派遣を争うチェコリーグで圧倒的な強さを発揮するACスパルタプラハを指揮していたのは、サンフレチェやジェフでプレーした経験を持つ元Jリーガー、イワン・ハシェックだった。ヴィクトリア・ピルゼンが首都の強豪を退け頂点に君臨するのが現在。 それでもこの日のスパルタは前半怒涛のゴールラッシュ。 ◆◆◆◆◆◆ そしてピッチには背番号10のレジェンドが登場する。三週間後に電撃引退宣言をしたロシツキー。その雄姿をSDカードに収められるのは、これが最後であることは明白だからこそロンドン行きの便を極限まで遅らせてでも足を運ぶ価値があった。 ◆◆◆◆◆◆ 試合終了後スタンドのサポーターに笑顔で応えたロシツキーの写真で締め括る。ケガに悩まされ続けたフットボール人生だったが、若々しく清々しいその表情は18年前のNumber誌面と差ほど変わっていない。【五十五景了】 文/撮影:横澤悦孝 モデル:森川あづ紗

6 09, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【54】オリンピアコ・スタディオ ・スピロス・ルイス / アテネ

By | 2018-10-28T16:53:26+00:00 9月 6th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

台風に続き地震と列島に襲いかかる自然の猛威。日本以上に地震に悩まされる人々が思い浮かぶのはエーゲ海。 世界の国旗を並べても、真っ白な建物とエーゲ海の青さと直結するギリシャ旗は一際目を惹く。 ◆◆◆◆◆◆ 古代ギリシャ人の服装は、男女ともに一枚布を体に巻きつけていたが、神官が黄色を好んだ話を美術館で聞いた覚えがある。かつてアテネでは女神アルテミスを崇める祭りでは、黄色の衣を纏った少女達が踊ったと伝えられる。 原宿にもオープンしたWorld Breakfast Alldayは8月~9月のメニューがギリシャの朝食なのであづ紗さんと訪問。 同国のカスタードパイ「ガラトピタ」も表面(上部)は鮮やかなキツネ色、断面もほのかに黄みを帯びて食欲をそそられる。 ギリシャの首都アテネのフットボールクラブといえばオリンピアコスとパナシナイコス。 おそらくこの2強は日本でも良く知られているが、現在一番熱いのは三番目のクラブAKEアテネ。第54景はパナシナイコスとAKEアテネが本拠地として使用するオリンピアコ・スタディオ ・スピロス・ルイス。 ◆◆◆◆◆◆ 2017年12月7日 ウィーンのエルンスト・ヘッペル。 ウィーンから西に110キロ離れたヴィーゼルブルグ。マッチデー・プログラムとこの街の地ビール、ヴィーゼルブルガーの瓶。 ◆◆◆◆◆◆ 2018-19シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ(CL)プレーオフが終了。6クラブが加わりグループステージに臨む32クラブが決定した。 注目は2006-07以来のグループステージ進出を決めたAEKアテネ。12年前は、1ポイント差でUEFA杯にまわったが、11月21日のホーム、オリンピアコでは首位ミランを1-0で破っている。 ◆◆◆◆◆◆ ミランとの相性の良さは昨季も証明しており、初戦のリエカ戦を2-1で勝利すると、ミランとの2試合を含む残り全試合をドローで、ステージを突破した。その初戦の結果を報じるクロアチアの紙面と同国の麦酒銘柄カルロヴァチコ。 ◆◆◆◆◆◆

30 08, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【53】ラインエネルギーシュタディオン / ケルン

By | 2018-08-30T22:53:52+00:00 8月 30th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

