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ぷら~り 欧州蹴球場百景【67】ウィナーSCプラッツ / ウィーン

2026年のFIFAワールドカップは、北米大陸三ヵ国の共催。今夏FIFA会長ジャンニ・インファンティーノ氏とドナルド・トランプ大統領の会談も実現。昨季MLSの平均入場者数は2万人を超え、8年後に何処まで成長するのか興味深い。前回(景)4年に一度のクラブワールドカップを愚策と扱き下ろしたが、欧州に匹敵する市場にまで発展し、南米選手の流れが欧州から北米へと変われば、クラブワールドカップにも開催の意義が生じるだろうか。


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前々回(景)グループCが面白いと書いたUEFAチャンピオンズリーグ(CL)。一方ヨーロッパリーグ(EL)は相変わらず、訳が分からず闇鍋をつつく面白さ。ミランがベティスに敗れても、最早番狂わせとは呼べず、PAOK(ギリシャ)はハンガリー王者ビデオトンにホームで0-2の●。ブンデスで絶不調のレバークーゼンを叩いたチューリッヒが首位に立つなど、程良い荒れ具合は毎度の事。

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日本人在籍では長谷部誠のフランクフルト、南野拓実のザルツブルグが好調。オーストリアブンデスからもう一枠ラピド・ウィーンが参戦。G組も首位レンジャースから最下位スパルタク・モスクワまで勝ち点差3の中に犇く大混戦。ホームでの2試合を残すラピド勝ち抜けの可能性も低くはない。


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あづ紗さんが味わっているのはウィーン版のグーラシュ。ハンガリーのグヤーシュ【62景】と食べ比べてもらった。ハンガリーのスープ料理が隣国に伝わり牛頬肉のシチューにアレンジされたらしい。
もっとも一次大戦までの帝国時代は、ひとつの国なので隣国という表現は正しくないのか。1894年のフットボールリーグ開催時は、帝国内のチェコ・スロバキア・ハンガリーのクラブでチャレンジカップなる大会が開催されていた話を酒場で爺さんに聞いて「生きてたのか?妖怪か?」と内心呟く。

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CR7加入で国内無双のユヴェントスが、欧州コンペティションで0-7と大敗したのは第四回大会となる1958-59シーズン。ビアンコ・ネロを木っ端みじんに打ち砕いウィナーSCのウェアの色は、・・・映像がモノクロなので判らない。

第67景はウィナーSCの本拠地スポーツクラブ・プラッツ

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クラブが設立されたのは1883年。多数の競技種目が部門別に設けられた市民総合スポーツクラブ。第二次大戦以前は、アイスホッケーをはじめ、ウィンタースポーツも盛んだった。黎明期には複数の競技をこなす選手も珍しくなく、フットボーラーで構成されていたアイスホッケーチームが、1912年のに第一回国内選手権で優勝するも、やはり二足の草鞋は無理があったのか、1921年にアイスホッケー部門は運営を中止した。


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By | 2018-11-06T09:37:04+00:00 11月 4th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

About the Author:

Yoshitaka Yokozawa
1964年生 / 東京都在住 NPO・NGOの経験を活かしてサッカルチャー・チャアマンをしてます。 本業は国際交流コンサルタント。文化催事の企画運営や講演など欧州と国内をころげまわってます。 サッカルチャーコラム連載では欧州蹴球文化探訪(全41回) 同ベルギーの光と闇(全27回)※最終話そのうちUPします。 長靴の国で観た異邦人たち(全21話) サッカルチャー・ホームタウン秘書室(2017年~ 同 日本人が知らないアーセナル 全8回含)他。 サッカルチャーやっててよかったのはバルセロナで故ヨハン・クライフに逢えたこと。世界各国の”秘書たち”とビールを飲むのもささやかな楽しみ。

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