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ぷら~り 欧州蹴球場百景【54】オリンピアコ・スタディオ ・スピロス・ルイス / アテネ

昨季(17-18)シーズンのUEFAヨーロッパリーグ(EL)。AEKアテネで興味をそそられたのは、ブラウ・グラーナに袖を通した二人。

ボカ・ジュニオルスの下部組織で育ったセルヒオ・アラウホにトップチームから声がかかったのは2009年。この年の FIFA U-17ワールドカップ・ナイジェリア大会で3ゴールを決め世界デビューを果たし高度なテクニックは「アグエロ以来の大物」と騒がれた。


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前年から興味を示していたバルサと契約したのは2012年。U23アルゼンチン代表獲得の報道がされた時のアラウホは弱冠20歳。トップチームへの昇格買取オプション付きでレンタルされ二年間をBチームで過ごす。


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23歳のアラウホが UD ラス・パルマスで迎えた2014-15シーズン、リーガ二部で計25ゴールを量産。カナリア諸島のクラブを14年ぶりの一部昇格へと導いた。
しかし15-16シーズンは、洗礼を浴び30試合に出場ながら5ゴール5アシストと物足りない数字。度が過ぎる夜遊び、飲酒運転騒動、怪我も重なり満足なプレーができないまま16-17シーズンは11月で終了。


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 結果、クラブ首脳陣からも見放されたトラブルメーカーは、2017年1月にAEKに放出されてしまう。EU圏外枠(外国人枠)3名に対し一席を占めていたアルゼンチン人ストライカーの移籍は柴崎岳の同クラブ移籍の可能性を高めると日本のメディアも報道していた。

11月23日のEL、リエカ戦は2-2のドロー。0-2とリードされながら、前半終了間際、アラウホのゴールで息を吹き返したAEKが追いつく。最終戦を前に勝ち点で並ぶ好機を逃したリエカ。その試合運びの拙さを責め立てる紙面。AEKはステージ突破に王手をかける。


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4日前の APO戦では1ゴール1アシストのアラウホも、この日は不発に終わったが、守備でチームを救ったのはドミトロ・チグリンスキ。
2006年欧州U21選手権の初出場ながらウクライナ代表はファイナリストに。ベストイレブンに選出され頭角を現した。
2008-09シーズンはシャフタール・ドネツクの一員としてUEFAカップ(現EL)を初めてウクライナへと持ち帰る。
チャンピオンズリーグでもグループステージ敗退ながら、最終戦では意地を見せバルサに勝利しており、ジョゼップ・グアルディオラ監督の目に留まる。

By | 2018-10-28T16:53:26+00:00 9月 6th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

About the Author:

Yoshitaka Yokozawa
1964年生 / 東京都在住 NPO・NGOの経験を活かしてサッカルチャー・チャアマンをしてます。 本業は国際交流コンサルタント。文化催事の企画運営や講演など欧州と国内をころげまわってます。 サッカルチャーコラム連載では欧州蹴球文化探訪(全41回) 同ベルギーの光と闇(全27回)※最終話そのうちUPします。 長靴の国で観た異邦人たち(全21話) サッカルチャー・ホームタウン秘書室(2017年~ 同 日本人が知らないアーセナル 全8回含)他。 サッカルチャーやっててよかったのはバルセロナで故ヨハン・クライフに逢えたこと。世界各国の”秘書たち”とビールを飲むのもささやかな楽しみ。

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