ドイツと云えばビール。ビールと云えばドイツ。16連邦州の中で最大の人口数を誇るのがノルトライン=ヴェストファーレン州。州都デュッセルドルフ以外にも、ケルン、ドルトムント、デュイスブルグと大都市が犇く。 あづ紗さんが手にした小瓶はケーニッヒ・ピルスナー。王を意味するその名のまんま、ラベルには王冠のデザイン。デュイスブルグの醸造所に始まり、現在は各国に輸入されているので日本でも比較的手に入り易い。 同じ州でもピルスナー(ラガーに含まれる)のデュイスブルグから南に70キロ程移動すれば、ケルシュが味わえる。「蹴る酒」と変換ミスをすれば、フットボール通が好みそうなこのビールの製法はケルン地方ならでは。上面発酵の酵母を使用して下面発酵並み(10℃以下)に低温で熟成させているので、ピルスナーとエールの良い所どりの麦酒が出来上がる。 ◆◆◆◆◆◆ 中央駅前にそびえる荘厳なゴシック様式の大聖堂を前にして、シュタンゲと呼ばれる200mlの円柱グラスでケルシュを味わえる幸せ。最近では日本にもケルシュブランドのガッフェルが購入できるらしい。 ◆◆◆◆◆◆ ケルンの名所ホーエンツォレルン橋。この写真が今回掲載した中ではイチ押し激レアなのだが、撮影時当時は想像だにしていない。 53景は1FCケルンの本拠地、こちらも日本のフットボールファンの間でお馴染みのラインエネルギーシュタディオン。 日本中が放心状態となった2014年ブラジル大会。グループ最下位、惨敗の中で見出した数少ない光明が、当時24歳の大迫勇也が露わにした悔しさだった。年齢的にピークを迎える次回ロシア大会、ロンドン五輪世代の香川真司と大迫の肩には国民の期待が圧し掛かった。 1860ミュンヘンで独二部デビューしてから半年で迎えたブラジル大会。終了後は念願の一部ケルンへと移籍して四年間を過ごした。二部で燻っていたケルンを昇格させたのは、前回に続き登場いただくペーター・シュテーガー。 ◆◆◆◆◆◆ オーストリア国内を制覇したシュテーガーは、国境を北に越えた2013-14シーズン。小国の一部から大国の二部へ。ラインエネルギーシュタディオンは5万人のキャパシティ。ドルトムント就任時、センセーションと報道された程ではなくとも、クラブの規模と格=伝統を考えれば栄転に違いない。 ◆◆◆◆◆◆ 実はこのシーズン開幕ダッシュに失敗している。三節までドローが続き、漸く四節SVザントハウゼン戦で待ちに待った初白星。5節引き分けでこの時点での順位は10位。 ウィンターブレーク開けの20節、パーターボーン戦でユニバーシアード日本代表の長澤和輝が途中出場デビュー。27節は初スタメン翌28節では当時1860ミュンヘンに所属していた大迫との日本人対決も実現している。 19勝4敗11分、2節を残しての優勝と、ドイツでも就任一年目から確り結果を出した。ラインエネルギーシュタディオン集客数は年間合計78万人を超え、一試合平均でも46000人を記録している。 ◆◆◆◆◆◆ 筆者がケルンを初めて訪問したのは2009年。駅前から大聖堂の裏側には博物館が密集している。ローマ帝国時代に植民地として築かれたこの都市では至る所でローマ時代の痕跡に気づかされるが、聖堂に隣接しているのはローマ・ゲルマン博物館。考古学好きにはお薦め。 ◆◆◆◆◆◆ ケルン工芸美術館は「ピカソからウィーホールまで」と題してマックス・エルンスト/ロイ・リヒテンシュタイン/ニキ・デ・サン・ファール※【三景】参照他計40人のアーティスト、150の彫刻、装(宝)飾品を展示。 ◆◆◆◆◆◆ ヴァルラフ・リヒャルツ美術館では、「月」をテーマにエドワール・マネの 1869年作ブーローニュ港の月光(オルセー美術館所蔵)や1969年アポロ11号宇宙飛行士、月面着陸の写真を見た記憶が蘇るかと思いきや、まったく思い出せないから脳の老化は否めない。 ケルンでこの写真を撮影したのは6月25日。目を覚ますとTVはマイケル・ジャクソンン急死のニュース一色、世界中で追悼セレモニーが催されたので、これだけは忘れようがない。 ◆◆◆◆◆◆ 前回も述べたとおり、シュテーガーのチームづくりは選手ありきで、戦術的に目を見張るものはない。奪われるリスクを制限し、ミスを最小限に抑えようと考えるタイプ。頑強な守備陣形で構えて、落ち着いて組み立てるスタイルを貫きケルンを欧州戦線にまで引き上げた。これはドルトムントの前任者ピーター・ボスが高めのラインで前からハイプレスをかけるスタイルと対照的。 