今夏の移籍市場が終了し、各クラブ共に戦力を整備して本格的に新シーズンのチーム作りに邁進している欧州の各国リーグ。中でも来季以降のテレビ放映権料が跳ね上がるイングランド・プレミアリーグへの移籍案件については、マンチェスター・ユナイテッドがフランスのモナコから獲得したフランス代表FWアンソニー・マルシャル、マンチェスター・シティがドイツのヴォルフスブルクから獲得したベルギー代表MFケヴィン・デ・ブライネへとマンチェスターの両雄が投資した額の高さについて議論が巻き起こっています。

 さっそく先週末のリーグ戦、永遠のライヴァルであるリヴァプールを相手にした新天地デビューを飾ったユナイテッドのFWマルシャルが”ティエリー・アンリの再来”という異名に違わぬ衝撃のドリブルシュートを決めました。デ・ブライネもシティでプレミア再デビュー(2012~2014年までチェルシーに在籍。内、1年半はドイツへレンタル移籍。)を果たし、チームの開幕5戦連続完封勝利に貢献しています。

 その裏では同じプレミアリーグのトッテナム・ホットスパーがドイツのバイヤー・レヴァークーゼンから獲得した韓国代表FW孫興慜(以下、ソン・フンミン)にも注目が集まっています。トッテナムが彼の獲得に費やした移籍金(違約金)は3000万ユーロ(約41億円)と言われています。

 この額は、元日本代表MF中田英寿が2001年の夏にイタリアのASローマから同じくイタリアのACパルマへ移籍した際の2600万ユーロ(約35億円)を抜き、アジア人サッカー選手の移籍金としては史上最高額を更新する事になりました。(以下、ベスト10の表を参照。)

 上記の表をご覧になってもらっても分かる通り、これまでの1位と2位が中田氏だった事が彼の功績の大きさを物語っています。彼の時代もサッカー界はバブル真っ只中でしたが、この時代はまだ日本人を含めてアジア系の選手がそこまで欧州で評価されている時代ではなく、彼はパイオニア以上の活躍を示していたと言えるでしょう。

香川のマンUへの移籍を想起させる 3歳年下のソン・フンミンの挑戦

 近年、日本人選手が欧州で、特にドイツ・ブンデスリーガから評価されるのは2010年にボルシア・ドルトムントへ加入した香川真司がシーズンMVP級の働きを見せてチームをリーグ2連覇に導く大活躍を披露した影響が最も大きなインパクトとなっていると言えます。

 その他にも「移籍金が安くて勤勉」、「大柄な選手が多いリーグにあって俊敏性とテクニックの高さが稀少」、「ブンデスリーガの外国人枠がない事」などもありますが、ドイツへ移籍する選手の中に、清武弘嗣や乾貴士、山田大記といった日本代表経験者はもちろん、田坂祐介や長澤和輝といったJリーグでも完全なレギュラーではない選手や大学からも選手を獲得していたり、直近では前橋育英高校からの卒業間もない渡辺凌磨をインゴルシュタットが獲得しています。彼等は全て香川と同じく2列目を主戦場とする選手です。

 そんな香川がブンデスリーガで最初のシーズンの「前半戦MVP」に選出された同時期、「前半戦最優秀若手選手」に選出されていたのが、香川よりも3歳若く、当時は18歳でハンブルガーに所属していたソン・フンミン。そして、香川がマンチェスター・ユナイテッドに移籍してから3年後の現在、”満を持して”ソン・フンミンもイングランドの強豪に高額な移籍金で挑戦する事になりました。

 彼もサイドをメインにするとはいえ2列目を主戦場とするアタッカーで、ハンブルガーとレヴァークーゼンで合わせて135試合出場41得点を記録。直近の3シーズンでは連続して2桁得点を続けている選手で、未だ23歳の若さ。3000万ユーロという額は高過ぎるかもしれませんが、香川と同格、または移籍元のレヴァークーゼンと移籍先であるトッテナムのプレースタイルが共に豊富な運動量を活かしたプレッシングサッカーである事を考えれば、「納得の額」とも言えます。

 スピード抜群でキレ味の鋭いドリブル突破が何よりの魅力ですが、ドイツで成功し続けている自信から来る迫力はアジアでは段違い。1月のアジアカップでも全参加国の選手の中でも1人だけ異次元にいるように筆者には見えました。

多くのJリーガーを生んだ育成プログラム出身、アジアの火を灯し続ける存在

 そんなソン・フンミンは実は高校年代を日本の東北高校で過ごしています。しかし、元日本代表のMF今野泰幸を生んだ高校時代の実績は特にはありません。なぜなら、彼は16歳にして韓国サッカー協会が主導している「優秀選手海外留学プログラム」の第6期生としてハンブルガーSVのユースに派遣されていたから。

 韓国協会は2003年から毎年3人ずつ1年間をかけて海外クラブのユース組織へ優秀な選手を留学させており、渡航費や現地での滞在費を負担しています。日本でもプレーしたチョ・ヨンチョル(3期生)、ナム・テヒ(5期生)、現在JリーグでプレーするVファーレン長崎のFWイ・ヨンジェ(5期生)、サガン鳥栖のキム・ミンヒョク(6期生)、湘南ベルマーレのキム・ジョンピル(6期生)もこのプログラムの出身者です。

 同制度はソン・フンミンたち6期生を最後にいったんは終了し、現在は「優秀選手奨学金制度」と形態を変えましたが、この制度の効果をソン・フンミンが示してくれているので、韓国が見直しの検討に入るだけでなく、日本を含むアジア諸国にも拡がっていく制度になるかもしれません。

 ソン・フンミンはこの育成プログラムからハンブルガーでトップチーム契約を勝ち取り、香川がドイツを去った2012-2013シーズンに12得点を挙げて大ブレイク。翌シーズンから強豪のレヴァークーゼンに引き抜かれても10得点、11得点を記録。欧州サッカー界では、日本だけでなく、”アジアの代表”である香川や本田圭佑が不調の時期に、”アジアの火”を灯し続けてくれた存在でもありました。

アジアサッカーの道標となったドイツ~アジアとドイツが生んだ孫興慜の成功を祈る

 日本にとっての“永遠のライヴァル”である韓国。日本が苦しめられるそのスタイルはロングボールを放り込んでくるモノで、時代によって多少の誤差はあってもパスサッカー路線を継続する日本サッカーとは相反するように感じるもの。しかし、実際は密接な関係があり、”日本サッカーの父”と言われる実質上の”初代外国人日本代表監督”であるドイツ人指導者=デットマール・クラマー(※)氏も、1992年のバルセロナ五輪で韓国の五輪代表を総監督として指揮しています。