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ぷら~り 欧州蹴球場百景【59】スタディオ・シルヴィオ・ピオラ / ヴェルチェッリ


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ジェルマーノは、カナヴェーゼでボールを蹴り始め、2008年からトリノに。U17チームで2年間を経てカナヴェーゼにレンタルで戻り2011年当時セリエCのプロヴェルチェッリに移籍した為、在籍期間は短い。

カスティーリャはジェノバよりの街カルカレーゼから、トリノFC、そしてユヴェントスの育成部門を経て2009年プリマヴェーラに。

この世代はタレントが揃っており、2008-09シーズンは、昨季セリエA得点王に輝くチーロ・インモビーレ、バルセロナから獲得したヤーゴ・ファルケ、ロシア大会イングランド戦、スイス戦に出場したスウェーデン代表のアルビン・エクダル。昨季最終戦でブッフォンに代わりゴールマウス前に立ったカルロ・ピンソーリョ。


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2009年6月1日カンピオナート・プリマヴェーラはベスト8でパレルモに敗退。

この試合のスタメンにはGKピンソーリョ、CBロレンツォ・アリアウド、中盤にはルカ・マッローネとカスティーリャ、前線にファルケ、インモビーレと並んでいても負ける時は負けるのがフットボール。先制、追加点を決めたのはウルグアイ代表のアベル・エルナンデスだった。


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クラブの降格で 去就が取り沙汰されたあげく、カスティーリャはナポリより更に南、アマルフィ海岸の玄関口サレルノへ。公式戦の初戦となるコッパ・イタリアでは、サレルニターナサポーターに名刺代わりのゴールも決めている。


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スタジアムには在りし日、それも若かりし頃のシルヴィオ・ピオラ。ロンバルディア州とピエモンテ州の境、ヴェルチェッリから東へ15キロほどの小さな街ロッビオに生まれた。デビューして5シーズンをプロ・ヴェルチェッリでプレーしたが最も長く在籍したのは二番目のクラブとなるラツィオでの9シーズン。
1945年にユヴェントスの縦縞のユニフォームに袖を通す。当時のカルチョはトリノの二強時代。セリエA通算274得点は前人未踏の大記録。250を越えるゴールスコアラーはその後も現われないと思っていたが、昨年40歳のトッティが大記録を達成して、オリンピコのファンに別れを告げた。

チケット窓口で何やら話し込む老紳士。お隣のシニョリーナは娘さん、否お孫さんかもしれない。ピオラの引退は1954年だから、70歳近い方ならば晩年のプレーが目に焼き付いてるだろうか。


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イタリア空軍の名パイロットから偉大なストライカーの名に変更したのは1998年。そして1996年10月4日輝かしい栄光に満ちたその生涯の幕を下ろした地は、晩年を過ごしたガッティナーラだった。【五十九景了】

文/撮影:横澤悦孝 モデル:森川あづ紗

By | 2018-09-30T23:21:23+00:00 9月 30th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

About the Author:

Yoshitaka Yokozawa
1964年生 / 東京都在住 NPO・NGOの経験を活かしてサッカルチャー・チャアマンをしてます。 本業は国際交流コンサルタント。文化催事の企画運営や講演など欧州と国内をころげまわってます。 サッカルチャーコラム連載では欧州蹴球文化探訪(全41回) 同ベルギーの光と闇(全27回)※最終話そのうちUPします。 長靴の国で観た異邦人たち(全21話) サッカルチャー・ホームタウン秘書室(2017年~ 同 日本人が知らないアーセナル 全8回含)他。 サッカルチャーやっててよかったのはバルセロナで故ヨハン・クライフに逢えたこと。世界各国の”秘書たち”とビールを飲むのもささやかな楽しみ。

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