一方オーストリアでは二年目のロジャー・シュミット率いるレッドブル・ザルツブルグが猛威を振るった。独特のハイプレッシング戦術は、ラングニックとグロース直伝。彼らのコンセプトからすれば、自陣深い位置でリトリートからバックパスを選択する方が遥にリスキーな行為となる。 そして2014-15シーズン、ケルンの昇格とレバークーゼンからの招聘、ピッチ上でペーター・シュテーガーとロジャー・シュミットは1年半ぶりに再会。ピッチサイドで対峙する両者への注目度は格段に上がっていた。 ◆◆◆◆◆◆ ドイツ・ブンデスリーガ13節 2014年11月29日 試合の映像で見覚えのある横顔はケルンに加入したドゥサン・スベント。かつてシュミットが左サイドバックを任せたスロバキア代表は本来サイドハーフ。中盤にを厚みを持たせ、守備はリトリートで凌ぐシュテーガーの意図が読み取れる配置。終わってみればレバークーゼンが65%とボール支配率で圧倒する。後半逆転されると最終ラインを削り前線に大迫を投入したシュテーガー、更にセンターバックを一枚下げ、前に人数を割いてしまえば、手薄となった所を突かれてダメ押し弾を喰らうのは当然。終了間際にも2失点。シュート数はレバークーゼンの15に対しケルンは僅か3本。この時点で3位をキープするレバークーゼンに格の違いを見せつけられる羽目に。一躍時代の寵児と持て囃されたシュミット。 ◆◆◆◆◆◆ 2015年4月25日 観衆は 4万5千600 人。 ホームで雪辱を狙うシュテーガーは4-4-2を採用しアンソニー・ウジャと大迫のツートップで雪辱を誓う。前半は0-0で折り返し。均衡が破れたのは後半15分。ユリアン・ブラントのゴールで先制したのはレバークーゼン。しかしアクシデント発生。キリアコス・パパドプーロスの負傷で3枚目のカードをきる大誤算。逆に我慢し続けたシュテーガーが、一気にゲームの流れを手繰り寄せにかかる。67分左サイドを入れ替えると、主将ブレチュコを下げて3トップ、更にマティアス・レーマンを長澤に代えて中盤の活性化を図る采配が実を結ぶ。83分途中出場のフィネが同点ゴール。その後スコアは動かず結末はドロー。それでもポゼッションで55%と上回り、シュート数を比べてもレバークーゼン5に対しケルンは倍の10本。このゲームでケルンが得た手応えと自信はけして小さくはない。 あづ沙さんが持つストラップはUEFAヨーロッパリーグ(EL)E取材時にプレスチケットと一緒に渡された品。 ◆◆◆◆◆◆ 昨季ブンデスリーガでは低迷、降格したケルンではあるがELでは大迫がベラルーシ王者から2ゴールを奪い、アーセナル戦もフル出場し勝利に貢献。ロシアでの大迫は、四年前とは比較にならない程自信に溢れ、披露したプレーからは余裕すら感じられた。スタイルの異なる国のビッククラブに国際試合で勝利した経験はやはり大きい。香川同様、ケルンで大迫を指導したサムライブルー陰の功労者は、故郷ウィーンからロシアでの雄姿に眼鏡の下で目を細めていたのだろうか。笑福亭笑瓶似のウィナーを招聘するクラブはこの夏まだ現れていない。 ◆◆◆◆◆◆ さて、2022年カタール大会。前回の大迫同様、悔しさを糧に成長が期待されるのはサポートメンバーとしてロシアを経験したリオ五輪世代の浅野拓磨。井手口陽介はリーズからの要請で同行できなかった。 2014年の南アフリカ大会時には予備登録する程、ザッケローニはU19代表(当時)南野拓巳の才能を買っていた。アウェーゴール差で、レッドスターの前に涙を飲んだが、EL=マドリッドへの道が残されている。 四大会連続のアジア予選敗退で世界に届かなかった世代。12年組では久保裕也、遠藤航、植田直通、14年組は関根貴大、奥川雅也、そして南野、井手口が既に欧州を戦場に選び、更に東京五輪組で切磋琢磨する堂安律に冨安健洋。 ◆◆◆◆◆◆ カタール大会の主軸を担うであろうリオ五輪世代が、アジア予選に挑む収穫の時は2021年。 何処の国のリーグ、何処の都市のクラブでプレーするのか以上に、伸ばしてくれる指導者と巡り会えるのかが将来を左右する。フットボールに限らす人との出逢いで人生が変わるのは洋の東西を問わず。 最後に2009年から9年の歳月を経た現在のホーエンツォレルン橋。ケルン出身のバンドHöhnerが2009年に発表した(曲の)プロモーションビデオの影響で大ブーム。実り過ぎて少々気持ち悪い。【五十三景了】 文/撮影:横澤悦孝 モデル:森川あづ紗

24 08, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【52】レッドブルアリーナ/ ザルツブルグ

By | 2018-08-24T03:34:44+00:00 8月 24th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

2018-19シーズンが開幕。ボルシア・ドルトムントはルシアン・ファブレ監督のもと始動。香川真司にはベシクタシュからの熱烈なラブコールも報じられるが如何せん今季UEFAチャンピオンズリーグ(CL)の出場権は逃している。 昨季CL出場回数で内田篤人の日本人最多記録を更新した香川。渡欧初シーズンとなる10-11シーズンにはヨーロッパリーグ(EL)のグループステージ全て出場。15-16シーズンには、ベスト16でリヴァプールに敗れるまで8試合に出場。本戦だけでもUEFAコンペティションに8年連続、出場総計は46、負傷欠場さえなければ大台の50に到達していたはず。 ◆◆◆◆◆◆ 本日ベシクタシュはELのプレーオフ、パルチザン・ベオグラード戦に臨む。48景で取り上げた目下絶好調のライアン・バベルと香川の競演も実現すれば興味深いが、やはりCLで躍動する日本人の姿を見たい。バベルはホッフェンハイム在籍時の2011年8月に香川と初対戦。しかしその4カ月前にシュツットガルト戦で岡崎慎司とピッチで顔をあわせている。 上の画像はバベルが表紙のアヤックスマガジン(2006年)。画像箱をひっくり返したら元祖”SHINJI”とも対戦しており吃驚した。 バベルは前年17歳でトップデビュー。クライファート二世と称された注目を2005年4月のデ・カイプの映像。15分のダイジェストは少々長いが、クラシケルならではの好勝負。 昨季のドルトムントは最終節、ホッフェンハイムに敗れ4位でフィニッシュ。目標のCL出場こそ辛うじて達成したものの既定路線により退団したペーター・シュテーガー前監督。 ペーター・ボシュの後を引き継ぎ就任当初の12月半ばから2月にかけて国内リーグでは無敗。ところがレッドブル・ザルツブルグに敗れ欧州戦線から脱落すると、シーズン前に交渉していたルシアン・ファブレの名前が各紙面を賑わした。 ◆◆◆◆◆◆ 3月15日のレッドブル・アリーナ、ドルトムントの指揮官ペーター・シュテーガーが、母国で激しいブーイングを浴びる姿が目に浮かんだ。溜飲を下げたのはザルツブルグのサポーター達。スコアレスながら初戦の貯金でザルツブルグがベスト8に進出。手腕を買われたザルツブルグのマルコ・ローゼの名前が、ファブレと共にドルトムントの次期監督候補として浮上する。 写真は、あづ沙さんが手にしているのはレッドブルの製品。前置きが長くなったが、第52景はザルツブルグにあるレッドブル・アリーナ。 レッドブル・アリーナは、もうひとつある。米国東部ニュージャージー州のハリソン市にあるのはニューヨーク・レッドブルの本拠地。このスタジアムが完成するまでは、NFLでお馴染みジャイアンツ・スタジアムを使用しており、2009年に訪問した記憶と写真。 ◆◆◆◆◆◆ 1994年のFIFAワールドカップ米国大会、準決勝のブルガリア戦。ロベルト・バッジョが2ゴールを決めた会場は、人工芝の上に天然芝を敷き詰められた特別仕様。 ◆◆◆◆◆◆ 欧州に馴れた人であれば、このレベルでチケット代24USドルを高いと感じるはず。NFLで使用するヤードラインがそのまんま残されており、後付けで黄色いサッカー用のラインが加えられた見慣れないフィールドは結構視難い。 ◆◆◆◆◆◆

18 08, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【51】スコント・スタディオン / リガ

By | 2018-08-19T12:21:27+00:00 8月 18th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

9カ月かけて前半戦終了、ほぼ目標の週一連載は達成できた。足跡を振り返り国別の割合ではこんな感じ。 ■フランス①リール⑮パリ㉘クレテイユ㉞ストラスブール■オーストリア②ウィーナーノシュタット■ドイツ③デュイスブルク⑩シュツットガルト⑬フランクフルト㉕ハイデンハイム■イタリア④ピサ⑪ヴェローナ⑭トリノ㉙ヴェネツィア㊱トリノ■ハンガリー⑤ブダペスト㊷ブダペスト■スロバキア⑥トルナヴァ■ベルギー⑦コルトレイク⑭ヘンク㉝オーステンデ㊻ブルッヘ■イングランド⑧ロンドン㉗ボーンマス㉛ロンドン㉜ロンドン㊳ロンドン■オランダ⑨ブレダ㊼ロッテルダム■フィンランド⑫ヘルシンキ■ポルトガル⑯リスボン㉟ブラガ㊹ポルト㊿ギマランイス■チェコ⑰ブルノ㉑プラハ■クロアチア⑱ザグレブ㊶ザプレシチ■スロベニア⑲マリボル■ポーランド⑳ワルシャワ㊴キェルツェ■トルコ㉑イスタンブール㊽イスタンブール■デンマーク㉓コペンハーゲン㊵オーゼンセ■スコットランド㉖エディンバラ■アイルランド㉚ダブリン■スペイン㊲マドリッド㊸ヘタフェ㊺ジローナ㊾バルセロナ ◆◆◆◆◆◆ きっちり20か国で四大リーグ、ベルギー、ポルトガルがほぼ均等に振り分けた。一方、東欧方面、特に旧ソ連邦からの独立国が無いのは戴けない。筆者が生まれて初めて乗ったっ航空機はイリユーシン機。降り立った都市はモスクワだった。アエロフロートの代理店に勤務していたので選択肢はなかった。 ◆◆◆◆◆◆ そこで第51景はソ連から91年に独立したラトビアの首都リガにあるスコント・スタディオン。 サンクトペテルブルグからポーランドまでバルト三国を通過するのは少々長旅。ならばと同三国最大の都市、リガで一息つくことにした。 中心とは反対の駅南側に何やら見覚えのあるような構造物。Kulturpalast(文化宮殿)と称される高層建築。モスクワのセブンシスターズを模倣したスターリン様式にソ連時代の名残を感じる。翌々日ワルシャワで同様式の文化科学宮殿も目にしたが、重厚感ではリガが優る。 第一次大戦までロシア領に属し、当時はモスクワ、サンクトペテルブルグに次ぐ第三の都市として繁栄した都市は見所も多い。 ◆◆◆◆◆◆ ユネスコの世界遺産にも登録されている歴史地区の街並みはバルトの真珠・宝石などと形容され、同市区の象徴とされるのが、ゴシック、ロマネスク、バロックと三期の建築様式から成る聖ペテロ教会の尖塔。 ◆◆◆◆◆◆ 1918-20年、ラトビア独立戦争の戦没者慰霊と平和への願いが込められた自由の慰霊碑。公園内の芸術アカデミー、国立美術館を横目に約1.5キロ北東へ、徒歩で進むとスタジアムは見えてくる。 ◆◆◆◆◆◆ 上写真のスコント FCから現在のクラブ名リガ FCの文字が浮き上がるよう、ベンチシートは色分けされている。プレスカンファレンスルームには青白縦縞のウェア姿の写真。しかし今回の主役は旧社会主義国の青白縦縞でも別のクラブ。

12 08, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【50】エスタディオ・D. アフォンソ・エンリケス / ギマランイス

By | 2018-08-13T03:21:40+00:00 8月 12th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

百景の旅も折り返し。猛暑が続く中、あすみさんは涼しげなノースリーブ。今回のテーマカラーである黒。第50景はポルトガル北部、ギマランイスのエスタディオ・D. アフォンソ・エンリケス。

4 08, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【49】ミニ・エスタディオ / バルセロナ

By | 2018-08-16T11:23:30+00:00 8月 4th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

2018年4月19日エールディビジ32節アレナにVVVフェンロを迎えての試合。前節首位PSVとの直接対決は完敗。宿敵に眼前での戴冠を許す屈辱にまみれたアヤックス。それでもこの消化試合に注目する理由があった。ダフィ・クラーセンの移籍により、2017-18シーズンは、二列目のポジションにファン・デ・ベークが入っている。 対するフェンロ、最終ラインの前にダミアン・ファン・ブリュッヘンを配し興味深いマッチアップが実現した。 ◆◆◆◆◆◆ バルサのウェア着衣のあすみさん。第49景をカンプノウにすると、懐かしい記憶が溢れはするのだが、凡庸な気もして躊躇う。だったら一層のこと隣のエスタディオ・ミニにしてしまえ。2メートル右隣で何を話しているのかまったく理解できない在りし日のヨハン・クライフ解説に耳を傾けながら観戦した2014年のUEFAユースリーグは唯一無二、かけがえのない体験となった。 ◆◆◆◆◆◆ 一番のりはヴィム・ヨンク。その後クライフ、ファンデル・サール、アーロン・ヴィンター、マルク・オーフェルマルス、ロナウド・デ・ブールとアヤックスの伝説が続々着席。やや離れてプジョルが腰を降ろし、試合後はクライフやデ・ブールとの旧交を温めていた。 ◆◆◆◆◆◆ クライフが帰還したアヤックスがから改革に着手したのは2012年。ヴィム・ヨンクと彼のスタッフ達は、アカデミーとクラブ全体を改革しようと努めたが、2015年12月経営陣と対立しクラブを去った。 この試合の感想も含め 2015年10月には「現在ヴィム・ヨンクがアカデミーマネージャーを務めるアヤックスは、昨年のチームを見る限り、「個」の強さを重視するクライフ流が早くも結果として表れている。」と書いていたのも、すっかり忘れていた。 http://soccerlture.com/digest_rewrite_eight/ ◆◆◆◆◆◆ ジュニア年代育成のメゾットは、2013-14シーズン終了後、オランダ全土の指導者に紹介されている。ユニークなのは、人口芝のピッチ以外、例えば石畳や屋内など異なるフィールドで、不規則な動きのボールを扱わせ、コントロール技術を向上させる手法。クライフの発想は南米のストリートサッカーと通ずる。 1995年のトヨタカップ。スコアレスドローの素因として、国立競技場の芝の状態を糞味噌にこきおろしてくれたのがルイス・ファン・ハール。クライフが知ったら、「芝のせいしている時点で技術の低さを晒している」と一刀両断されたに違いない。 ◆◆◆◆◆◆ スキルボックスによりテクニックやコンディションなど細部に渡る選手の情報をデジタル化し分析・共有した効果なのか、持って生まれた才能なのかは定かでないが、この日、エスタディオ・ミニのピッチに登場した面々は、個の強さで、バルサの同世代を凌駕していた。 ◆◆◆◆◆◆ 筆頭は昨年A代表デビューを果たした前述のファン・デ・ベークと第一景で取り上げた アブドゥラク・ヌウリ。彼も悲劇に見舞われなければ数年後はベルギー代表エデン・アザールと比較されるプレーヤーになっていたはず。この日11番をつけたヴァーツラフ・チェルニーも2015年のヨーロッパリーグ、セルティック戦、ロスタイムの決勝ゴールで脚光を浴びた。

30 07, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【48】レジェップ・タイイップ・エルドアン・シュタディアム / イスタンブール

By | 2018-07-30T10:46:36+00:00 7月 30th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

カバー写真であすみさんが握っているコースターにはサンチャゴ・ベルナベウが描かれている。スペインを代表するビールブランドはMahouと書いてマホウではなくマオウと発音する。UEFAチャンピオンズリーグ連覇を達成したジネディーヌ・ジダンの現役時代、その美技は度々「魔法」と形容された。 そのジズーが電撃退任、ロペデキが引き受けるまで、後任人事の憶測が飛び交い、候補者の中に、かつて銀河系の一員としてジダンと共にプレーしたグティの名前もあった。フベニールA(U19)を指導し複数のリーガクラブからオファーが届くなど、指導者としても評価の高いグティ。 自宅の書棚に積まれた内外蹴球雑誌の中で、一番気に入っている表紙が、こちらの写真。2011年2月2日発行のフットボリスタ№198の「顔」がグティだった。 ◆◆◆◆◆◆ お気に入りの理由は、まず①英西独伊仏いわゆる5大リーグ以外、トルコのベシクタシュのプレーヤーを選んでいる。②特集タイトルとコピーのセンスが光る。「貢献」という人生の締め括り方。斜陽に浮かぶシルエット。ベテランたちは何を残し、何処へ向かう?は秀抜。③このタイトルと好青年の面影を残した無精ひげ面でウインクする写真が絶妙にハマっている。 特集内容では、元レアルのグティ、ガラタサライでプレーするハリー・キューウェル(元リヴァプール)の近況が渡邊将之氏のテキストで紹介されている。 ちなみに、あすみさんも現役時代ソフトテニスマガジンの表紙に登場している。女子高生には事前に知らされておらず、発売当日書店の店頭で自身の表紙に腰を抜かしたとかしないとか。 ◆◆◆◆◆◆ 第49景はイスタンブールにあるレジェップ・タイイップ・エルドアン・シュタディアム(RTES)。 市内を散策してこのスタジアムに遭遇したのは2009年。急斜面に建てられたスタジアムを見下ろし、何処のクラブが活用しているのかさえ知らぬまま、「世界で最も見晴らしの良いスタジアム」の絶景に感動した。 ◆◆◆◆◆◆ 空と海の青さ、更にブルーモスクの青、極めつけはエフェス: Efesビールパッケージの青。イスタンブールは青い都市に違いないが、ガラタサライ、フェネルバフチェ、ベシュクタシュと強豪3クラブのウェアに青色が見当たらない。 ◆◆◆◆◆◆ 犬も歩けばモスクにあたるのがこの都。 中でも石の外装と磁器タイルの内装がコントラストを描くスルタン アフメットは別格。通称”ブルーモスク”を想起させる白地に青を差し色として用いたウェアはカシンパシャSK。2005年はTFF3部(4部相当)から2007-08年シュペル・リガにまで急上昇。しかし前年降格しこのシーズンは復帰するエレベーター状態。 ◆◆◆◆◆◆ 2005年にトルコ政府青少年スポーツ賞が新設したスタジアムのスタンドは片面のみ。それが急速に力をつけ昇格を繰り返すものだから、2010年には反対側にも青と黄が目に鮮やかなシートが増設され現在の姿に。眺めを堪能する意味では、以前のほうが各段に良く残念に思うのは所詮異邦人だから。地元民には日常目にする別段珍しくもない光景なのだろう。

Load More Posts